53話 二年生だけの研究発表会
二年生だけの研究発表会で、Fクラスだけが失敗品を並べていた。
入学第六百三十三日。
大講義室には、各クラスの展示台が円形に並んでいる。
Sクラスは炎を七色へ分ける魔法。
Aクラスは空中へ浮く精密模型。
Bクラスは傷一つない透明な魔石。
どの台も光り、回り、見ただけで高そうだった。
Fクラスの台だけ、壊れた木の羽根、漏れる板管、焦げた布、ひびの入った卵の殻が並んでいる。
「廃品回収は裏口だぞ」
隣のクラスから笑われた。
「研究発表です!」
ミィナが胸を張る。
「どこが?」
「この辺!」
全部を指した。
指差した本人だけが、説明を終えた顔をしていた。
今年の発表会は二年生だけで行われる。
三年生は卒業研究と進路試験で忙しく、一年生は見学する側だ。
二年生が一年間で何を調べ、失敗し、次にどう直したかを示す。
俺たちの机には、ラグナ村の揚水輪。
森の仮設サイフォン。
白布による光の拡散。
魔晶卵の孵化手順。
四つの縮小模型を載せた。
成功した装置は、村や実験場へ置いてある。
持ち帰れたのは、作り直す前の部品ばかりだ。
「完成品が一つもないじゃない」
アリエスが展示台を見回す。
「完成品は使われてる。壊れた方しか暇じゃなかった」
「説明としては正しいけど、見栄えが悪いわ」
「焦げ跡へ金色の枠をつける?」
ミィナが飾り紐を持ってくる。
「事故現場を表彰しないで」
エリスが取り上げた。
六体の召喚獣にも仕事がある。
フェンリルは加熱実験の待機場所。
ホークは風の流れを見せる台。
カーバンクルは見学者と熱源の間へ膜を張る。
シープは重い模型の運搬。
ツナは水槽の水を循環させる。
ナビは時間と測定値を表示する。
食堂立入禁止中なので、展示用の焼き菓子には近づけない。
六体とも、その一点だけ不満そうだった。
「説明は八人全員で行う」
ミネルヴァ先生が採点表を配る。
「一人に質問が集中した場合も、他の者が代わって答えろ」
七人の視線が、俺へ集まった。
「最初から俺を質問窓口にするなよ」
「アルトさんだけで解決した研究ではありません」
ノアが四つの模型へ、八枚の名前札を置いた。
一人一枚。
逃げられない。
俺の担当は、最初の挨拶と費用だった。
科学ではなく家計である。
得意分野を選ばれた気がして、少し悲しい。
***
開始の鐘が鳴った。
最初の見学者は一年生十人と、審査役の教員二人だった。
「Fクラスは、何を研究したんですか」
「魔力がなくても生活を止めない方法と、止まった時に原因を見つける方法です」
俺は台の中央へ、四つの値札を立てた。
新しい魔力式揚水機。
金貨十二枚。
廃材の水車と滑車。
銀貨十九枚。
「値段の発表?」
「村に作れなければ、研究室で動いても意味がないからな」
安いことだけが正義ではない。
修理できる人が村にいるか。
交換部品が近くで手に入るか。
毎日誰が点検するか。
最初に動いた日ではなく、一年使う費用まで書いた。
「でも、廃材は壊れやすいんじゃ?」
一年生が質問する。
「その通り。だから壊れた回数も隠してない」
揚水輪の横には、停止記録が七枚ある。
軸の摩擦。
羽根の水不足。
桶の傾き。
夜の枝詰まり。
凍結。
縄の摩耗。
そして、ツナが取っ手を噛んだ。
「最後も故障ですか」
「生物災害だ」
ツナが水槽から顔を出した。
見学者が一歩下がる。
俺の説明は、ここまでだった。
揚水輪の前へ、ルナが座る。
座ったままだ。
「水は、高い所から低い所へ流れる」
短い。
見学者が次を待つ。
ルナも待っている。
「終わり?」
「大事な所は」
「もう少し説明してください」
ノアに促され、ルナは模型の栓を抜いた。
上の水槽から流れた水が羽根を押す。
小さな歯車が回り、大きな歯車をゆっくり動かす。
空の桶が持ち上がった。
「歯車で、必要な力は小さくなる。でも、回す距離は長くなる」
ルナは大小の歯車へ指を置く。
「滑り台を緩くすると、押す力は減る。道は長くなる。同じ」
