↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/59

31話 森で一番怖い音は足音じゃない

 警鐘が三度鳴った。


 見張り小屋へ入ってから、まだ二時間。日付は入学第三百九十一日のままだ。


 ミィナは地面へ片膝をつけたまま、七匹分の気配が潜む夜の森を見ている。


 俺には木と闇しか見えない。


「小さいのは速い。大きいのは遅い。小さい方が先に来る」


「あと何分だ?」


「二分」


 短い。


 作戦会議で格好をつける時間すらない。


「セナ。魔力喰らいは火を怖がる?」


 ミィナが族長へ尋ねる。


「腹を空かせた個体は、火の魔力へ飛び込む。魔法を使うほど寄ってくる」


 最悪の回答だった。


 アリエスが杖を下げ、フェンリルも背中の炎を消す。


 この森では周囲の魔力が吸われ続けている。俺たちの残量も、昨日ラグナ村へ着いた時より少ない。


 派手な魔法で倒せたとしても、次の一匹へ使う分がない。


「木の上へ逃げても?」


「追って登る」


「穴を掘っても?」


「土を食べて来る」


「帰還石は?」


「この森では働かん」


 逃げ道を聞くたびに一つずつ塞がれた。


 これが試験なら、問題用紙を破って帰りたい。


「ミィナ。どうする」


 セナは俺ではなく、ミィナへ聞いた。


 ミィナの耳が別々の方向へ動く。


「子どもと動けない人は西の岩場。弓を使う人は木の上。魔法は使わない。七匹を村へ入れない」


「大型は?」


「音が違う。あとで考える」


 全部わかったふりをしない。


 今決められることだけを先に決めた。


 獣人たちが一斉に動く。


「俺たちは?」


「アルトたちは、ミィナと七匹を止める」


「方法は?」


「今から探す」


 やっぱりFクラスだった。


   ***


 茂みの奥から、爪が土を削る音が近づく。


 ノアが指先へ小さな光を灯した。


 木々の間に、四つ足の影が七つ浮かぶ。


 痩せた狼に似ているが、頭には目も鼻もない。代わりに胸の中央が割れ、青白い穴が脈打っていた。


 穴が光るたび、地面の黒い管も同じ速さで震える。


「あいつら、管の音を聞いてるのか?」


「耳はないよ」


 グレイが地面へ手を置く。


「でも足の裏で振動を拾ってる。ほら、管が脈打つたびに向きを変えてる」


 魔力喰らいの足が止まる。


 黒い管が、ドクンと震えた。


 七匹の胸も同時に開く。


 一秒に四回ほど。


 俺の心拍よりずっと速い。


「魔力の匂いだけを追うなら、森中へ散るはずだ。あの周期が目印になってる」


「じゃあ、もっと大きい音を出せば騙せる?」


 カイルが囁く。


「ただ叩くだけじゃ駄目だ。あいつらが探してる速さへ合わせる」


 ブランコを押す時、いつ押しても高く上がるわけではない。


 戻ってくる周期へ合わせ、同じ場所で押す。小さな力でも、何度も重なれば揺れは大きくなる。


 共鳴だ。


 音叉が同じ高さの音へ反応するように、決まった周期の振動だけを大きくできる。


「管より大きく、同じ速さで震える物があれば、そっちへ誘えるかもしれない」


「空洞の木ならあるよ」


 グレイが指した先に、雷で中を焼かれた太い木が立っていた。


 幹の半分は空洞だ。


 叩くと、腹へ響く低い音がした。


「でも音が低すぎる」


「穴の長さを変えればいい。笛と同じだよ」


 グレイの目が光る。


 嫌な光り方だが、今だけは頼もしい。


 俺たちは空洞へ枯れ枝と布を詰め、響く長さを短くした。


 ナビが管の脈動を測り、カイルが幹を小さく叩く。


 最初の音は甲高すぎた。


 先頭の一匹だけが顔を向けたものの、残りは黒い管から離れない。


「同じ速さで叩いてるのに、どうして?」


 アリエスが幹を押さえる。


「速さだけじゃ足りない。揺れ方も近づける」


 ブランコなら、前後へ動く周期へ合わせて背中を押す。横から押しても、座っている人間が怒るだけだ。


 管は低く、地面を横へ震わせている。


 空洞の木は高い音を空へ逃がしていた。


 詰めた枝を半分抜き、幹の根元へ倒木を一本触れさせる。倒木の先は、管が埋まっている湿った土へ差し込んだ。


 木の音を大きくするだけでなく、地面へ同じ向きの揺れを渡す。


 カイルがもう一度叩く。


 今度は低い振動が倒木を通り、靴の裏へ届いた。


『振動周期、一秒アタリ三・八回。目標ト一致シマシタ』


「音は合った。でも、魔力がないと寄らないんじゃない?」


 エリスが空の小型魔石へ目を落とす。


 グレイは鞄から、使い切った小型魔石を七個取り出した。


