↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/62

55話 Fクラス解散のお知らせ

 二年Fクラスの解散が決まった。


 入学第六百四十日。


 朝の黒板に、白い紙が一枚貼られている。


『二年Fクラスは本年度をもって解散する』


「聞いてない!」


 俺たち八人の声が、きれいに重なった。


 抗議だけは、二年間で一番そろっていた。


「今、知らせた」


 ミネルヴァ先生は教卓へ試験箱を置く。


「三年次のクラス編成を決める最終試験だ。共同課題の成績だけでは、個人の到達度を判定できないという意見が出た」


「誰が言ったのよ」


 アリエスの指先に火が灯る。


「学年会議だ」


「会議室ごと燃やせばいい?」


「不合格になる前に退学になるぞ」


 火が消えた。


 最近のアリエスは、自分で止めるのが早い。


「解散したら、みんな別の教室?」


 ミィナが黒板と俺たちを交互に見る。


「試験結果に応じて再編する。三年で同じクラスになる保証はない」


 いつもの元気な尻尾が下がった。


 ルナも机へ伏せていない。


 カイルとエリスは、隣の席で手だけを重ねている。


 ノアは紙を読み直し、グレイは眼鏡を外した。


 二年間。


 赤点を八人分集めた。


 寮の壁を直し、使い魔を六体呼び、迷宮で出席簿を守った。


 魔力の消えた村で井戸を動かし、空の都市で研究炉を止めた。


 俺が欲しいのは卒業証だ。


 それでも、その紙を一人で受け取る場面は、もう想像できなかった。


「試験内容は?」


 ノアが規則の紙へ目を戻す。


「八つの個室で、別々の課題を行う。会話、伝書、使い魔を介した連絡は禁止」


 六体が一斉に顔を上げた。


「契約した使い魔は、本人の能力として同伴を認める。ただし他の部屋へは行かせるな」


 フェンリルはアリエス。


 ホークはカイル。


 カーバンクルはエリス。


 シープはルナ。


 ツナはミィナ。


 ナビは俺。


 ノアとグレイは、一人で受ける。


「ノアとグレイだけ、何も連れていけないの?」


 ミィナが二人を見る。


「能力の数をそろえる試験ではない。何を連れて入っても、判断するのは本人だ」


「僕は薬瓶なら四十七本連れていけるよぉ」


「全部、器具として申告しろ」


 グレイの白衣から、小瓶が三本だけ床へ落ちた。


 まだ四十四本あるらしい。


「同じ課題を八人で解いてはいけない理由は?」


 グレイが試験箱へ手を伸ばす。


 先生は届く前に箱を閉じた。


「誰か一人の思い込みを、残り七人が正しいと思う可能性があるからだ」


 同じ物を一緒に見れば、相談は速い。


 その代わり、最初の人が温度計を読み違えると、全員がその数字から考え始める。


 八人で同じ答えを書いても、八回確かめたことにはならない。


「今回は課題も器具も別だ。互いの答えを知らず、一人で判断した記録を取る」


「独立した測定ですね」


 ノアがうなずく。


「一人で危険へ気づけるかも見る。ただし、独立と孤立を間違えるな」


 先生が赤い呼集鐘を見せた。


「人手が必要な危険を見つけたら、鳴らせ。自分の点数を守るため黙って処理するな」


 八人を分ける試験なのに、助けを呼ぶことまで採点されるらしい。


 学園の問題文は、いつも一行の中で喧嘩している。


「相談は一切できないんですか」


 エリスが手を挙げる。


「できない。ただし、火災、負傷、設備破損などの緊急時は別だ。救助を優先しろ」


「試験を続けた方が点になる場合でも?」


 カイルが聞く。


「その質問をした時点で、答えは分かっているだろう」


「はい」


 カイルは青い腕帯を確かめた。


 俺は黒板の紙をもう一度見る。


「全員が合格したら、解散しないのか?」


「結果が出るまで答えない」


「そこを答えろよ!」


 先生は試験箱を持ち、教室を出た。


 最後まで説明が一行足りない。


 学園の伝統らしい。


   ***


 最終試験は、旧中央実験棟で行われた。


 円形の廊下に、扉が八つ並んでいる。


 扉の上には名前札。


 第一室、アリエス。


 第二室、カイル。


 第三室、エリス。


 第四室、ルナ。


 第五室、ミィナ。


 第六室、グレイ。


 第七室、ノア。


 第八室、アルト。


「遠い!」


 ミィナが廊下の反対側から叫ぶ。


「試験前から連絡するな!」


「まだ始まってない!」


