表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/23

18話 大空を制する三年生と届かない一発

 鉄壁と呼ばれた2年Bクラスを、熱衝撃で破った俺たちFクラス。


 一夜明けて、学園の空気は一変していた。


 廊下を歩けば、遠巻きに指を差され、ヒソヒソと噂される。


 だが、以前のような嘲笑ではない。


「あいつら、何をしたんだ?」「魔法を使わずに勝ったらしいぞ」「地下で禁術の研究をしているに違いない」といった、得体の知れない者を見るような畏怖の視線だ。


「……ん。見られてる。有名人」


 ルナが俺の袖を掴みながら、眠そうに呟く。


 俺たちは闘技場の控え室に向かっていた。今日は大会二日目。準々決勝と、準決勝が行われる。


 六体も全員いる。フェンリルとストーム・ホークは早くも戦闘態勢で、カーバンクルはエリスの腕の中。クラウド・シープはルナを運び、スカイ・ツナはミィナの周囲を泳いでいる。ナビだけは俺の寝不足を数値で告発していた。


「有名になるのはいいけど、警戒されまくってるわよ。次の相手、私たちの対策を練ってきてるはずだわ」


 アリエスが不満げに言う。


 当然だ。手の内を見せてしまった以上、次の相手は同じ手には乗ってこないだろう。


「構わないさ。俺たちの引き出しは、まだ一つ開けただけだからな」


 俺はニヤリと笑った。


 科学の教科書は分厚い。ネタはまだまだある。


   ***


 午前の準々決勝。


 相手は2年Dクラス『幻影の魔術師団』。フィールドは『霧の湿地帯』だ。


 試合開始のブザーと共に、フィールド全体が濃霧に包まれた。


 視界はゼロ。自分の足元すら見えない白の世界だ。


「へへへ、Fクラスの諸君。我々の『霧幻結界』の中へようこそ」


 霧の奥から、不気味な声が反響する。


 Dクラスの得意戦術は、霧に幻影を投影し、相手を惑わせて同士討ちをさせることだ。


 実際、右からも左からも、敵の影が見え隠れする。


「そこね! ファイア・ボール!」


 アリエスとフェンリルが影に向かって火球を放つ。


 だが、炎は虚しく空を切り、湿地の泥に着弾するだけだ。


「無駄だよ。君たちに見えているのは全て幻だ。……さあ、恐怖に怯えて踊りたまえ!」


 敵の姿が見えない。


 魔法探知も、この特殊な霧によって乱されている。


 普通ならパニックになるところだ。


「……アルトくん。どうする? 僕の風で霧を晴らす?」


 ストーム・ホークと風の流れを探りながら、カイルが尋ねる。


 だが、この広大なフィールドの霧を全て吹き飛ばすには、カイルの魔力が持たないだろう。


「いや、必要ない。……目に見えるものが嘘なら、見えないものを見ればいい」


 俺はポケットから、小さなクリスタルを取り出した。


 そして、隣にいるノアに指示を出す。


「ノア。お前の光を、このクリスタルに通してくれ。……『パルス発光』モードだ」


「は、はいっ! えっと、点滅させればいいんですね?」


 ノアが指先をクリスタルに当てる。


 ピカッ、ピカッ、と高速で断続的な光が放たれる。


「みんな、目を閉じろ! ナビ、受信モード起動!」


『了解。光波測距スキャン、開始シマス』


 俺たちが目を閉じた瞬間、ノアの光が霧の中に拡散した。


 その間はエリスとカーバンクルの防護膜が全員を包み、ルナとクラウド・シープは仲良く膜の内側で寝ている。


 霧の粒からも光は返る。普通に照らせば、手前が真っ白になるだけだ。


 そこで短い光を何度も放ち、返ってくる時間と強さを比べる。


 光が物体に当たり、跳ね返ってくるまでの時間差から、周囲の立体地図を描き出す技術だ。霧からの弱い反射は場所が揺れるが、岩や人からの強い反射は同じ場所に残る。


 前世で言えば、光を使った測距装置だ。


 電波を使うレーダーとは違うが、姿ではなく距離を測る点は似ている。


 幻影は光を通すが、実体は光を反射する。


『解析完了。……3時ノ方向、距離40メートル。岩陰ニ3名。9時ノ方向、草むらニ2名。……実体反応アリ』


 ナビがARウィンドウに、敵の正確な位置を赤点で表示する。


 霧の中に隠れているつもりだろうが、俺たちの目には丸裸だ。


「カイル、3時の方向! アリエス、9時の方向! そこが『本体』だ!」


「了解! 見えないけど撃つわよ! フレイム・ランス!」


「エア・スナイプ!」


 俺の指示に従い、二人が霧の中へ魔法を放つ。


「うわぁぁぁっ!? な、なぜバレた!?」


「ぎゃぁぁぁっ!」


 悲鳴が上がり、ドサドサと人が倒れる音がする。


「な、馬鹿な……! 視界はゼロのはずだぞ!?」


 Dクラスのリーダーが狼狽する声が聞こえる。


 俺はニヤリと笑い、最後の仕上げを命じた。


「ミィナ、正面50メートル! お前の鼻ならわかるだろ?」


「くんくん……わかる! あいつ、汗くさい!」


 ミィナがスカイ・ツナと一緒に霧の中を猛ダッシュする。


 野生児の嗅覚は、どんなハイテク機器よりも鋭い。


「にゃあぁぁぁ! 捕まえたー!」


 ドゴォォォォン!!


