↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/62

56話 別々の答案で同じ間違いを

 中央実験室の扉を開けると、中が真っ白だった。


 入学第六百四十日。


 最終試験は、終わっていない。


「二人いる!」


 ミィナが煙の向こうへ耳を向けた。


「右手前と、左奥! こつこつ鳴ってる!」


 床には太い梁が落ちている。


 右手前の人影は、その下。


 左奥は白い煙に隠れて見えない。


「全員、入口で止まってください!」


 エリスの声で、八人の足が止まった。


 急いで飛び込めば早い。


 床が抜けたり、煙に毒があったりすれば、負傷者が十人へ増える。


「煙の色と匂いは?」


 グレイが低い位置で空気を小瓶へ取る。


「白。刺激臭はない。熱もほとんどないね」


「安全?」


 ミィナが聞く。


「分からない。分かったのは、熱い煙ではないことだけ」


 グレイは銀板、銅板、濡らした試験紙を瓶へ入れた。


 急な変色も腐食もない。


 それでも未知の気体を、鼻で直接確かめない。


「火は使わないわ」


 アリエスが杖をしまった。


 フェンリルの炎も落とし、赤い毛並みだけにする。


 燃えないと確認できていない空気へ火を入れれば、救助ではなく点火になる。


「入口の空気を入れます」


 カイルが細い布を扉の上下へ垂らした。


 下の布は室内へ向き、上の布は廊下へ向く。


 白い煙は上から出て、下から新しい空気が入っている。


「ホーク。上だけ、ゆっくり」


 ストーム・ホークが翼を広げる。


 上側の煙を廊下の排気窓へ送り、床近くの空気は急にかき回さない。


 強い風を一度に当てると、奥の煙が入口へ広がり、見えていた道まで消える。


「光を広げます」


 ノアが白布の後ろから、弱い光を出した。


 細い光では、水滴の多い煙へ当たるたび白く散り、手前しか見えない。


 最初から広い面で照らし、梁の影を薄くする。


 床の亀裂と、左奥へ倒れた衝立が見えた。


「二人目、衝立の後ろ!」


 ミィナが指す。


 ツナが低い場所を泳ぎ、床の近くに張った救助綱を運んだ。


 煙の中へ顔を入れなくても、綱の先を左奥まで届けられる。


「先に動ける方を出します」


 エリスとカーバンクルが衝立へ向かう。


 俺とナビは入口から人数と時刻を記録する。


 グレイは空気の瓶を三か所で取り、変化がないか比べる。


 アリエス、ルナ、カイルは梁の下の一人を助ける準備に回った。


 誰も役割表を作っていない。


 二年間、事故のたびに同じ順番で動いた結果、口より先に足が場所を選んでいた。


 左奥にいたのは、人間ではなかった。


 布と木で作った救助人形。


 胸の中で脈石が一定に鳴っている。


「訓練用です」


 エリスが脈と呼吸板を確かめる。


「でも、訓練だと分かっても手順は変えません」


 首へ赤い札。


 右脚へ傷の印。


 呼吸板は動いている。


 すぐ運び出せる。


 エリスは首を固定し、カーバンクルの膜で右脚を包む。


 ツナが運んだ綱へ布担架を結び、俺とグレイが入口から引いた。


 一人目を廊下へ出す。


『救助対象一、搬出完了』


 ナビが記録した。


 残る人形は、梁の下である。


 太い梁の中央が折れ、片端は床、もう片端は壁の窪みへ引っかかっていた。


 人形の胸の上へ、重さがかかっている。


「私とフェンリルで持ち上げるわ」


 アリエスが梁へ手をかけた。


「待って」


 ルナが梁の反対側を見る。


「こっちを上げると、壁側が落ちる」


 梁は、床の出っ張りを支点にした梃子になっている。


 人形側を持ち上げれば、反対側は下がる。


 壁側には、白い煙を出す細い管が通っていた。


 梁が落ちれば、管を潰す。


 中身が安全だと断定できない以上、壊してはいけない。


 遊具の板を片側だけ下げれば、反対側が上がる。


 梃子は小さな力で重い物を動かせる。


 動いてほしくない側まで動かすこともある。


「先に壁側を支えます」


 ノアが照らした床へ、カイルが木片を運ぶ。


 同じ向きに積めば、横から押された時に全部倒れる。


 縦、横、縦と向きを変え、井桁に組む。


 上へ薄い楔を差し込み、梁との隙間を少しずつ詰める。


 ホークは煙を送りながら、楔の入る場所を翼で示した。


