27話 二年生の制服は採寸から危険です
二年生初日の朝。
俺たち八人は、旧第三学生寮の食堂で下着姿になっていた。
入学第三百三十日。
「言い方に悪意があるわよ!」
アリエスが採寸用の布を胸元へ抱える。
「事実を説明しただけだ」
「男子と女子の間には衝立がありますから、全員で下着姿ではありません!」
向こう側からノアの訂正が飛んできた。
衝立が一枚あるだけで、同じ食堂にいる事実は変わらない。
修了式で受け取った二年生用の制服引換券には、本日中に採寸を終えることと書かれていた。
一年間で背が伸びた者もいる。戦闘で袖や裾へ補修を重ね、元の寸法がわからなくなった者も多い。
学園の仕立て係を呼ぶ予定だった。
ところが対抗戦と迷宮帰還で有名になったFクラスを測りたい生徒が集まり、寮の前に見物人の列ができた。
採寸は公開競技ではない。
ミネルヴァ先生が全員を追い払い、俺たちだけで寸法を記録することになった。
「胸囲、胴囲、腰囲、肩幅、袖丈。二人一組で測れ。男子と女子は衝立の左右へ分かれろ」
「先生は残らないんですか?」
「私は制服係へ見物人を処分しに行く」
処分という言葉が物騒だった。
先生は採寸表を置き、寮を出ていった。
男子側は俺、カイル、グレイの三人。
女子側にはアリエス、ルナ、ノア、ミィナ、エリスの五人がいる。
去年の入学時は、全員が同じ場所に立つだけで喧嘩になった。
今では衝立を立てる者、採寸表を並べる者、召喚獣を廊下へ出す者が言われなくても動く。
フェンリルは扉の前で見張り、ホークは窓辺へ止まる。カーバンクルとシープは布を押さえ、ツナは巻き尺をくわえて逃げた。
最後の一体だけ、連携を理解していなかった。
「返すにゃ!」
ミィナが食堂を一周してツナを捕まえる。
一年かけて絆は育った。落ち着きの方は、芽すら出ていない。
「二人一組なら、ミィナだけ余るよ?」
「ミィナさんは私と測りましょう」
「エリスはカイルと組まなくていいの?」
衝立の向こうが静かになった。
カイルもこちらで耳まで赤くしている。
「学校の採寸だよ。僕が測ったら問題になるだろ」
「交際初日で常識を残していて安心した」
「どういう意味かな」
俺はグレイの肩幅を測り、カイルが記録する。
次は俺の番だった。
『非効率デス。当機ノ立体測量機能ヲ使用スレバ、十四秒デ全員ノ寸法ヲ取得可能』
ナビが食卓から浮き上がる。
「そんな機能があるなら最初に言えよ」
『依頼サレテイマセン』
いつも通り融通が利かない。
女子側からアリエスの声がした。
「服を着たまま測れるの?」
『薄手ノ衣服ナラ補正可能デス』
その一言で全員が服を着た。
ナビは食堂の中央へ移動し、銀色の飛行板を左右に広げる。
『測量ヲ開始シマス』
青い光が、俺たちの頭から足元まで動いた。
***
物の大きさは、一方向から見ただけでは正確にわからない。
遠くにある大きな物と、近くにある小さな物は同じ大きさに見えることがある。
ナビは二枚の飛行板を離し、左右の違う位置から対象を見る。二本の視線が交わる角度と板の間隔がわかれば、三角形から距離を計算できる。
人間が二つの目で奥行きを感じるのも、左右の目に映る像が少しずれるからだ。
「つまり、ナビが目を二つにしたようなものか」
『概ネ正解デス』
青い光が全員の周りへ格子を作る。
俺の身長、肩幅、袖丈が空中へ表示された。
誤差は仕立て用の巻き尺と比べて二ミリ以内。
便利すぎる。
そこまでなら、何も問題はなかった。
『次。アリエス。身長、胸囲、胴囲、腰囲』
空中へ数字と立体の輪郭が現れた。
「ちょっと待って。その輪郭は必要?」
『衣服ノ厚ミヲ除外シタ推定形状デス』
「除外しなくていい!」
アリエスが火球を投げる。
ナビは避けた。空中の立体像だけが食堂の壁を通り抜け、寮の外へ飛んでいく。
窓の外から大きなどよめきが聞こえた。
「どうして外へ出した!」
『測量結果ヲ制服係ノ表示板ヘ送信シマシタ』
嫌な予感がした。
寮の玄関を開ける。
校庭にある連絡用の巨大表示板へ、アリエスの寸法と青い立体像が堂々と映っていた。
追い払われた見物人が戻っている。
全員が表示板を見上げていた。
「ナビ!」
『送信先ハ制服係共有板デス』
「それは全校共有板だ!」
新年度に機器番号が変わり、去年の制服係専用板は全校連絡用へ登録し直されていたらしい。
機械は宛先の名前ではなく番号へ送る。
番号の持ち主が変わっても、古い記録を使えば別の場所へ届く。