「昨日の測定石だよ。空っぽに見えるけど、表面へ少し残ってる」


「七匹に七個。餌としては少なすぎないか?」


「だから逃げ道を残す。満腹にする必要はない。確認しに来させればいい」


 魔力喰らいを木の中へ閉じ込めるのは無理だ。


 近づかせ、村とは反対側の谷へ誘導する。


 カイルとホークが枝へ縄を結ぶ。離れた場所から引けば、幹を一定の速さで叩ける。


 アリエスは金具を種火で温め、縄が外れないよう曲げた。


 ノアの細い光が、夜の地面へ退路を描く。


 ルナとシープは谷へ転がす丸太を支え、エリスとカーバンクルは獣人たちの前へ膜を張った。


 ツナは空洞へ頭を突っ込み、魔石を食べようとしている。


「お前は今だけ魚に戻れ!」


 ミィナが尾を引き、ツナを抜いた。


 準備時間は一分もない。


「叩く」


 ミィナの合図で、カイルが縄を引いた。


 ゴン。


 ゴンゴンゴン。


 最初は小さかった幹の震えが、同じ周期で重なるたびに大きくなる。


 空洞の木全体が鳴り始めた。


 地面を伝う振動は、足の裏まで痺れさせる。


 先頭の魔力喰らいが向きを変えた。


 二匹、三匹。


 七匹全てが、黒い管から空洞の木へ走る。


「今!」


 木へ近づいたところで、ミィナが枝を揺らす。


 残った魔石が谷へ転がった。


 七匹は迷わず追いかける。


 ルナが丸太を少しだけ軽くし、シープが押した。


 谷の入口へ丸太が落ちる。


 完全には塞がない。細い逃げ道だけを残した。


「どうして閉じ込めないんですか?」


 ノアが細い逃げ道を光でなぞる。


「出口がなければ、村へ戻ろうとする。谷の向こうへ逃げる道を一つだけ残すんだ」


 追い詰められた動物は、最短の逃げ道へ走る。


 俺たちが作ったのは檻ではなく、一方通行の廊下だ。


 空洞の木から魔石の匂いを拾った七匹は、谷を抜けて東の岩山へ消えた。


 獣人たちから短い歓声が上がる。


 だが、ミィナは喜ばなかった。


「大きいのが来る」


   ***


 地面が持ち上がった。


 土と根を跳ね飛ばし、黒い塊が姿を現す。


 小型とは比べものにならない。


 牛ほどの胴体に六本の脚。胸の穴から、黒い管が直接伸びているように見えた。


 違う。


 管へ食いつき、牙を深く突き刺しているのだ。


 大型が息を吸うたび、管の青い光が体へ流れ込む。


 牙の隙間から、青黒い液が落ちていた。


 グレイが長い枝の先で一滴だけ受ける。


「魔力塩を溶かした媒液だ。魔力だけじゃなく、液体ごと管の中を流してる」


 電線ではなく、魔力を含む液を送る水道管に近い。


 若木の周りへ塩が漏れた理由も、これならつながる。


「あれは音を追ってない。もう餌へ口をつけてる」


 空洞の木を鳴らしても、大型は見向きもしない。


 アリエスが杖を構えた。


「管ごと焼く?」


「駄目だ。中にどれだけ溜まってるかわからない」


 水道管へ穴が開いた時、栓を閉めずに穴だけ広げれば水浸しになる。


 流れているのが魔力なら、家一軒の床では済まない。


『警告。管内部圧力、上昇中』


 ナビの表示が赤くなる。


 大型が管を噛み潰し、細くしたせいだ。


 流れが出口で詰まり、上流側へ圧力が溜まっている。


「先に流れを止める。壊すのはその後だ」


「どうやって?」


 昨日掘り出した部分には、太い金属の輪が二つあった。


 装飾だと思っていたが、輪には四本のねじがついている。


 配管を点検するための締め具だ。


「あれを左右から締める。ホースを指でつまむのと同じだ」


 輪のねじへ横向きの棒を差せば、小さな力でも回せる。


 ねじは一回転しても、先端が少ししか進まない。その代わり、回す力を管へ強く押しつけられる。


 瓶の蓋を指で真下へ押しても閉まらないが、溝に沿って何度も回せば固く締まる。それと同じだ。


 ただし古いねじだ。錆びた部分へ急に力をかければ、輪そのものが割れる。


 グレイが油を投げ、ホークの風が砂を払う。


 アリエスは金属を熱しようとして、俺に杖を止められた。


「管の横で火は使わない」


「さっき金具を曲げた時は使ったじゃない」


「あれは管から離れてた。今爆発したら、反省文を書く腕までなくなる」


「基準が反省文なの?」


 卒業前に腕を失うのも困るが、まず出席簿へ署名できなくなる。


「一気に閉じたら、向こうで破裂するよ」


 グレイが輪を調べる。


「少しずつだ。両側を交互に締めて、管の脈を見ながら流量を落とす」


 大型は管から離れない。


 近づく必要がある。


「ルナ。五秒だけ、頭を地面へ押さえられるか?」


