国からの使い
村の外では、まだ戦場の後始末が続いていた。武器の回収、負傷者の処置に村人達は協力し、奔走している。勝った後の空気は軽いが、騒がしくはない。誰もが次に何をすべきか知っていた。
そんな中、長めの白髪を無造作に後ろへ流し、険しい顔立ちのゲルド・ラガーンだけは、村の柵のそばに立ち、遠くに残る砂煙を見ていた。逃げていく敵を追う必要はない。追えば余計な怪我人が出る。村を守るという依頼は果たした。だが、敵が再度攻め込んでくるのなら、話は別だ。
「副団長」
声をかけられ、ゲルドは振り返る。傭兵団の新兵であるティオ・ランベルトに連れられ、村長の言う、王国の使いとやらが歩いてきていた。旅装に身を包んではいるが、身なりは村人のものではない。泥除けの外套も、腰に下げた短剣も、実用より体裁を意識した作りだった。
男はゲルドの前まで来ると、短く頭を下げた。
「流火兵団、副団長ゲルド・ラガーン殿でよろしいか」
「そうだが。何か用件が?」
「ええ。王国より書状を預かっております」
男は懐から封のされた書簡を取り出した。封蝋には王国の印が押されている。ゲルドはそれを受け取り、しばらく印だけを見た。周囲では荷車の車輪が軋み、誰かが報酬袋の中身を数え直している。戦の後始末の中に、その書状だけが妙に場違いだ。
「ここで読んでも?」
「構いません」
王国の使いとの人物に目配せをして、封を切る。書簡の内容は簡潔だ。形式ばった挨拶、流火兵団の働きへの評価、そして王都への出頭要請。依頼内容は書かれていない。報酬額もない。ただ、王国直々に話があるとだけ記されていた。
ゲルドは最後まで読み、書簡を折り直した。
「珍しいな」
「何がだ」
ゲルドの独り言に、遅れてやってきたバルドが横から口を挟む。
「王都へ来い、とさ」
「王都?俺達が?」
「そう書いてある」
「仕事か」
「仕事なら普通は内容と額を書く」
バルドは面倒そうに鼻を鳴らした。
「じゃあ何だ。褒美でもくれんのか」
「王国が傭兵を呼びつけて褒めるだけなら、いよいよ暇なんだろうな」
ゲルドの返答に、近くで聞いていた団員が小さく笑った。だが使者は笑わない。姿勢を崩さず、ゲルドの反応を待っている。
ティオは荷車の近くで血の付いた布を運びながら、そのやり取りをちらちらと見ていた。王国の使い。王都からの書状。戦場帰りの団員達の間に、それだけで少し違う空気が混じる。大きな出来事なのか、ただの面倒事なのかは分からない。それでも、いつもの仕事とは違う気がした。
「返事を頂けますか」
使者が問う。ゲルドはすぐには答えず、村の広場へ目を向けた。負傷者、回収した武器、報酬の確認、食料の積み込み。ゆっくりと振り返り、使者に向き直る。
「すぐには出られん。見ての通り、片付けがある」
「承知しております。いつ頃のご到着かだけ、お聞かせいただければ」
「随分と急くな」
「急ぎの召しです」
使者の声は硬かった。理由を知っているのか、知らされていないのか、その顔からは読めない。ゲルドは書状を懐にしまった。
「返事は夜までに出す。良いか?」
「ありがとうございます」
使者は再び頭を下げた。馬車の方へ戻っていく背中を、ゲルドは黙って見送った。バルドが隣で大きく伸びをする。
「で、行くのか」
「行かない理由を探す方が難しい。王国の印付きだ」
「面倒な匂いがするな」
「珍しく勘がいい」
「いつもいいだろ」
バルドは笑ったが、ゲルドは笑わなかった。戦場の後始末はまだ続いている。流火兵団の者達は血を拭い、武器を縛り、負傷者を運び、いつも通り引き上げの準備を進めていた。その日常の中に、王国からの一枚の書状だけが普段と異なる。ゲルドはもう一度、使者の馬車を見る。村の端に停まったそれは、動く気配もなく静かに待っていた。