 霧の奥で、誰かがマグロで殴打される鈍い音が響いた。


 試合終了。


 Dクラスは、自分たちの姿が完全に見えているかのようなFクラスの精密射撃に手も足も出ず、5分で全滅した。


   ***


 午後、いよいよ準決勝が始まる。


 勝ち残ったのは4チーム。


 俺たちFクラス。


 イグニス率いる優勝候補筆頭のSクラス。


 前年度優勝チームの3年Aクラス。


 そして謎のダークホース、2年Cクラス。


 俺たちの相手は、前年度の優勝組だった。


「準決勝第一試合! 1年Fクラス 対 3年Aクラス『蒼穹の騎士団』!!」


 会場が揺れるほどの大歓声。


 対戦相手が入場してくる。


 彼らは全員、背中に風魔法で具現化した「翼」を生やし、地面から数メートル浮遊していた。


 3年Aクラス。


 昨年のトーナメントを制した、現役最強と言われるエリート集団だ。


「……やれやれ。今年は楽しようと思ったのに、まさか1年生が出てくるとはね」


 リーダーの男、空戦魔導師のクロウドが、遥か上空から俺たちを見下ろした。


 彼は優雅に空中にあぐらをかき、余裕の笑みを浮かべている。


「君たちの戦い方は見たよ。熱衝撃に、光波探知……なかなか面白い『奇術』を使うね」


 分析されている。


 クロウドは眼鏡を押し上げた。


「だが、君たちの弱点もわかっている。……君たちは『地面』に縛られているということだ」


 その言葉通りだった。


 試合開始のブザーと共に、3年Aクラスの十人は一斉に上昇した。


 高度50メートル。


 闘技場の上空、遥か高みへと退避したのだ。


「届くものなら、届かせてごらん?」


 クロウドが杖を振る。


 上空から、無数の風の刃(ウィンド・カッター)が雨のように降り注ぐ。


「くっ、卑怯よ! 降りてきなさい!」


 アリエスが火球を打ち上げるが、距離がありすぎて届かない。


 途中で失速し、空中で消えてしまう。


 ルナの重力魔法も、射程距離はせいぜい20メートル。遥か上空の敵には届かない。


「一方的だね。これが『制空権』というものさ」


 敵は安全圏から、高威力の爆撃魔法を撃ち下ろしてくる。


 俺たちは地面を逃げ惑うしかない。


 カイルが数発、狙撃魔法を放つが、上空の強風に煽られて軌道が逸れてしまう。


「ダメだ……! 風が強すぎて当たらない!」


「ふふふ。上空の風は僕たちの味方さ。君たちの攻撃は届かず、僕たちの攻撃だけが当たる。……これが格の違いだよ」


 クロウドの高笑いが響く。


 観客席からは「さすが3年生」「Fクラスもここまでか」という声が聞こえる。


 確かに、絶望的な状況だ。


 現代戦においても、制空権を取られた軍隊は敗北する。それが常識だ。


 俺たちは防戦一方となり、じわじわと体力を削られていく。


 アリエスの障壁が割れ、エリスが必死に回復を回すが、ジリ貧だ。


「アルト! どうするの!? このままじゃ全滅よ!」