「……三秒」


「正直で助かる。ミィナ、三秒で輪まで行けるか?」


「二秒」


 俺が行くと言う前に、ミィナが走った。


 大型が顔を上げる。


「……伏せて」


 ルナの指が下がる。


 重力が大型の頭を地面へ叩きつけた。


 一秒。


 ミィナが背中を駆け上がる。


 二秒。


 輪へ縄をかけ、俺たちの方へ投げる。


 三秒。


 重力が切れた。


 大型の爪がミィナへ伸びる。


 ツナが横から体当たりし、二人まとめて転がった。


「ミィナ!」


「平気! 締めて!」


 俺、カイル、アリエス、グレイが縄を引く。


 最初の縄が金属輪から滑った。


 俺たちは四人まとめて背中から倒れる。


 大型の爪が振り下ろされ、エリスとカーバンクルの膜へ三本の傷をつけた。


「結び目を輪の根元へ! 引く方向もそろえて!」


 エリスに怒鳴られ、カイルが縄を結び直す。


 力任せに人数を増やしても、引く向きが違えば一部は輪を横へずらすだけだ。


 四人の足元へノアが一本の光を引いた。


 全員が同じ線へ踵を置き、同じ方向へ体重をかける。


 金属輪のねじが四分の一だけ回った。


 反対側はセナたちが引く。


 右、左、また右。


 ナビが管の脈動を読み上げる。


『流量、八割。六割。四割』


 大型の胸の光が弱くなる。


 暴れる脚をフェンリルが押さえ、ホークが目のない顔へ土を吹きつける。


 カーバンクルの膜が爪を滑らせ、シープがミィナとツナを安全な場所へ運ぶ。


 ノアは細い光で輪の位置を示し続けた。


『流量、一割』


 大型の牙が管から抜けた。


 ミィナが待っていた。


 ツナの尾を両手で掴み、横へ振り抜く。


「森から、出ていけ!」


 マグロの腹が大型の顎へ直撃した。


 黒い巨体が一回転し、排水溝を越えて転がる。


 獣人たちの矢が足元へ刺さり、退路を一方向へ絞る。


 大型は起き上がったが、もう胸に光はない。


 低い声で鳴き、七匹が消えた岩山へ走り去った。


 今度こそ歓声が上がる。


 ミィナはツナを抱きしめた。


 セナは歓声を止めず、ミィナの前へ歩いてきた。


「七匹を殺さず森の外へ出した理由は」


「魔力が戻れば、森の奥へ帰るから。ここで傷つけたら、次は人を怖がって群れで襲う」


「大型へ最初から矢を射たなかった理由は」


「管が破裂する場所を知らなかった。戦うより、先に流れを止めた」


 ミィナは短く答える。


 セナは頷かなかった。


 けれど、後ろにいた獣人たちへ聞こえる声で言った。


「今夜の指揮は、族長候補ミィナのものだ。負傷と道具の数を報告しろ」


 獣人たちがミィナを囲む。


 本人は一瞬だけ目を丸くしたあと、傷のある者から順に座らせた。


 俺へ振り返り、笑いそうになった口を引き締める。


 ここで「にゃ」と言わない程度には、まだ族長候補の顔を保っていた。


「ありがとう」


 ツナは褒められたのが嬉しいらしく、空中で胸を張る。


 その口から、小さな牙が一本落ちた。


「食べたのか?」


 ツナは目を逸らした。


 使い魔が無事なら、今は追及しないでおこう。


   ***


 夜明け前。


 負傷者は擦り傷が三人。重傷者はいなかった。


 ルナは魔力を使い切り、シープの背で眠っている。カイルとアリエスも顔色が悪い。


 五体には水と餌を与え、ナビも含めて、グレイが大型の牙による傷を確認した。


 フェンリルは肉を飲み込み、ホークは羽根を畳み、カーバンクルはエリスの膝へ丸くなる。シープの毛からルナの寝息が聞こえ、ツナはさっき拾った牙をまだ口の端へ隠していた。


 ナビが、その六つの動きを一つずつ記録する。


『帰還数、十四。重傷、〇』


「ツナの口の牙は?」


『回収物、一』


 本人の申告より正確だった。


 それだけ確認できれば、今夜は合格だ。


 セナが締めた黒い管を見る。


「流れは止まったのか」


「ここではほとんど。でも上流から来る魔力まで消えたわけじゃない」


 管の表面が、ゆっくり膨らんでいた。


 出口を閉じた分が、中へ溜まり始めている。


 朝までに逃がす場所を作らなければ、別の場所が破裂する。


「ラグナ村へ戻る」


 ミィナが言った。


「村の人にも手を借りる。森だけでは間に合わない」


 セナの尻尾が硬くなる。


「人間を森へ入れるつもりか」


「森を守るため」


 二人の視線がぶつかる。


 地面の下で、黒い管がもう一度膨らんだ。


 配管は、二人の仲直りなど待ってくれない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。