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17話 鉄壁の二年生を相手に種火一発でどう戦えと?

 王立魔法学園には、年に一度、学園中が熱狂の渦に包まれる一大イベントがある。


『全学年クラス対抗魔術戦』。


 通称、学園対抗戦。


 結果は翌年のクラス分けや予算配分、就職時の評価にも響く。


 そして今日。


 その初戦のゴングが鳴らされようとしていた。


   ***


 収容人数五千人を誇る学園の大闘技場(コロシアム)


 すり鉢状になった観客席は、全校生徒と視察に訪れた貴族や魔術師たちで埋め尽くされ、地響きのような歓声が轟いていた。


「さあ、いよいよ注目の第一試合だ! カードは……まさかの下克上マッチ!」


 実況のマイクパフォーマンスが会場を煽る。


「西ゲートより入場! 万年最下位、落ちこぼれの掃き溜め! しかし最近、不気味な噂が絶えない謎の集団……1年Fクラス!!」


 ブーッ、という低いブーイングと、失笑が混ざった微妙な空気が流れる。


 俺、風早歩瑠斗は、Fクラスのメンバー7人を引き連れてフィールドに入場した。フェンリル、ストーム・ホーク、カーバンクル、クラウド・シープ、スカイ・ツナも一緒だ。ナビはいつものように俺の肩口を飛んでいる。


「……アウェーだな」


 俺は苦笑した。


 観客席からの視線は冷たい。


「怪我する前に帰れ」「スライムの餌だろ」という野次が飛んでくる。


 Sクラスの観戦席では、イグニスやランドルたちが、ポップコーンを食べながら「処刑ショーの始まりだ」と高笑いしているのが見えた。


「東ゲートより入場! 対するは優勝候補の一角! その防御は山をも弾くと言われる、2年Bクラス『重装魔法師団』!!」


 ワァァァァァァッ!!