 アリエスが叫ぶ。


 俺は上空を見上げた。


 豆粒のように小さく見える敵。


 彼らは「風」を操り、気流に乗って浮遊している。


「……風が味方、か」


 俺はニヤリと笑った。


 風は気まぐれだ。


 特に、温度差が生じた時の大気というのは、制御不能な暴れ馬になる。


「カイル、グレイ! 作戦変更だ! 敵を撃ち落とす必要はない!」


「えっ? じゃあどうするんだよ!」


「空を……『落とす』ぞ!」


 俺は叫んだ。


 狙うのは敵じゃない。敵が飛んでいる「空気そのもの」だ。


「グレイ! 昨日使わなかった着火剤と、冷却ポーションはあるか!?」


「ミィナのマグロの中に、どちらも半樽ずつあるけど……」


「十分だ! 着火剤だけをフィールドの中央に集めろ! 冷却剤は残しておけ!」


 俺たちはエリスとカーバンクルの防護膜で弾幕を凌ぎながら、フィールドの真ん中に樽を積み上げた。


 敵は上空から不思議そうに見ている。


「なんだ? 降参の準備か?」


「いや、花火の準備だよ先輩! アリエス、着火剤を燃やせ!」


「爆発させるの?」


「違う! 長く燃やして、強い上昇気流を作るんだ!」


 俺の意図を察したアリエスが杖を振り、フェンリルも並んで口を開く。


「イグニッション・フレア!」


 積み上げられた着火剤に、猛烈な炎が襲いかかる。


 ボォォォォォォォッ!!


 闘技場の中央に、巨大な火柱が上がった。


 凄まじい熱量。


 空気が急激に熱せられ、軽くなって上空へと駆け上がる。


 猛烈な上昇気流の発生だ。


「うおっ!? なんだこの熱風は!」


 上空のクロウドたちがバランスを崩す。


 下からの突き上げによって、彼らの翼が煽られたのだ。


「だが、これで終わりじゃないぞ! グレイ、冷却剤を上へ! カイル、今だ!」


 ノアが細い光で敵の高度を示す。その光を目印に、ストーム・ホークが残しておいた冷却ポーションを運び、敵より高い場所で散布する。


 俺はカイルへ合図を送った。


 上昇気流の周囲には、それを補う空気が流れ込んでくる。


 だが、熱しただけで都合よく下降気流まで生まれるほど、天気は親切ではない。


 そこで冷却ポーションで冷やした空気を、カイルが強引に押し下げる。


 狙うのは『ダウンバースト』に似た下降流だ。


 本物は積乱雲から冷たい空気が吹き下ろす現象だが、今回は魔法で流れだけを真似する。


「カイル、上空の空気を『叩き落とせ』!」


「わかった! エア・ハンマー……全開!!」


 カイルがエリスの身体強化を受け、ストーム・ホークと共に渾身の風魔法を放つ。


 彼が狙ったのは、敵のさらに上空。


 そこで冷やされた空気の塊を、強制的に下へ向かって押し込んだ。


 上昇する熱風と、カイルによって叩き落とされた冷風。


 二つの巨大な気流が、クロウドたちのいる高度50メートル付近で衝突した。


 ゴゴゴゴゴゴゴ……!!


