4話 ようこそ学園の掃き溜めへ
王立ルミナス魔法学園、入学式当日。
正門をくぐった先にある石畳の広場には、すでに黒山の人だかりができていた。
巨大な掲示板の前に、新入生たちが殺到しているのだ。
クラス分けの発表である。
この学園では、入試の成績によってクラスが厳密に分けられる。
上からS、A、B、C、D、E、そして最底辺のF。
そのランクは、そのまま学園内でのカーストとなるらしい。
「Sクラス……Aクラス……Bクラス……」
俺、風早歩瑠斗は人混みの端に立ち、背伸びをしながらリストの上から順に自分の名前を探した。
ない。
C、D、E……まだない。
筆記試験でほぼ満点を取ったとはいえ、あの実技の威力1点という散々な評価を考えれば妥当だ。むしろ、落ちている可能性だって十分にある。
祈るような気持ちで視線をさらに下へスライドさせると、リストの一番下。
そこに、少しだけ隔離されるように書かれた枠があった。
『1年Fクラス』
その枠の中に、俺の受験番号と名前があった。
メンバーは四十名。
さらにその一番下に、注釈付きでこう書かれている。
『※以下六名、特別入学許可枠』
俺の名前は、その「特別枠」の中にしっかりと刻まれていた。
「……ま、いいか」
俺は安堵の息を吐いた。
Fクラス。通称「掃き溜め」。成績不良者や、素行に問題のある生徒が集められる場所だと、すれ違った受験生たちが囁いていた。
だが、それでいい。俺はエリート街道なんて歩くつもりはない。
むしろ、教師からも期待されない最底辺の方が、平穏に過ごして皆勤賞の卒業証書をもらうには好都合だ。
俺は自分の完璧な立ち位置を確信し、入学式が行われる大講堂へと足を向けた。
***
入学式。
それは、この世界でもっとも華やかで、もっとも残酷な儀式だ。
大講堂の天井には、数千個の魔石がシャンデリアのように輝き、新入生たちの顔を照らし出している。
だが、その光景には、さきほどのクラス分けに基づいた明確な「格差」があった。
前方の特等席を陣取っているのは、入試成績上位の『Sクラス』や『Aクラス』に配属されたエリートたちだ。
彼らのローブは最高級の絹で織られ、胸には金色の校章が輝いている。椅子もふかふかのクッション付きだ。
一方、俺たち『Fクラス』が案内されたのは、講堂の一番後ろ。
ここからじゃ、壇上の学園長の顔なんて豆粒ほどにしか見えないし、椅子も硬い木の長椅子だ。
「……ケツが痛い」
俺は小さく呟いた。
周りを見渡す。
同じFクラスのエリアに座っているのは、いかにもやる気のなさそうな連中や、周囲を威嚇している不良っぽい奴らばかりだ。
そして、俺の隣に座っている少女。
「……」
彼女は、まるでそこだけ時間が止まっているかのように静かだった。
雪のように真っ白な、絹糸のような銀髪。透き通るような蒼い瞳。
着ている制服は少し大きめで、萌え袖のようになっている。
その美しさは、前方のエリート席にいる着飾った貴族令嬢たちすら霞むほどだ。
ただ、一つだけ気になることがある。
彼女は今にも眠りそうに、ゆらゆらと船を漕いでいるのだ。
夜行性か?
俺がそう思った瞬間、彼女の頭がガクンと傾き、俺の肩にコツンと乗った。
ふわりと、冷たい夜気と甘いミルクのような香りが混ざった匂いが鼻をくすぐる。
「……あ」
「……んぅ」
彼女は目を覚ますどころか、俺の肩を枕にして完全に熟睡モードに入ってしまった。
スースーという規則正しい寝息が、俺の首筋にかかる。
おいおい、初対面の男子の肩で寝るか普通?
