52話 六体そろって食堂立入禁止
食堂の入口に、六枚の似顔絵が貼られた。
入学第六百三十一日。
炎の狼。
風の鷹。
赤い宝石の小動物。
雲の羊。
空を泳ぐ魚。
丸い機械。
その下には、赤い字がある。
『右記六体、食堂への立ち入りを禁ず』
「ナビまで!?」
『同一犯行集団ト認定サレマシタ』
「お前は食べないだろ!」
『侵入ヲ検知シ、追跡シマシタ』
「止めなかったのか?」
『扉ガ閉マリ、内部カラ開ケラレマセンデシタ』
捕まった警備員まで犯人に数えられている。
学園の食堂は、昨夜襲撃された。
被害は干し肉十二本、干し魚二十七尾、焼き菓子一籠、根菜三袋。
小麦粉一袋は食べられず、床へ広げられた。
犯人は現場で眠っていた。
フェンリルは干し肉の箱。
ストーム・ホークは吊るした魚の上。
カーバンクルは焼き菓子の籠。
クラウド・シープは小麦粉の中。
スカイ・ツナは根菜袋を枕にしていた。
ナビだけは扉の前で、朝まで救難信号を出していたらしい。
「シープ、白いから見つからないと思った」
ルナが羊毛についた小麦粉を払う。
「床に羊の形が残ってたわよ」
アリエスが言った。
「完全犯罪、失敗」
「最初から犯罪にしないで」
エリスがカーバンクルの口元を布で拭く。
ミィナはツナの腹を押していた。
「根菜は食べてないよ!」
「袋ごと飲み込んでるぞ」
「あとで出る!」
「食堂へ返せないだろ!」
カイルのホークは、魚の骨を翼の陰へ隠した。
「それも返そうね」
ホークは聞こえないふりをした。
食堂長が、長い請求書を机へ置く。
「食材代、扉の蝶番、通風口の格子、清掃代だ」
「清掃は自分たちでやります!」
俺は即答した。
昨日まで長い同意書だった紙が、今日は長い請求書になっている。
紙が長い日は、ろくなことがない。
「食材代と修理代は?」
「六人で払います」
アリエスが俺より先に答えた。
召喚獣を持つ六人。
俺、アリエス、カイル、エリス、ルナ、ミィナ。
ノアとグレイには、請求されていない。
「俺のナビは無罪に近いんだけど」
『侵入罪ハ認メマス』
「お前、正直すぎるよ!」
卒業資金から、銀貨が飛んでいった。
羽根はないのに、ホークより速かった。
「そもそも、どうやって全員入ったのよ」
アリエスが壊れた扉を見る。
食料庫は食堂の奥にある。
夜は外扉も内扉も施錠される。
最初に侵入したのはツナだった。
洗い場の排水路から水ごと逆流し、床の水桶へ飛び込んだ。
次にホークが屋根の通風口を外した。
カーバンクルが隙間から入り、内側の留め金を押し上げる。
フェンリルが鼻先で扉を開け、シープがその上を通った。
最後にナビが追跡した。
「連携が良すぎない?」
カイルが額を押さえる。
「去年の大会より動けてるわ」
「食べ物がかかると強い!」
ミィナが胸を張った。
「褒めてない」
侵入の順番は、床の跡で分かった。
濡れたツナが、排水路から水の線を残している。
その上へカーバンクルの小さな足跡。
扉の前では、フェンリルの熱で水だけが乾いていた。
最後にシープが小麦粉を踏み、全員の跡を白く上書きしている。
現場を保存するという考えは、召喚獣にはなかった。
「ホークの足跡は?」
カイルが天井を見る。
吊るした干し魚が、一尾ずつ手前から消えていた。
くちばしで取るたび、横木についた粉が同じ間隔で落ちている。
「食べ方が丁寧ね」
「褒めないでくれるかな」
カイルはホークの目を隠した。
ナビの記録には、侵入を検知した時刻も残っていた。
『午前零時十二分、ツナ。零時十三分、ホーク。零時十五分、カーバンクル』
「二分おきに増えてる!」
『零時十七分、フェンリル及ビシープ。零時十八分、追跡中ノ本機ガ閉ジ込メラレマシタ』
「俺のだけ被害者だろ」
『食料庫内ヘ入ッタ事実ハ共通シマス』
規則の前では、動機より所在地が強かった。
問題は、六体が同じ夜に食料庫を目指した理由だ。
夕食は全員分、与えていた。
グレイの健康記録にも、急な食欲増加はない。
六体が同時に悪くなったのではない。