「これで反対側が落ちない?」


 ミィナが木組みを横から見る。


「まだ」


 ルナがシープを梁の中央へ寄せた。


「重さを半分だけ抜く」


「全部じゃなくて?」


「急に軽くすると、浮いて位置が変わる」


 重力を零へ近づければ、持ち上げやすい。


 その代わり、梁を床へ押しつけていた力も消え、わずかな風や手の動きで横へ滑る。


 人形の上から外れても、救助者へ飛べば危険だ。


 半分だけ軽くし、木組みへ重さを残す。


「今よ」


 アリエスとフェンリルが人形側を持ち上げる。


 梁が指二本分浮いた。


 カイルがその隙間へ二つ目の木組みを滑らせる。


 手は梁の下へ入れない。


 長い棒で押し、支えが入ってから人形へ近づく。


「熱、なし。脈石、遅くなっています」


 エリスが人形の状態札を読む。


 救助の遅れに合わせ、脈石の間隔が変わる仕組みだ。


 カーバンクルの膜を胸へ広げる。


「引き出します。頭を先に動かしません」


 ミィナと俺が担架を差し入れ、エリスの合図で人形を横へ滑らせる。


 梁の下から出た。


『救助対象二、搬出完了』


 その瞬間、白い煙が止まった。


 天井の鐘が一度鳴る。


「中央救助試験、終了」


 壁の向こうから、ミネルヴァ先生が出てきた。


「試験だったのかよ!」


「人形を見れば分かるだろ」


「床まで揺らす必要あった?」


「扉を開けるか見るためだ」


 俺たちは八人とも、個人試験を途中で止めた。


 誰も答案を持ってこなかった。


 六体も主人と一緒に中央室へ来ている。


「減点?」


 ミィナが恐る恐る聞く。


「救助を無視した者がいれば、その時点で不合格だった」


「じゃあ合格?」


「個人答案が残っている」


 先生は最後まで安心させてくれなかった。


 中央室の白い煙は、水を細かな霧にしたものだった。


 刺激も毒もない。


 ただし、それを知っていたのは試験官だけである。


「グレイ。試験紙が変わらなかった時点で、安全と宣言しなかった理由は」


「僕が持っていた紙へ反応しない物かもしれないからだよ」


「正解だ。分からない物を、分かった範囲だけで扱った」


 床の梁は本物の木だが、中を削って軽くしてあった。


 ルナが重さを半分にした後も、木組みだけで支えられる重さだった。


 救助人形を出したあと、ルナが魔法を切る。


 梁は落ちなかった。


「魔法が切れた後まで残る支えを作った点も合格だ」


 魔法を使える間だけ安全でも、救助者が離れた瞬間に崩れれば意味がない。


 カイルが最後に排気を止める。


 ホークの風がなくなっても、上下の布は同じ向きを保った。


 自然な空気の道も残っている。


 八人で助けた。


 八人が手を離した後の部屋も、悪化させなかった。


   ***


 八つの答案が、教室の机へ並べられた。


 赤い字が、全部にある。


『課題未達』


「全員、失敗?」


 カイルが自分の紙を見る。


 課題は八人とも違った。


 アリエスは、合金を最短時間で溶かす。


 指定温度へ着く前に、容器の耐熱表示がないとして停止した。


 カイルは、移動標的を全て射抜く。


 味方役と重なった最後の一枚を見送った。


 エリスは、治癒出力を最大まで上げる。


 患者役の負傷原因と既往歴が空欄だったため、低い出力で止めた。


 ルナは、台の荷物を限界まで重くする。


 固定具の耐荷重が不明で、半分を残した。


 ミィナは、箱の中の気体を最短で当てる。


 蓋を開けて匂いを嗅げば早いのに、外から音と温度だけを調べ、危険物扱いで隔離した。


 グレイは、二つの薬液を最大量まで反応させる。


 生成物の処分方法が書かれていないとして、試験管一本で止めた。


 ノアは、光を最も細く強く集める。


 結晶の内側に傷を見つけ、破損時の遮蔽がないため弱い光しか通さなかった。


 俺は、管の出力を最大まで上げる。


 八十で止めた。


「別々の課題なのに、同じ間違いをしている」


 学年主任が八枚を重ねた。


「指示された最大値まで届いていない」


「間違いじゃないわ」


 アリエスが立ち上がる。


「上限も容器の強さも分からないのに、最大なんて決められないでしょ」


「味方役へ当たる可能性があれば、僕も撃てません」


 カイルも続く。


「患者役の状態が分からなければ、強い治癒が害になることがあります」