 割れんばかりの大歓声が巻き起こる。


 地響きと共に現れたのは、全身を鈍色のフルプレートメイルで固めた、二年Bクラス代表の十人だった。


 全員が身長2メートル近い。そして、その手には自身の背丈ほどもある巨大な大盾(タワーシールド)が握られている。


 リーダーの男、ガリックが兜のバイザーを上げ、俺たちを見下ろした。


「……フン。初戦の相手が1年のゴミ拾い共とはな。準備運動にもならん」


 ガリックが鼻を鳴らす。


 Bクラス。


 Aクラスに次ぐエリート集団であり、特にこのガリック率いるチームは「土属性」のエキスパートだ。


 彼らの戦術は徹底した防御カウンター。


 多重展開した魔法障壁と、物理的にも強固な盾で相手の攻撃を受け切り、魔力切れを起こしたところを圧殺する。過去の大会でもベスト4に入った実力者たちだ。


「いいか1年。怪我をしたくなければ、試合開始と同時に降参しろ。我々の盾は、貴様らの貧弱な魔法では傷一つつかんぞ?」


 ガリックが盾を地面に叩きつける。


 ズンッ、と重い音が響いた。


 威圧感は十分だ。


 だが。


 俺の後ろに控えるアリエスたちは、誰一人として怯えていなかった。


 むしろ、獲物を前にした肉食獣のように、瞳をギラつかせていた。


「……アルト。あいつ、燃やしていい?」


「……潰す。ペラペラにする」


 アリエスとルナが物騒なことを呟く。


 俺は二人を制し、ガリックに向かって一歩踏み出した。


「忠告どうも。……でも、そっくりそのまま返すよ、先輩」


「あ?」


「あんたらの自慢の盾、俺たちが粉々に砕いてやるから。……スペアの用意はしておいた方がいいですよ」


 俺の言葉に、会場が一瞬静まり返る。


 次の瞬間、爆笑が巻き起こった。


 負け犬の遠吠え。


 身の程知らずの妄言。


 ガリックも腹を抱えて笑っている。


「ハハハッ! 面白い! 言うようになったな雑魚が! いいだろう、その減らず口、俺たちの『絶対防御』で塞いでやる!」


   ***


 時間を少し巻き戻そう。


 昨夜の地下書庫。


 俺たちは、対Bクラス用の作戦会議を開いていた。


「2年Bクラス。通称『鉄壁』。……厄介な相手ね」


 アリエスが腕を組み、テーブルに広げられた資料を睨む。


 グレイが集めてきたデータによれば、彼らの盾はミスリル合金と岩石素材の複合材。表面には、硬質な『対魔法コーティング』が施されている。


「真正面からぶつかれば、まず勝ち目はないね。アリエスの火力でも、彼らの『多重土魔法障壁』を貫くには時間がかかりすぎる。その間に囲まれて終わりだ」


 グレイが眼鏡を光らせて解説する。


 攻撃を受け切られたら、こちらが先に魔力切れになる。


「むかつくわね。燃やし尽くせないものなんてないわよ!」


「でも、魔力切れまで耐えられたら負けだよ〜」


 ミィナがマグロの刺身を齧りながら茶々を入れる。


 カイルも渋い顔だ。


「僕の狙撃も、あの分厚い盾相手じゃ効果が薄いかな……。隙間を狙うにしても、彼らは『亀甲陣(ファランクス)』という密集陣形を組むから、死角がないんだ」


 誰もが口を閉ざす。


 物理も魔法も弾く、動く要塞。


 どう攻略すればいいのか。


「……みんな、難しく考えすぎだ」


 俺は立ち上がり、黒板の前に立った。


 チョークを手に取り、大きな岩の絵を描く。


「岩や金属というのは、確かに硬い。魔法耐性も高いだろう。だが、物質である以上、物理法則からは逃れられない」


「物理法則?」


「ああ。どんなに硬い物質でも、絶対に防げない『破壊のメカニズム』があるんだ」


 俺は岩の絵に、二つの矢印を書き込んだ。


 一つは『急激な加熱』。もう一つは『急激な冷却』。


「『熱衝撃(サーマルショック)』という現象を知っているか?」


 全員が首を傾げる。


 この世界では、コップへ熱湯を注いで割れても、運か魔力のせいで片付けられる。


「物質は、熱せられれば膨張し、冷やされれば収縮する。これはわかるな?」


「鍛冶場でも、熱した金具は少し伸びるね」


 グレイが先に答えた。


「その通りだ。では、盾の表面にある硬くて脆い被膜を熱した直後、一気に冷やしたらどうなると思う?」


 俺の問いかけに、グレイがハッとして顔を上げた。


「……! 表面と内部の収縮率に差が生まれ、強烈な引張応力が発生して……自己崩壊する!」


「正解だ」


 俺は指を鳴らした。


 これが、俺の考えたBクラス攻略法。


 名付けて『オペレーション・温度差』だ。


「どんなに魔法防御が高かろうが、盾そのものの『素材』が自壊してしまえば、防御は崩れる」


「なるほどね……! 性格悪いわぁ、アルト」


 アリエスがニヤリと笑う。


「アリエス。お前の役割は『加熱』だ。狙うのは人じゃない。盾の表面だけを炙り続けろ」


「任せて! こんがり焼いてやるわ!」