住所録を更新しないまま手紙を出すのと同じだ。
科学的には単純な接続間違い。
社会的には公開処刑だ。
「消しなさい!」
アリエスの炎が俺の背中をかすめた。
「送ったのはナビだ!」
「持ち主はあんたでしょ!」
俺はナビを掴み、表示停止を命じる。
『送信先カラノ操作権限ガ必要デス』
「あの板まで行かないと消せないってことか!」
校庭まで百五十メートル。
見物人は増え続けている。
次の測量対象はルナだった。
『ルナ。身長』
「続けるな!」
ルナがナビへ重力をかける。
銀色の案内板は床へ落ちたが、送信は止まらない。
『胸囲、胴囲』
空中の数字が表示板へ向かって飛ぶ。
クラウド・シープが窓を塞ぎ、数字を雲の体へ飲み込んだ。
「……見せない」
羊の白い体の中で青い数字がぼんやり光っている。
今度は別の意味で見てはいけない物に見えた。
ノアが細い光を送信線へ重ね、外へ出る方向を照らす。
「ここから表示板まで、光がつながっています!」
「ホーク、先に行くよ!」
カイルが窓を開け、ストーム・ホークと飛び出した。
アリエスとフェンリルも校庭へ走る。
ミィナはツナへ飛び乗り、二人を追い越した。
「ツナ! 表示板を食べれば消える!」
「もっと普通に消せ!」
エリスとカーバンクルは、寮の周りへ防護膜を張って次の送信を止める。
グレイは制服係の古い番号表を調べ始めた。
俺は床へ固定されたナビを抱え、ルナごと校庭へ運ぼうとした。
「……アルト。今、どこを持ってる?」
「ナビだ!」
「……私も、一緒に上がってる」
ナビへかかった重力がルナの袖を巻き込んでいる。
俺の腕の中へルナまで倒れてきた。
柔らかい感触が胸へ当たる。
「今の数字、合ってる?」
「確認を求めるな!」
俺の返事を待たず、ルナは首へ腕を回してきた。
「……秘密なら、もう一回測っていい」
「測らない!」
アリエスが戻る前に離れなければ、表示板より俺が燃える。
***
校庭の表示板へ最初に着いたのは、ミィナとツナだった。
本当に端を噛んでいる。
「食べるなと言っただろ!」
「操作盤が開かない!」
カイルが風で見物人を下がらせ、ホークが表示板の上へ布を落とす。
アリエスとフェンリルは周囲へ熱気を出し、さらに人を遠ざけた。
それでも青い輪郭は布を透かして見える。
「光の表示だから、薄い布では隠れない!」
エリスの防護膜で光を内側へ反射させる。ノアも反対方向から光を重ね、輪郭を白く塗り潰した。
ようやく何が映っているかわからなくなる。
グレイが持ってきた番号表を受信盤へ差し込み、ナビが操作権限を取り直した。
『送信ヲ停止。共有記録ヲ削除』
表示板が消える。
見物人から残念そうな声が上がった。
アリエスが振り返る。
「見た人は全員、記憶も消す?」
「新年度初日に退学処分を増やすな!」
「誰が退学させると言ったの?」
笑顔が怖い。
「そこまでにしてもらおう」
人垣の向こうから、金色の髪の女子生徒が歩いてきた。
白い制服の胸には、生徒会長の銀章がある。
後ろでは見物人が道を開けた。
「私は三年Sクラスのヴィクトリア・レイン。今期の生徒会長だ」
背筋を伸ばした立ち姿は、同じ制服を着ているとは思えないほど大人びている。
「全校表示板の私的使用、器物損壊未遂、校庭での威嚇行為。始業前から見事なものだな、一年Fクラス」
「今日から二年Fクラスです」
グレイが静かに訂正する。
「訂正に感謝する。二年Fクラス、全員生徒会室へ来い」
進級初日の呼び出し記録まで更新された。
***
生徒会室へ行く前に、ヴィクトリア会長は寮の食堂へ戻った。
採寸表と表示履歴を確認し、事故だったことを認める。
「罰は全校表示板の清掃一週間。それから、寸法の記録は制服係以外が閲覧できない保管庫へ移した」
「もう誰にも見られないんですね?」
ノアが胸元を押さえながら尋ねる。
「私が保証する。ただし立体測量には限界がある」
会長はナビの結果と巻き尺の結果を比べた。
「布の厚みは推定できても、柔らかい物の境界は見る角度で変わる。髪、毛皮、尾、呼吸でも数字は動く。仕立ての最終確認には人の手が必要だ」
ミィナの腰囲には尾の付け根が混じり、実際より大きく出ていた。
ルナは測量中にシープへ寄りかかったため、輪郭の一部が羊だった。
「つまり、あの数字は正確じゃない?」
アリエスが少し安心する。
『推定誤差、胸部ノミ最大三パーセント』
「具体的に言わなくていい!」
採寸は結局、巻き尺でやり直した。