食堂の匂いが、六体の所まで来た可能性が高かった。
「夕食の量を減らした人はいませんか」
エリスが六人へ確認する。
誰も減らしていない。
フェンリルは肉を残していないが、いつも通り。
ホークの穀物、カーバンクルの木の実、シープの草、ツナの魚も記録と同じだった。
ナビは、そもそも食べない。
「空腹が原因なら、ナビまで同じ場所へ行く説明になりません」
ノアが六枚の食事記録を指でそろえる。
「ナビは追いかけただけだけどね」
グレイは六枚の記録を重ねた。
「種類も食事も違うのに、同じ時刻に同じ方向へ動いた。身体の変化より、外から来た合図を先に疑う方がよさそうだ」
「合図って?」
「匂い、音、光。昨夜は暗くて、食堂の鐘も鳴っていない」
「残るのは匂い!」
ミィナがツナと一緒に鼻を食堂へ向けた。
ツナに鼻があるかは分からない。
「旧第三学生寮まで、干し魚の匂いがしました」
ノアが昨夜の記録を開く。
「私も起きました。風は寮から食堂の方へ吹いていたはずです」
「風と反対に匂いが来たの?」
ミィナが鼻を動かす。
「屋根の上では、違う向きだったのかもしれないね」
グレイが通風口を見上げた。
目に見えない匂いを追うため、目に見える煙を使うことにした。
食堂長から香草の煙を借りる。
食べ物へ匂いがつかないよう、空の食料庫で少量だけ焚く。
最初に扉も窓も閉じた。
煙は真っ直ぐ上がり、天井近くで横へ流れた。
屋根の通風口へ吸い込まれる。
ホークが外から追い、行き先を確かめた。
煙は屋根を抜けず、古い横管を通って召喚獣の運動場側へ出ていた。
「食料庫の匂いを、六体の寝床へ配ってたのか」
『夜間配達デス』
「頼んでない!」
温かい空気は、冷たい空気より軽くなって上へ動く。
鍋の湯気が天井へ上がるのと同じだ。
食料庫の上側から温かい空気が出れば、その分だけ下側から別の空気が入る。
扉の下へ細い紙を垂らすと、紙は内側へ曲がった。
下から冷たい空気を吸い、上から匂いごと吐き出している。
「でも、食料庫に火はないわよ」
アリエスが壁へ手を当てた。
「こっちだけ温かい」
壁の向こうはパン焼き窯だった。
三日前から、冬用の保存パンを夜通し焼いている。
窯の熱が石壁を通り、食料庫の上半分を温めていた。
昼間は人の出入りで匂いが散る。
夜は扉が閉まり、温度差で横管から運動場へ集中して流れる。
五体の寝床へ、干し肉と魚の匂いだけが届いた。
「なら、通風口を塞げば終わりだね」
グレイが布を詰めた。
「待ってください」
エリスが言うより先に、俺たちは十分待った。
食料庫の空気が重くなる。
壁の温度は上がり、冷たい床との間に水滴がついた。
乾燥させるために吊るした香草もしんなりしている。
「腐る!」
ミィナが布を引き抜いた。
匂いは止まった。
食料の保存まで止まりそうだった。
最初の修理は失敗である。
「空気の道は必要です。ただし、出口を寝床へ向けてはいけません」
ノアが食堂の平面図を広げた。
屋根へ抜ける古い煙突が一本ある。
今は使われていない。
横管を外し、上側の出口を煙突へつなぐ。
下側の吸入口は、日陰の外壁へ新しく作る。
パン焼き窯の熱を受ける壁には、空気を抱える二重板を置く。
温かい壁と食料の棚を離す。
「煙突へつなげば、風で逆流しないの?」
カイルが屋根を見上げた。
「強い下向きの風なら、押し戻されることがあります」
ノアは煙突の先へ、四方を覆う笠を描いた。
横から吹いた風をそのまま管へ入れず、笠の周りへ流す。
それでも完全ではない。
ホークに屋根の四方向を飛んでもらい、翼で弱い風を送る。
北から。
南から。
東と西から。
煙は少し揺れたが、食料庫へ戻らなかった。
「次、下から!」
ミィナがホークへ頼む。
「人の言葉で急に試験を増やさないで」
カイルが止めた。
谷からの吹き上げまで、今日の屋根では作れない。
できない条件は、できたことにしない。
風の強い夜に、もう一度確認する欄を残した。
吸入口にも問題がある。
地面に近すぎると、雨水と土埃を吸う。