「そして、冷やすのは……グレイ、お前の出番だ」


「僕かい?」


「ああ。お前が実験で作っていた『冷却ポーション』。あれを大量生産してくれ。盾に張りつき、一気に熱を奪うやつをな」


「うひひ……面白そうだね。僕の化学知識が火を噴くよ。冷やすけどね」


「それをカイルとミィナで敵陣のど真ん中に打ち込む。……そうすれば、勝てる」


 そして俺は、隅で眠そうにしているルナを見た。


「ルナ。お前は最後のお楽しみだ。……盾が砕けた瞬間、お前の『重力』で引導を渡してやれ」


「……ん。わかった。潰す」


 作戦は決まった。


 魔法合戦の会場で、理科の実験をやるのだ。


   ***


 そして現在。闘技場。


「試合開始!!」


 審判の合図と共に、Bクラスの十人が動いた。


 ザッ! と統率の取れた動きで密集し、盾を隙間なく並べる。


 さらに、詠唱と共に土色の半透明なドーム状結界が展開される。


「アース・シェルター! フォートレス・ガード! アイアン・スキン!」


 何重もの防御魔法が重ね掛けされ、彼らの周囲に要塞のような防御陣地が完成した。


 これがBクラス必勝の『亀甲陣』だ。


「さあ来いFクラス! お前らの貧弱な魔法など、蚊ほども効かんわ!」


 ガリックが盾の隙間から挑発する。


 観客席からも「ああなったらもう崩せねえよ」「詰んだな」という声が漏れる。


「……へえ。随分と立派な棺桶ね」


 アリエスが一歩前に出た。


 彼女は不敵に笑い、杖を構えた。


 その背後には、召喚された炎の狼『フレイム・フェンリル』が並び立つ。


「アリエス、作戦通りだ。全力でいけ」


 俺の合図に、彼女は頷いた。


 足元に魔法陣が展開される。


 それは、ただの火球を放つものではない。


「見せてあげるわ、Fクラスの『キャンプファイヤー』を! ヘル・ブレイズ・インフェルノ!!」


 ゴォォォォォォォッ!!


 アリエスの杖とフェンリルの口から、紅蓮の炎流が同時に放たれた。


 爆発ではなく、巨大なバーナーのような炎がBクラスの陣地を包み込む。


 視界が揺らぐほどの熱気。


 フィールドの砂が一瞬で赤熱し、ガラス化していく。


 エリスとカーバンクルが防護膜を張り、俺たちまで焼けるのを防ぐ。カイルの頭上ではストーム・ホークが射線を探り、クラウド・シープはルナを乗せたまま次の指示を待っていた。


「ぬるいぬるい! そんな炎じゃ、俺たちの『対熱防御』は抜けんぞ!」


 炎の中で、ガリックの嘲笑が聞こえる。


 彼らの盾は炎に強い。


 だから俺たちは、溶かそうとはしていない。


「もっとだアリエス! 外側だけを狙え! 内側まで熱を通すな!」


「言われなくても! ……はあぁぁぁぁっ!」


 アリエスがさらに魔力を注ぎ込む。


 彼女の特訓の成果。瞬間的な爆発力ではなく、持続的な高火力。


 炎の色が赤からオレンジへと変わっていく。


 盾の表面温度だけが、ぐんぐん上がっていく。


「ぐっ……な、なんだこの熱量は……!?」


 余裕だったガリックの声に、焦りが混じり始めた。


 魔法で炎の直撃は防げても、盾に伝わる熱までは消せない。


 もっとも、競技用結界が選手へ届く熱を逃がしている。そうでなければ作戦より先に救護班が飛んでくる。


「くそっ、盾が熱い!」


「水だ! 水魔法で冷やせ!」


「馬鹿野郎! 今結界を解いたら丸焼きだぞ! 耐えろ!」


 Bクラスの隊列が乱れそうになる。


 彼らは動けない。動けばアリエスの炎に直接焼かれるからだ。


 自ら作った鉄壁が、今や盾を冷ます邪魔をしていた。


『ターゲット表面温度、四百八十度。硬質被膜ニ膨張差ヲ確認』


 ナビがARウィンドウに数値を表示する。


 盾を覆う岩石質の被膜に、目では見えない歪みが溜まっている。


 中の金属と外の被膜では、熱による伸び方が違う。その差が、表面を左右から引っ張っているのだ。


「……よし。焼き加減は最高だ」


 俺は右手を挙げた。


「フェーズ2へ移行! アリエス、停止! カイル、ミィナ! いけ!」


「「「了解!」」」


 アリエスが炎の放射を止めた。


 一瞬の静寂。


 熱波が引いていく。


 Bクラスの連中は、「た、助かった……」「魔力切れか?」と安堵の息を漏らしただろう。


 だが、それは地獄への入り口だった。


「お魚配達、いっくよー!」


 ミィナが叫び、巨大なマグロ『スカイ・ツナ』を敵陣の上空へ投げ上げた。


 マグロが空中で口を大きく開ける。


 そこには、グレイが調合した青い液体の樽が詰め込まれていた。


 ノアの細い光が樽へ照準を引き、ストーム・ホークが風でツナの姿勢を支える。


「カイル、起爆!」


「任せて! 真空(バキューム)狙撃(スナイプ)!」


 カイルの放った不可視の風の弾丸が、空中の樽を正確に撃ち抜いた。


 パァンッ!