 エリスは答案を引かなかった。


「箱は、開けた人が倒れたら答えられない!」


 ミィナが得意そうに鼻を上げる。


「僕の廃液で流し台が溶けたら、個人試験では済まないね」


 グレイまで楽しそうに言う。


「失敗したと思っているのは、あなた方だけです」


 学園長が教室へ入ってきた。


 学年主任が、重ねた答案を裏返す。


 赤い課題未達の下に、青い印があった。


『安全判断、合格』


「八つの課題には、意図的に一つずつ必要な情報を欠かせた」


 学園長が説明する。


「最大という言葉へ従うか。不明点を記録し、自分で止まれるかを見る試験だ」


 俺たちは相談していない。


 答案も別。


 器具も別。


 それでも全員が、測る前に最大へ進まず、異常を一つで決めず、戻せない操作の前で止まった。


 二年間、誰かが怪我をするたび書き足した手順だった。


 同じ答えを写したのではない。


 同じ習慣が、一人ずつに残っていた。


 離されても残るものまで、解散させることはできなかった。


「個人試験、八名合格。中央救助試験も合格」


 学園長は黒板の解散通知を外した。


 紙の下から、もう一枚出てくる。


『三年Fクラス、八名』


「解散しないにゃ?」


 ミィナが文字へ顔を近づける。


「二年Fクラスは今日で解散だ」


「やっぱり!?」


「次は三年Fクラスになる」


「言い方が悪い!」


 八人で抗議した。


 朝と同じ声だった。


 今度は、笑い声も混じっていた。


 開いた扉から、フェンリルとホークが競うように入ってきた。


 カーバンクルはエリスの膝、シープはルナの椅子、ナビは俺の肩へ戻る。


 ツナだけは黒板消しを食べ物だと思い、ミィナに尾を引かれていた。


「もう一つ、三年次へ持ち越す課題がある」


 学園長が俺を見た。


 笑いが止まる。


「アルトの卒業印ですか」


 ノアが先に言った。


「そうだ。異世界人には、この国の出生記録がない。通常の学籍簿では、卒業証へ最終印を押せない」


 迷宮で九条先生の記録を見つけた時から、分かっていた問題だ。


 関係者だけで調べ、二年近く答えが出ていない。


「三年次は正式な学園調査に切り替える」


「正式って、今までは?」


「九条の記録と第零層を公表せず、学園長室だけで調べていた。これからは必要な部署へ、理由を伏せず協力を求める」


「間に合うんですか」


 俺の声が、自分でも分かるほど低くなった。


「間に合わせる、とは約束できない」


 学園長は逃げずに答えた。


「だが、卒業式の朝まで黙って待たせることもしない。調査結果、失敗、次の手順を全て共有する」


 成功の約束ではない。


 上限不明の装置を、必ず最大まで上げるとは言えないのと同じだ。


 それでも、白紙のまま一人で待つよりはよかった。


 学園長は、三枚の調査票を机へ置いた。


 一枚目は、世界樹の学籍簿。


 名前、出生地、入学時の魔力印が卒業証へつながる仕組みを調べる。


 二枚目は、九条先生が残した異世界転移者の記録。


 なぜ卒業印だけが拒まれたのか。成功しなかった手順も含めて読み直す。


 三枚目は、学園地下の第零層と黒い管。


 異世界から来た者の魔力を、学園の仕組みがどのように認識しているか測る。


「一度に全部、地下へ持ち込むつもりではありませんよね」


 エリスが資料の山を見る。


「資料調査から始める。第零層へ入る時は、別に安全計画を作る」


「報告はいつ?」


 アリエスが日程欄を指で叩く。


「二十日ごと。進展がなくても、調べた場所と次の候補を出す」


「何も分からなかった、も報告する?」


 ルナが聞く。


「する。沈黙を進行中という言葉で隠さない」


 期限と担当と、失敗した時の報告。


 それが書かれて初めて、正式調査という名前に中身が入った。


「八人で調べても?」


「三年Fクラスの共同課題として認める」


「六体も!」


 ミィナが両手を伸ばす。


「食堂以外ならな」


 食堂長の権限だけは、学園長より強かった。


 黒板には、三年Fクラス八名。


 その下へ、ミィナが勝手に書き足す。


『使い魔六体』


 別々の答案で同じ間違いをした俺たちは、また同じ教室へ進む。


 卒業証書だけは、まだ最大出力まで遠かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。