高すぎれば、温かい空気だけが短い道を通り、床近くが淀む。
腰より少し下へ置き、細い格子と雨除けをつけた。
「ホークが外した格子より頑丈にしないとね」
カイルが新しい留め具を二本に増やす。
ホークが目を逸らした。
「匂いの強い魚と肉は、蓋つきの箱へ」
カイルが棚札を書き換える。
「根菜は冷たい床に近い方。でも床へ直接置くと湿るから、木枠の上」
エリスが袋を持ち上げる。
「小麦粉は?」
ルナが白くなったシープを見る。
「羊から離す」
「それが一番大事ね」
アリエスがうなずいた。
棚の位置を変える前に、温度を測った。
床、腰の高さ、天井近く。
窯側の壁と、反対側の壁。
同じ温度計を順番に動かすと、時間が変わってしまう。
グレイが同じ作りの温度板を六枚並べ、ノアが同時に記録した。
上側と窯側が最も高い。
棚を移し、二重板を置いた後でもう一度測る。
食料の位置は低く、冷たい側へまとまった。
「煙、もう一回!」
ミィナが香草を持ち上げる。
「量は少しです」
エリスが半分に減らした。
煙は天井へ上がり、新しい管から屋根の上へ抜けた。
ホークが煙の筋を追う。
運動場へは流れていない。
扉の下の紙は、ゆっくり内側へ曲がる。
空気は入っている。
通り道も残っている。
「成功?」
「今夜も確かめます」
ノアは即答した。
煙は匂いより粒が大きく、壁へつきやすい。
煙が流れたから、すべての匂いも同じとは限らない。
外の風向きや窯の温度が変われば、流れも変わる。
一度の昼間の試験だけで終わらせず、夜と翌朝にも紙の向きと温度を記録する。
科学は、食堂長の怒りほど簡単には冷めなかった。
***
修理が終わると、清掃が待っていた。
俺とアリエスは床の小麦粉を集める。
カイルは屋根の魚骨。
エリスは割れた瓶。
ルナはシープの毛から粉を吸い取る。
ミィナはツナが出した根菜袋を洗った。
「本当に出た!」
「食料としては戻せないからな!」
根菜袋は廃棄になった。
召喚獣を持つ六人で、壊した物と食べた物を弁償する。
処分も送還もない。
その代わり、一か月の食堂手伝いが追加された。
「僕たちも入れてください」
ノアが餌当番表の空欄へ名前を書く。
「二人は弁償しなくていいんだぞ」
「これまで六人へ任せすぎていました」
グレイも隣へ名前を足した。
「健康記録を取るなら、誰が何をどれだけ与えたか知る必要があるからね」
「研究目的?」
「半分は手伝いだよ」
「もう半分は?」
「研究」
正直だった。
八人で餌の量と時刻を決める。
食堂の残り物を勝手に与えず、種類ごとの皿へ分ける。
運動場の端には、雨を避けられる餌場を作った。
ノアは朝の量を量り、グレイは食べ残しを量る。
差を取れば、食べた量になる。
ただし、シープの毛へ隠れた草と、ツナが水槽の外へ飛ばした魚は別に拾う。
減った量が全部、腹へ入ったとは限らない。
「フェンリルの皿だけ温かいです」
ノアが秤から下ろす。
「熱で水分が飛べば、食べていなくても軽くなるね」
グレイは空の皿を隣へ置き、同じ時間だけフェンリルのそばで温めた。
皿だけで減った分を、食事量から引く。
「餌やりなのに研究発表みたい」
ミィナが魚を一尾ずつ数える。
「次の発表に使うからね」
「やっぱり研究目的だ!」
「手伝いも半分あるよ」
半分ずつなら、合わせて一人分である。
翌朝。
六体は食堂の入口まで来て、似顔絵の札を見上げた。
フェンリルが鼻を動かす。
ホークも首をかしげる。
食料庫の匂いは、もう流れてこない。
代わりに、外の餌場から朝食の匂いがした。
六体はそろって食堂へ背を向けた。
「禁止札、理解したのかな?」
ミィナが喜ぶ。
『朝食ノ方向ヲ理解シタ可能性ガ高イデス』
「どっちでもいい! 今日は入ってない!」
食堂立入禁止は解けなかった。
俺たちの食費も戻らなかった。
それでも、六体は翌朝も餌場へ並び、朝食だけは毎日出る。
俺の財布だけは軽くなった。
今月の俺には、それで十分だと思うしかなかった。