「じゃあ、頑張ろう」


 カイルが全員を見回す。


「困ったら呼んでね!」


「呼んだら失格よ」


 アリエスが言いながら、ミィナの襟を直した。


「緊急なら呼べ」


「困ったと緊急の違いは?」


 グレイが首を傾ける。


「人が傷つくか、装置が壊れる前なら緊急です」


 エリスの返事は迷わない。


「答えが分からないだけなら?」


「それは試験です」


 厳しい。


 でも、わかりやすい。


 ノアが胸の前で両手を握った。


「終わったら、ここへ戻りましょう」


「先に終わっても帰るなよ」


 俺は七人を見回した。


「アルトが最後になる前提?」


「文字を読む速さなら、たぶん最後だ」


「待ってる!」


 ミィナの尻尾が上がった。


 八つの扉が、同時に閉まった。


   ***


 第八実験室には、黒い管が一本置かれていた。


 透明な筒を黒く塗った模型である。


 下に加熱炉。


 横に二つの弁。


 奥には、嫌なことだけ大きく書いた課題文。


『制限時間内に、装置の出力を最大まで上げよ』


「俺だけ、また危険な管なのか」


『適性ヲ反映シタ課題ト推定シマス』


「管に好かれる適性はいらない」


 机の端には、さっき黒板へ貼られていた解散通知の写しまで置かれていた。


 心理的な燃料にする気らしい。


 悪趣味な試験である。


「最大にすれば、同じ教室へ戻れるのか?」


『採点基準ハ非公開デス』


「じゃあ、この紙は何だ」


『受験者ノ集中力ヲ測定スル意図ト推定』


「集中できるか!」


 七人の顔が浮かぶ。


 別の教室。


 別の食堂。


 ミィナが壁を抜いて会いに来る姿まで浮かんだ。


 教室を分けても、あいつはたぶん窓から入る。


 少しだけ安心した。


 炉へ最小の火を入れる。


 青い液体が管を進んだ。


 出力計は十。


 火を少し強くする。


 二十二。


 もう一段。


 四十一。


「素直に二倍にはならないな」


『継続シマスカ』


「する」


 出力が五十を越えた時。


 出口側の弁が鳴いた。


 きゅう。


「今の何だ?」


『音源、出口弁付近』


 もう一度、火を少し強くする。


 きゅうう。


 音が高くなった。


 机の下から、小さな銀色の輪が転がってくる。


 俺の靴へ当たった。


「これ、留め具じゃないか?」


 拾う。


 弁の外側にあるはずの輪と同じ形だった。


 模型だから落ちていた可能性はある。


 備品が余っただけかもしれない。


 だが、最大まで上げろと命じる装置の横で、留め具だけが暇をしている状況は嫌すぎる。


 俺は火を弱めた。


 音も低くなる。


 解散通知の端が、弁から漏れた風で揺れていた。


「ナビ。紙の動き、さっきからあったか?」


『出力四十以降、振幅増加』


 紙を細く切り、弁の前へ垂らす。


 触れさせない。


 風がなければ下を向く。


 どこかから漏れていれば、そちらへ逃げる空気が紙を押す。


 細い紙は、弁から外へ向かって震えた。


 きゅう。


 今度は管ではなく、試験に追い詰められた俺の声に聞こえた。


「止める」


『現在出力、五十八。課題未達トナリマス』


「知ってる」


 火を消す。


 弁を閉じる。


 針が下がるまで待つ。


 制限時間は、まだ二十七分あった。


 最大へ届く時間もある。


 点を失う時間も、たっぷりある。


 解散通知を裏返し、答案を書く。


『出口弁付近で漏れと異音。留め具らしき部品を発見。最大出力へ上げず停止』


「これだけか?」


『答案トシテ受理可能デス』


「短いな」


『事実ハ長文ニヨリ増加シマセン』


 ナビに地の文を批判された気がする。


 管の中で、こつ、と音がした。


 誰かが壁を叩いたのかと思い、指を上げる。


 一回なら進行。


 二回なら確認。


 三回なら救助。


 俺たちが地下で決めた合図が、反射で頭へ浮かんだ。


「返したら相談になるか?」


『通信意図ヲ持ツ応答ハ禁止事項ニ該当』


「意図がなければ?」


『屁理屈ト判定シマス』


「誰の判定だ」


『当機デス』


 こつ。


 もう一度鳴る。


 間隔はさっきより少し長い。


 誰かの合図なら、同じ間隔を保つはずだ。


 冷え始めた黒い管へ触れる。


 火を止めた金属は、温度が下がると縮む。場所ごとに冷える速さが違えば、つないだ部分が少しずつ動く。


 こつ。