 大気が悲鳴を上げる。


 制御不能な乱気流が発生した。


「な、なんだ!? 翼が……制御できない!?」


「気流が滅茶苦茶だ! 落ちる、落ちるぅぅ!」


 3年生たちの悲鳴が響く。


 彼らの「飛行魔法」は、安定した気流に乗るためのものだ。


 洗濯機の中のような嵐の中では、紙飛行機のように揉みくちゃにされるしかない。


 キリモミ状態で回転し、制御を失った彼らが、高度を下げてくる。


 50メートル、40メートル、30メートル……。


 俺たちの射程圏内だ。


「今だ! ルナ!」


 俺は切り札の名前を呼んだ。


 ずっと俺の後ろでクラウド・シープを枕に待機していた、重力の女王。


 彼女が、パチリと目を開く。


 その瞳には、昼間だというのに、幻の満月が映っているように見えた。


「……空飛ぶの、禁止」


 ルナが空に向かって手をかざす。


 乱気流に翻弄される3年生たちを、見えない手が鷲掴みにする。


「グラビティ・ダウン」


 ズドォォォォォォォン!!


 空間が軋む音と共に、クロウドたちの体が鉛のように重くなった。


 乱気流による失速に加え、ルナの重力による強制落下。


 もはや、飛ぶことなど不可能。


「うわぁぁぁぁぁっ!!」


 10人のエリート魔導師たちが、地面へ向かって引き落とされた。


 砂煙が舞い上がる。


 衝突寸前、闘技場の安全結界が全員を受け止める。それでも翼は消え、起き上がれる者はいない。


 シーン……。


 またしても、会場が静まり返った。


 空の王者と呼ばれた3年Aクラスが、地面に這いつくばっている。


 制空権を奪われ、文字通り「地に落とされた」のだ。


「……勝者、Fクラス!!」


 審判の震える声。


 その瞬間、会場が爆発した。


 今度は悲鳴ではない。歓声だ。


 下克上。ジャイアントキリング。


 最も弱いと思われていたクラスが、最強の3年生を倒して決勝に進出したのだ。


「やった……やったわよぉぉぉ!」


「勝った……! 本当に勝っちゃったよ!」


 アリエスとカイルが抱き合って喜ぶ。


 ミィナは「お魚焼けたかな?」とまだ火柱の方を気にしている。


 だが、俺は歓喜に浸る余裕はなかった。


 ふらつき、膝をつく。


「……アルト!」


 ルナが支えてくれる。


 俺だけじゃない。アリエスも、カイルも、みんな肩で息をしている。


 今の乱気流作戦は、魔力を使いすぎた。


 アリエスは魔力枯渇で顔が青いし、カイルも腕が震えている。ルナも、もう立っているのがやっとの状態だ。


 満身創痍。


 これが格上との戦いの代償だ。


 そんな俺たちの前に、一人の男が歩み寄ってきた。


 Sクラスの制服を着た、赤い髪の男。イグニスだ。


 彼は倒れているクロウドを一瞥し、鼻で笑った。


「くだらん。雑魚同士の泥仕合だな」


 そして、俺を見下ろした。


「おいFクラス。運が良かったな。だが、その運もここまでだ」


 イグニスの背後から、圧倒的な魔力のオーラが立ち上る。


 熱い。


 近づくだけで肌が焼けるような、暴力的な炎の気配。


 こいつは、別格だ。今までの相手とは次元が違う。


「決勝戦は明日だ。……精々、遺書でも書いておくんだな。俺は手加減なんて言葉は知らんからな」


 イグニスは捨て台詞を残して去っていった。


 俺たちは、その背中を睨みつけることしかできなかった。


 決勝へ進めたのは嬉しい。だが、今の俺たちには、もう「隠し玉」が残っていない。


 熱衝撃も、光波探知も、乱気流も、全て見せてしまった。


 そして相手は、学園最強の天才、イグニス率いるSクラス。


「……どうする、アルト」


 グレイが絶望的な顔で聞いてくる。


 俺は、震える足に力を込めて立ち上がった。


「……やるしかないだろ。ここまで来て、尻尾巻いて逃げられるかよ」


 俺は拳を握りしめた。


 科学の力は、まだ底を見せていないはずだ。


 俺たちの「卒業証書」への道は、あの赤い怪物を倒した先にある。


 明日は決勝戦。留年回避をかけて、あの赤い怪物と戦う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