「魔法で力を足してるんじゃないんですか」
「足してない。水が払う」
「水が?」
「上まで戻すなら、誰かが払う」
永久に回る装置ではない。
用水路の水は、上流の雨と土地の高さから力を受け取っている。
水が少なければ止まり、軸の摩擦が大きければ桶を上げられない。
ルナが模型の軸へ布を一枚挟んだ。
羽根が止まる。
「失敗、再現」
見学者が笑った。
止まる条件を自分で作り、外せばまた動く。
壊れた模型は、完成品より原因が見えやすかった。
「次、ボク!」
ミィナがサイフォンの台へ飛び出す。
二つの透明な水槽の間に、丘を越える管がある。
高い水槽から低い水槽へ、水が流れ続けていた。
「水は坂を上ってるように見える! でも出口はこっちが低い!」
ミィナが低い水槽を叩く。
水面が揺れた。
「叩くと条件が変わります」
エリスに手を押さえられた。
「管の中が水で全部つながって、出口が低ければ流れるよ。空気が入ると」
ミィナが管の小さな栓を開けた。
泡が一つ入る。
流れが止まった。
「こうなる!」
一年生が一斉に身を乗り出す。
「どうして、小さな泡だけで止まるんですか」
「下へ落ちる水が、後ろの水を引いてるから! 途中が空気で切れると、引っ張れない!」
ミィナは板管の失敗写真を広げた。
三十か所の継ぎ目。
十一か所の漏れ。
「この時は音で見つけた。水を流して、しゅうって吸う所を塞いだ!」
「全部塞げば、どんな丘でも越えられる?」
「それは無理!」
即答した。
出口が元の水面より高ければ流れない。
高すぎる丘では、水のつながりが自分の重さに耐えられず切れる。
中の液体が危険なら、漏れを探すために顔を近づけてもいけない。
「今回は水だから耳を近づけた! 黒い管ではやらない!」
ミィナは自分の失敗と限界を、自分の言葉で説明した。
文字は少ない。
伝わる量は多かった。
次の台では、ノアが光石を白い布で覆った。
裸の光は、正面の紙へ小さく強い点を作る。
布を一枚かけると、点は広い円へ変わった。
「光の量が増えたんですか」
「増えていません。狭い場所へ集まっていた光を、布の繊維で色々な向きへ分けました」
ノアが牛乳を一滴入れた水へ光を通す。
透明な水では、光の道は横からほとんど見えない。
牛乳を入れると、白い筋が見えた。
細かな粒が光を横へ散らしたからだ。
「霧や雲の中でも、同じように光が散ります。遠くへ合図を送りたい時は、強くするだけでは白く広がってしまいます」
布を二枚、三枚と重ねる。
影は柔らかくなるが、向こう側は暗くなった。
「広げすぎれば、必要な場所へ届きません。眩しさを減らす照明と、遠くへ送る合図では、欲しい広がり方が違います」
「白い布なら、何でも同じですか」
審査役の教員が尋ねる。
「いいえ。繊維の太さ、隙間、濡れ、汚れでも変わります」
ノアは泥のついた布も光へかけた。
円は片側だけ暗く、形が崩れる。
成功例の隣へ、失敗した布を残してある理由が見えた。
「風も関係するよ」
カイルが説明を引き継いだ。
ホークが布の横から、弱い風を送る。
布が膨らみ、光の円が上下へ動いた。
「屋外では、光源だけ固定しても覆いが動く。旗と同じで、道具が今の状態を正しく示しているか確かめる必要がある」
布の四隅を留め、中央は張りすぎない。
強く張れば破れ、緩すぎれば風で折れる。
カイルは風の弱い時、強い時、突風の時に分けて留め具の間隔を示した。
「ホークがいない場所では?」
「細い糸を横へ垂らします。動きが大きい時は、光の向きを決める前に待ちます」
撃たない判断を覚えた男は、光も急いで飛ばさなくなっていた。
四つ目は魔晶卵である。
本物の光精を、発表のたびに孵すわけにはいかない。
グレイが、同じ大きさの練習卵を三つ用意した。
中には温度で色が変わる青い蝋と、圧力で幅が変わる光輪が入っている。
「一回成功した方法が、次も同じように動くか確かめるよ」
三つの卵は、同じ工房で作られた。
重さ、殻の厚さ、最初の温度を測る。
完全に同じではない。