「熱で伸びた管が、戻る音か」


『推定ヲ支持シマス』


 壁の向こうの七人を気にしすぎて、装置の音まで会話に聞こえたらしい。


 独立した試験は、寂しさの測定まで含んでいた。


 俺は答案へ一行足す。


『停止後、冷却に伴う収縮音を三回確認』


 最大出力の数字は書けなかった。


 代わりに、止めた後にしか聞こえない音が一つ増えた。


 試験箱が欲しいのは、派手な最高値ではないのかもしれない。


 壊れる前に止めた理由と、止めた後まで装置を見た証拠。


 それで別の教室へ送られるなら、七人へ説明できる。


 最大まで上げて輪を飛ばしたら、同じ教室に戻れても説明できない。


 点数より七人の顔を先に思い出せたなら、一人で受ける試験にも意味はあった。


 答案の短さだけは、Fクラス全員へ自慢できる。


 たぶん、笑われる。


「これは事実だ」


『受理シマス』


「寂しかったとは書くなよ」


『発言記録ニ追加』


「答案へ移すな!」


 壁の向こうから、かすかな音がした。


 何かが転がる。


 続いて、ミィナらしい声。


「止まれー!」


「相談禁止だぞ!」


「ボクに言ってないー!」


 何と戦っているのかは分からない。


 少なくとも元気だった。


 反対側では、一度だけ大きな爆発音。


「アリエスだな」


『断定ハデキマセン』


「できる」


 天井の埃が落ちた。


 ノアの部屋らしい方向だけ、扉の隙間から白い光が三度点滅する。


 グレイの部屋からは笑い声。


 ルナの部屋は静かすぎる。


 寝ていないことを祈る。


 全員、別々の部屋にいる。


 それでも壁越しの事故だけで、だいたい誰が何をしているか分かった。


 これを独立した試験と呼んでいいのだろうか。


 もし三年で本当に別の教室になったら。


 朝、アリエスの爆発は二つ向こうから聞こえる。


 昼、ミィナは自分の教室の窓ではなく、俺の教室の窓から食堂へ出る。


 ルナは移動教室のたび、どちらのクラスのシープで寝るか迷う。


 ノアは教科書を届けに来たと言いながら、そのまま一限受ける。


 カイルとエリスは休み時間ごとに廊下の真ん中で待ち合わせる。


 グレイだけは、どの教室にも勝手に研究器具を置くだろう。


 分けた側が三日で諦めそうだった。


「意外と何とかなるか」


『解散ヲ受容シマスカ』


「しない」


 即答した。


 会いに行けることと、同じ教室にいたいことは別だ。


 二年間。


 俺は七人に助けられた。


 七人のせいで怪我もした。


 同じ日の中で両方起きたこともある。


 朝に燃やされ、昼に治療され、夜に毛布へ入れられた。


 誰が何をしたかは、だいたい固定されている。


 それでも、最大出力まで上げれば同じ教室に残れると言われたら。


 さっきの俺は、弁の音を無視したかもしれない。


 その考えが、一番嫌だった。


 七人といたいから、七人に見せられない答えを出す。


 それでは同じ教室へ戻れても、机の間へ隠し事が一本増える。


「五十八点でいい」


『出力値ハ採点結果ト一致シマセン』


「今くらい、いいことを言わせろ」


『発言ヲ記録シマシタ』


「答案には書くなよ」


『提出候補ニ追加』


「消せ!」


 個人試験なのに、備品との口論だけは止められなかった。


 出力計の針が零へ戻った時、廊下から高い鐘が三度鳴った。


 試験終了の鐘ではない。


 緊急呼集。


 同時に、床が大きく揺れた。


 天井から白い粉が落ちる。


『中央室ニテ設備破損。負傷者信号、二名』


「試験は?」


『緊急時ハ救助ヲ優先』


 先生の言葉が戻ってくる。


 俺は火を消し、入口の弁を閉じた。


 圧力が下がったことを確認してから、扉へ走る。


 一秒でも早く出たい。


 それでも、動かした装置を熱いまま置いていけば、次の負傷者を増やす。


 扉を開ける。


 円形廊下の反対側で、七つの扉も同時に開いた。


 アリエスは焦げた保護板を抱え、カイルの髪には羽根が刺さっている。


 エリスはカーバンクルを胸へ入れ、ルナはシープごと扉へ引っかかった。


 ミィナとツナが同じ出口から飛び出し、グレイの白衣から薬瓶が鳴る。


 最後にノアが、開いた七枚の扉へ光を走らせた。


「中央室!」


 誰が言ったか分からない。


 八人は、相談しなかった。


 同じ方向へ走り出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。