今度は女子五人をヴィクトリア会長が測り、男子は俺たち三人で済ませる。
新しい制服の注文が終わると、会長は五体の召喚獣とナビを順番に見た。
「呼び出した理由は、こちらだ。二年生から、召喚獣の定期健康診断が義務になる」
「一年生の間は、呼び出せたかどうかばかり見ていました」
エリスがカーバンクルを抱き上げる。
「二年生からは、一緒に暮らせているかも見る。食事、睡眠、運動、歯や爪の状態。主人の魔力だけ調べても、相棒の腹痛までは分からん」
フェンリルがアリエスの足へ寄り、シープはルナの頭へ顎を載せた。
「対抗戦の時みたいに、能力が弱くなった時も?」
ノアがシープの毛へ手を置く。
「記録する。主人の疲労か、地脈か、怪我か。同じ動けないでも、休ませるだけでよい時と治療が要る時がある」
なるほど。
俺が寝坊した時も、睡眠不足と怠けでは先生の怒鳴り方が違う。
結果は同じ遅刻だが、反省文の長さが違う。
「餌を払えなくなったら?」
ミィナが真剣に聞く。
「空腹になる」
「ツナはいつも空腹だよ!」
「それ以上食べさせるな。飼い主の財布が先に病気になる」
ツナが大きく口を開ける。
卒業しても食べ、眠り、怪我をする家族が五体と、食べない代わりに壊れる案内板が一体いる。
健康診断より、家計診断も必要かもしれない。
ヴィクトリア会長は健康記録用の板を開いた。
「最初はフェンリルだ。伏せさせろ」
ヴィクトリア会長が、瞼、牙、肉球の順に調べる。
体温計を当てた途端、針が赤い目盛りまで上がった。
「高すぎない?」
アリエスが身を乗り出す。
針が、もう一目盛り上がった。
「お前が興奮するたび、この子の炎も強くなる」
「戦闘の後は、先にアリエスを座らせろ。主人が落ち着けば、この子の炎も下がる」
「私が診察されてるみたいね」
「契約とはそういうものだ」
次はホークだった。
「右を上げろ」
会長に言われ、カイルが右腕を上げた。
ホークまで、右の翼を上げる。
「お前ではない。いや、二人とも必要か」
対抗戦で傷めた場所は治っていた。
ホークの翼を曲げると、カイルの右腕まで同じように動く。
「痛くはない?」
エリスに聞かれ、カイルが勢いよく腕を回した。
「全然」
「では、長距離を飛んだ後にもう一度確認します」
「今は信じてくれないの?」
「無茶をする人の『全然』は、半分にして聞きます」
交際を始めても、治療する側の疑い深さは変わっていない。
カーバンクルは、額の宝石へ光を通した。
「亀裂はない。膜を広げすぎると、ここが濁るはずだ」
「休ませる目印ですね」
エリスは、グレイより先に健康記録へ書いた。
シープは、水を出す前と後で体重を量る。
雲の体が二割以上軽くなれば、水分不足だという。
「……水を飲ませる?」
「頭から浴槽へ入れるな。溺れる」
ルナが本気で羊を沈めようとしていた。
最後に、ツナが秤へ乗った。
針が端まで振り切れた。
「故障?」
「体重超過だ」
測定する前から、食事制限が言い渡された。
「どうして!」
「主人と一緒に間食しているからだ」
ミィナとツナが同時に腹を押さえる。そこまで似なくてよい。
召喚獣ではないと言い張るナビも、逃げられなかった。
「これは召喚獣というより古代魔道具に近い。だがアルトの魔力と感情へ反応し、契約に似た結びつきを作っている」
『当機ハ高性能案内端末デス』
「主人の下着姿を全校へ案内する機能まで高性能と呼ぶのか?」
『送信先設定ノ不備デス』
反省する機能は搭載されていなかった。
会長は、五体とナビの健康欄へ問題なしと書いた。
「次の診察も、私たちが連れてくるのね」
アリエスがフェンリルの首へ両腕を回す。
「世話を怠らず、本人たちが望むならな」
アリエスはフェンリルの顔を見た。
フェンリルは診察台から降り、アリエスの足へ体を押しつける。
答えは会長より先に出ていた。
会長は健康診断の日程表を置いた。
「使い魔も含めて、来週もう一度診る。二年生になったからといって、急に大人しくなるとは思っていない」
「人間の方も?」
カイルが俺を見る。
「どうして俺を見るんだ」
「一番診てもらった方がよさそうだから」
「頭を?」
グレイまで同意する。
採寸表は回収され、表示板から俺たちの寸法も消えた。
代わりに残ったのは、清掃当番一週間の札だ。
新しい制服を受け取る前から、俺たちの二年生用の予定表には反省文と雑巾が書き込まれている。
進級すれば少しは平穏になると思っていた。
制服の寸法より、俺の見通しの方が大きく外れていたようだ。