違いを先に記録し、同じ手順で温める。
エリスが大鍋へ水を張った。
「直接炎へ当てると、触れた側だけ急に熱くなります。水を間へ入れると、熱が広がりやすくなります」
カーバンクルが鍋の周りへ薄い膜を張る。
見学者が手を出せない安全線でもある。
「ただし、水も場所によって温度が違います。鍋底は熱く、表面は冷めやすいです」
カイルとホークが、表面だけへ強く当てないよう弱い風を送る。
アリエスとフェンリルが鍋の下を温めた。
「炎を止めても、温度はすぐには止まらないわ」
アリエスが火を消す。
ナビの表示は、七十六、七十八、七十九と上がった。
「鍋と水に残った熱が卵へ移るからよ。目的の温度へ着いてから火を消したら、行きすぎる」
「何度で止めるんですか」
「今日の鍋では七十六度。でも、鍋の厚さや水の量が変われば同じとは限らないわ」
アリエスが、自分から限界を付け加えた。
最初の卵は、中心が七十九度でそろった。
二個目も、八十度。
三個目だけ、片側が八十四度になった。
「失敗?」
一年生が尋ねる。
「失敗だね」
グレイが嬉しそうに記録する。
「なんで嬉しそうなんだよ」
「三つ目だけ違う理由を探せるからだよ」
卵を上げると、鍋の底に布の折れがあった。
三個目は少し傾き、片側が熱い水へ近づいていた。
同じ手順と書いても、置き方が違えば結果はずれる。
布を平らにし、冷ました卵でもう一度行う。
今度は三つとも、七十九度から八十度の間に収まった。
「一度できたことより、別の人が同じ手順で近い結果を出せる方が大事です」
グレイが三本の温度線を重ねた。
「僕たちしか成功できないなら、村や次の学年へ渡せないからね」
最後に、エリスが片づけの手順を説明した。
熱い湯へすぐ手を入れない。
卵の内圧が残っている間は、顔を近づけない。
割れた殻は数を確認してから捨てる。
成功した瞬間ではなく、全員が安全に帰るまでが実験だ。
「これで八人全員?」
ミィナが名前札を数える。
アルト。
ルナ。
ミィナ。
ノア。
カイル。
グレイ。
エリス。
「七人よ」
アリエスが自分の札を指で弾いた。
「今、熱の説明をしたでしょ!」
「アリエスもやった!」
「名前を数えなさい!」
八人目の説明は、出欠確認になった。
***
審査結果は、最優秀展示ではなかった。
七色の炎が取った。
見栄えなら最初から勝てない。
Fクラスは、再現性記録賞という長い名前の賞をもらった。
「失敗ばかり並べたのに?」
ミィナが賞状を裏返す。
「成功だけの展示より、質問へ答えられたからよ」
ミネルヴァ先生が言った。
なぜ止まったか。
どこまで使えるか。
同じ物を誰が作れるか。
俺たちは全部、一度失敗していた。
だから答えがあった。
隣のクラスの生徒が、揚水輪の停止記録を指した。
「これ、写してもいいか。町の粉挽き水車も冬に止まるんだ」
「どうぞ」
ノアが空いた紙を渡す。
「同じ原因とは限りません。水量、軸の温度、止まった時刻も一緒に比べてください」
「直し方だけじゃ駄目なのか?」
「原因が違えば、同じ直し方で悪化します」
布を巻けば直った漏れと、布を詰めて湿気が増えた食料庫。
似た穴でも、塞いでよい穴と残す穴がある。
相手は修理法だけでなく、失敗した時の記録欄まで写した。
発表は、答えを配る場所ではなかった。
次に間違えた時、どこを見るかを渡す場所だった。
発表会が終わっても、Fクラスの台にだけ見学者が残った。
成功した羽根車より、止まった軸を触りたがる。
きれいな布より、泥で光が歪む布をのぞく。
ひびのない卵より、片側だけ熱くなった卵の記録を写す。
「壊れている方が人気だね」
グレイが笑う。
「持って帰ってくれないかな」
俺は展示台の下を見た。
揚水輪、板管、大鍋、三つの卵。
持ち込んだ時より、説明札が増えている。
「片づけも採点に入っています」
エリスが逃げ道を塞いだ。
研究発表会で最後に再現されたのは、いつもの片づけだった。
八人全員で運んでも、失敗品だけは一つも軽くならなかった。