 樽が砕け、中身がシャワーのように降り注ぐ。


 それは水ではない。


 グレイ特製の超冷却濃縮ポーションだ。


 空気に触れた端から白い霧を上げる。しかも粘りがあり、盾の表面へ張りついて熱を奪う。


 ジュッ!!!!!!!!


 耳をつんざくような、凄まじい音が響き渡った。


 熱せられた盾の表面に、超低温の液体が直撃する。


 コップへ熱湯を注いだ時、厚いガラスほど割れることがある。内と外が同じ速さで伸び縮みできないからだ。


 今、盾の硬質被膜でも同じことが起きている。


 ピキッ。


 パキパキパキパキッ!


 不吉な亀裂音が連鎖する。


「な、なんだ!? 盾が……ひび割れて……!?」


 ガリックが目を見開く。


 彼の自慢のタワーシールドに、蜘蛛の巣のような亀裂が走り、それが瞬く間に全体へと広がっていく。


 膨張していた表面だけが急激に収縮し、内部との間に強い力が生まれた。小さな傷を起点に、亀裂が一気に走ったのだ。


「馬鹿な! 魔法防御は完璧なはず……! 貴様ら、何をしたぁぁぁ!?」


「魔法じゃないさ。これは『物理』だ」


 俺は冷徹に告げた。


 そして、最後の一撃を命じる。


「ルナ! ノア! 仕上げだ! あの脆くなった被膜を掃除してやれ!」


「はいっ! ……光よ、貫いて!」


「……月よ、堕ちて」


 ノアの指先から白い収束光が走り、クラウド・シープの背で身を起こしたルナが盾へ下向きの重力をかける。


 普段なら、Bクラスの盾に弾かれていたかもしれない攻撃だ。


 だが、今の彼らの盾は、ひび割れたガラス細工も同然。


 ガシャァァァァァァン!!!!!


 盛大な破砕音と共に、Bクラスの「鉄壁」が粉々に砕け散った。


 砕けたのは盾の被膜と土魔法の障壁だけだ。競技用結界が破片を止める中、屈強な男たちが重力に引かれて膝をつく。


「うわぁぁぁぁっ!?」


「俺たちの最強の盾がぁぁぁ!!」


 Bクラスの生徒たちは、何が起きたのか理解できないまま地面へ伏せ、そのまま降参を告げた。


 フィールドに残っているのは、ダイヤモンドダストのようにキラキラと輝く盾の破片と、無傷で立っているFクラスのメンバーだけ。


 数千人の観客が、言葉を失っていた。


 Aクラスすら苦戦した絶対防御が、理科の実験のような方法で砕かれたのだ。


「……勝者、Fクラス!!」


 審判の声が響いた瞬間、遅れて爆発的な歓声が沸き起こった。


 ただし、それは称賛というよりは、未知の恐怖への悲鳴に近かった。


「な、なんだあれ……! 盾が勝手に砕けたぞ!?」


「あいつら、何をしたんだ!?」


「Fクラス……化け物かよ……!」


 Sクラスの観客席では、イグニスが持っていたポップコーンを床に落とし、口をポカンと開けていた。


 ざまぁみろ。


「ふふん、見た? 私の火力のおかげね!」


 アリエスが得意げに胸を張る。


「僕のポーションの効果も忘れないでくれよ。……あの配合比率は芸術的だったね」


 グレイも眼鏡の位置を直しながら満足そうだ。


 俺はARウィンドウで、次の対戦相手を確認しながらニヤリと笑った。


「さあ、次はどこのクラスだ? ……今の俺たちなら、誰が相手でも『料理』できるぞ」


 俺は砕けた被膜の欠片を一つ拾い、グレイへ渡した。


「分析、頼めるか?」


「もちろん。次はもっと少ない薬で割れるよ」


 節約の話をしているだけなのに、近くの二年生が一斉に後ずさった。


 どうやら今日から、理科の実験は恐怖の対象になったらしい。

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