俺は慌てて彼女の肩を押し返そうとしたが、その細くて柔らかい感触にドキリとしてしまい、手が止まる。下手に起こして騒がれるのも面倒だ。
「……これより、学園長による式辞を行う!」
壇上の爺さんの長い話が始まった。
俺は右肩に美少女の温もりと重みを感じながら、ひたすら時間が過ぎるのを耐えた。
どうせ俺は、目立たず騒がず、モブとして生きていく。
この肩の上のトラブルの種も、式が終われば縁が切れるはずだ。
***
入学式が終わると、各クラスへの移動が始まった。
SクラスやAクラスの連中が、本校舎の中央にある豪華な教室へと案内されていく。
俺たちFクラスの行き先は、掲示板に貼り出されていた通りだ。
『Fクラス:本校舎一階・北棟突き当たり』
俺は肩で寝ていた銀髪の少女をなんとか起こした。彼女が無言でふらふらと歩き出したので、その背中を追って教室へ向かった。
北棟は日が当たりにくく、人通りが少ない場所にあるらしい。
まさに「日陰者」にはおあつらえ向きの場所だ。
教室の扉を開ける。
中はごく普通の教室だった。
黒板があり、四十人分の机と椅子が並んでいる。ただ、少し埃っぽく、机の木はささくれ立っている。
俺は指定された窓際の一番後ろの席に座った。
隣の席には、なんとさっきの銀髪の少女が座った。彼女は座るなり机に突っ伏し、また寝息を立て始めた。
教室には、続々と生徒が入ってくる。
そして、そのメンツを見て、俺は少しずつ不安になってきた。
「にゃはは! ここがアタシの縄張りね!」
俺の前の席に座ったのは、獣人の少女だった。
頭にはピンと立った猫耳。腰からはふさふさの尻尾が揺れている。
彼女は着席するなり、靴を脱いで机の上にするりと登り、丸まって座り込んだ。
……自由すぎるだろ。
次に教室に入ってきたのは、ミルクティー色の髪をサイドでまとめたハーフエルフの少女だった。
整った顔立ちはどこか令嬢のような雰囲気を醸し出しているが、自分の席につくなり、つまらなそうに頬杖をついた。
「はぁ、退屈ね……。なんで私がこんなクラスなのよ」
彼女はため息交じりに呟きながら、指先で小さな火種を弄び始めた。勝気そうで、少しツンとした態度の少女だ。
さらに、教室の隅では、白衣を着たボサボサ頭の眼鏡の男が、何やらブツブツ言いながら壁の強度をノギスで測っている。
そしてその隣の席には、色素の薄い白金髪の少女が、まるで幽霊のように気配を消して座っていた。危うく見落とすところだった。
……なんだこのクラス。
俺は頭を抱えたくなった。
普通の落ちこぼれが集まっているだけだと思っていた。
成績が悪くて、授業をサボるヤンキーたちだと。
だが、現実は違う。
ここにいるのは、「規格外のヤバい奴ら」だ。まともな物差しでは測れない連中が、ここに隔離されているだけなんじゃないか?
「ねえ、君」
その時、通路を挟んだ隣の席の男子生徒が声をかけてきた。
爽やかな金髪に、人懐っこい笑顔。ただ、その表情はどこか引きつっている。
「ここ、すごいメンツだね。僕、場違いな気がして胃が痛いんだけど」
「奇遇だな。俺もだよ」
俺は心底同意した。
彼のような「普通っぽい」生徒がいることに救われる。
「僕はカイル・ウィンザー。風魔法が少し使えるくらいで、これといった取り柄はないんだけど……よろしくね」
「俺はカザハヤ・アルト。よろしく、カイル」
俺たちはガッチリと握手を交わした。
「常識人同盟」が結成された瞬間だった。
さらに、カイルの後ろに座っていた栗色の髪の少女も、控えめに会釈をしてきた。
「あ、あの、よろしくお願いします。私、エリスって言います。治癒魔法を少しだけ……」
「よろしく、エリスさん」
よかった。まともな人間が二人もいた。
俺はこの二人とだけ仲良くして、あとの強烈な個性を放つ連中とは適度な距離を置こう。そう心に誓った。
その時だった。
ガラララッ!!
教室の扉が、勢いよく開いた。
全員の視線が集まる。
そこに立っていたのは、黒い教員用のローブを着崩し、不機嫌そうに教鞭を持った女性教師だった。
長い金髪。尖った耳。
そして、俺を見つけてニヤリと、肉食獣のように笑う、その顔。
ミネルヴァさんだ。
合格発表の時に「私が担任としてしごいてやる」と言っていたが、どうやらあれは冗談ではなかったらしい。
俺の心臓が早鐘を打つ。
彼女は俺の「魔力ゼロ」の秘密も、「平穏に暮らしたい」という本音も全部知っている。
その上で、面白がって色々なトラブルを持ち込んでくるタイプだ。
そんな人が本当に担任になったのだ。俺の影の薄い学園生活は、一体どうなってしまうのだろうか。
「席につけ。今日からお前らの担任をする、ミネルヴァだ」
彼女は教卓に立つと、生徒たちを見渡した。
「最初に言っておく。私はお前らに期待していない。このクラスは、成績不良や素行問題で他クラスに入れなかった者たちの寄せ集めだ」
教室がざわめく。
ツインテールの貴族令嬢であるアリエスが「なんですって!?」と食ってかかろうとするが、ミネルヴァさんは冷たい視線でそれを制した。
「だが、私は『面白い生徒』は嫌いじゃない。お前らがここで腐ろうが、何か面白いことをしでかそうが、私の知ったことではない。ただし、私の顔に泥を塗るような真似だけはするなよ。退学の書類を書くのは面倒だからな」
彼女はそれだけ言うと、出席簿を開いた。
「とりあえず顔と名前くらいは覚えてやる。名前を呼ばれたら返事をしろ」
淡々とした点呼が始まった。
そして、俺が気になっていたあの「個性派」たちの番が来た。
「ルナ・アルシェル」
「……ん、はい」
隣で寝ていた銀髪の少女が、気だるげに手を挙げた。ルナというのか。
「アリエス・フェルミナ」
「はいっ!」
さきほどまでつまらなそうに火種を弄んでいたハーフエルフの少女が、元気よく返事をした。
「おい、フェルミナって、あの名門貴族の……?」
「ああ。ハーフエルフで貴族の生まれなのに、魔力制御が壊滅的でこっちに落とされた問題児らしいぜ」
後ろの席の一般生徒たちから、ボソボソとそんな噂話が聞こえてくる。なるほど、あの子も色々と事情がありそうだ。
「ミィナ・キャロット」
「にゃー」
机の上の猫耳少女が鳴いた。返事かそれは。
「ノア・リュミエール」
「……はい」
教室の隅で、存在感が希薄だった白金髪の少女が小さく答えた。
「グレイ・フォルティス」
「あ、はいはい。先生、この壁の魔力耐性はどのくらいですか?」
「後で自分で調べろ」
次々と名前が呼ばれていく。
そして。
「カザハヤ・アルト」
「……はい」
俺が返事をすると、ミネルヴァさんは口角を限界まで上げた。
その笑顔を見て、俺は悟った。
ああ、絶対に面白がってる。
俺がこのクラスでどう立ち回るのか、特等席で見物する気だ。
「よし、全員いるな。今日はこれだけだ。……あ、そこの『特別枠』で入学した連中。お前らは少し残れ」
特別枠。
その言葉に、俺はビクリとした。
掲示板の下の方にあった、あの六人だ。
「ルナ、アリエス、ミィナ、ノア、グレイ……そして、アルト。以上六名、前へ出ろ」
名前を呼ばれたメンバーが、ぞろぞろと前に出る。
寝ぼけ眼のルナ。
不機嫌そうに腕を組むアリエス。
机から飛び降りたミィナ。
メジャーを首から下げたグレイ。
そして、幻のように影の薄いノア。
俺はため息をつきながら、彼らの列に加わった。
背後でカイルとエリスが、「え、アルトくんもそっちのヤバい側なの?」という驚きと憐れみの顔をしているのが見えた。
違う。俺はそっち側じゃない。手違いだ。心は一般人なんだ。
「いいか、お前らは学園長肝いりの『問題児リスト』だ。能力の偏りが激しすぎるか、危険思想を持っていると判断された連中だ。私が直々に監視する」
ミネルヴァさんは俺の顔を見て、楽しそうに目を細めた。
「特にアルト。お前には大いに期待しているぞ? この個性豊かな連中の『まとめ役』として、仲良くやってくれ」
まとめ役、だと?
それは「トラブルの防波堤になれ」と言っているのと同じだ。
俺は天を仰いだ。
平穏無事な学園生活?
モブとして生きる?
無理だ。
入学初日にして、俺の計画は完全に破綻していた。
周りを見渡せば、個性が服を着て暴走しているような連中ばかり。
そして担任は、俺の秘密を知る唯一のドS師匠。
俺の異世界生活は、成り上がりなんてしなくていい。英雄になんてならなくていい。
ただ無事に卒業して、平穏な就職先を見つけたいだけなのに。
どうしてこうなったんだ。




