18話 大空を制する三年生と届かない一発
鉄壁と呼ばれた2年Bクラスを、熱衝撃で破った俺たちFクラス。
一夜明けて、学園の空気は一変していた。
廊下を歩けば、遠巻きに指を差され、ヒソヒソと噂される。
だが、以前のような嘲笑ではない。
「あいつら、何をしたんだ?」「魔法を使わずに勝ったらしいぞ」「地下で禁術の研究をしているに違いない」といった、得体の知れない者を見るような畏怖の視線だ。
「……ん。見られてる。有名人」
ルナが俺の袖を掴みながら、眠そうに呟く。
俺たちは闘技場の控え室に向かっていた。今日は大会二日目。準々決勝と、準決勝が行われる。
六体も全員いる。フェンリルとストーム・ホークは早くも戦闘態勢で、カーバンクルはエリスの腕の中。クラウド・シープはルナを運び、スカイ・ツナはミィナの周囲を泳いでいる。ナビだけは俺の寝不足を数値で告発していた。
「有名になるのはいいけど、警戒されまくってるわよ。次の相手、私たちの対策を練ってきてるはずだわ」
アリエスが不満げに言う。
当然だ。手の内を見せてしまった以上、次の相手は同じ手には乗ってこないだろう。
「構わないさ。俺たちの引き出しは、まだ一つ開けただけだからな」
俺はニヤリと笑った。
科学の教科書は分厚い。ネタはまだまだある。
***
午前の準々決勝。
相手は2年Dクラス『幻影の魔術師団』。フィールドは『霧の湿地帯』だ。
試合開始のブザーと共に、フィールド全体が濃霧に包まれた。
視界はゼロ。自分の足元すら見えない白の世界だ。
「へへへ、Fクラスの諸君。我々の『霧幻結界』の中へようこそ」
霧の奥から、不気味な声が反響する。
Dクラスの得意戦術は、霧に幻影を投影し、相手を惑わせて同士討ちをさせることだ。
実際、右からも左からも、敵の影が見え隠れする。
「そこね! ファイア・ボール!」
アリエスとフェンリルが影に向かって火球を放つ。
だが、炎は虚しく空を切り、湿地の泥に着弾するだけだ。
「無駄だよ。君たちに見えているのは全て幻だ。……さあ、恐怖に怯えて踊りたまえ!」
敵の姿が見えない。
魔法探知も、この特殊な霧によって乱されている。
普通ならパニックになるところだ。
「……アルトくん。どうする? 僕の風で霧を晴らす?」
ストーム・ホークと風の流れを探りながら、カイルが尋ねる。
だが、この広大なフィールドの霧を全て吹き飛ばすには、カイルの魔力が持たないだろう。
「いや、必要ない。……目に見えるものが嘘なら、見えないものを見ればいい」
俺はポケットから、小さなクリスタルを取り出した。
そして、隣にいるノアに指示を出す。
「ノア。お前の光を、このクリスタルに通してくれ。……『パルス発光』モードだ」
「は、はいっ! えっと、点滅させればいいんですね?」
ノアが指先をクリスタルに当てる。
ピカッ、ピカッ、と高速で断続的な光が放たれる。
「みんな、目を閉じろ! ナビ、受信モード起動!」
『了解。光波測距スキャン、開始シマス』
俺たちが目を閉じた瞬間、ノアの光が霧の中に拡散した。
その間はエリスとカーバンクルの防護膜が全員を包み、ルナとクラウド・シープは仲良く膜の内側で寝ている。
霧の粒からも光は返る。普通に照らせば、手前が真っ白になるだけだ。
そこで短い光を何度も放ち、返ってくる時間と強さを比べる。
光が物体に当たり、跳ね返ってくるまでの時間差から、周囲の立体地図を描き出す技術だ。霧からの弱い反射は場所が揺れるが、岩や人からの強い反射は同じ場所に残る。
前世で言えば、光を使った測距装置だ。
電波を使うレーダーとは違うが、姿ではなく距離を測る点は似ている。
幻影は光を通すが、実体は光を反射する。
『解析完了。……3時ノ方向、距離40メートル。岩陰ニ3名。9時ノ方向、草むらニ2名。……実体反応アリ』
ナビがARウィンドウに、敵の正確な位置を赤点で表示する。
霧の中に隠れているつもりだろうが、俺たちの目には丸裸だ。
「カイル、3時の方向! アリエス、9時の方向! そこが『本体』だ!」
「了解! 見えないけど撃つわよ! フレイム・ランス!」
「エア・スナイプ!」
俺の指示に従い、二人が霧の中へ魔法を放つ。
「うわぁぁぁっ!? な、なぜバレた!?」
「ぎゃぁぁぁっ!」
悲鳴が上がり、ドサドサと人が倒れる音がする。
「な、馬鹿な……! 視界はゼロのはずだぞ!?」
Dクラスのリーダーが狼狽する声が聞こえる。
俺はニヤリと笑い、最後の仕上げを命じた。
「ミィナ、正面50メートル! お前の鼻ならわかるだろ?」
「くんくん……わかる! あいつ、汗くさい!」
ミィナがスカイ・ツナと一緒に霧の中を猛ダッシュする。
野生児の嗅覚は、どんなハイテク機器よりも鋭い。
「にゃあぁぁぁ! 捕まえたー!」
ドゴォォォォン!!
霧の奥で、誰かがマグロで殴打される鈍い音が響いた。
試合終了。
Dクラスは、自分たちの姿が完全に見えているかのようなFクラスの精密射撃に手も足も出ず、5分で全滅した。
***
午後、いよいよ準決勝が始まる。
勝ち残ったのは4チーム。
俺たちFクラス。
イグニス率いる優勝候補筆頭のSクラス。
前年度優勝チームの3年Aクラス。
そして謎のダークホース、2年Cクラス。
俺たちの相手は、前年度の優勝組だった。
「準決勝第一試合! 1年Fクラス 対 3年Aクラス『蒼穹の騎士団』!!」
会場が揺れるほどの大歓声。
対戦相手が入場してくる。
彼らは全員、背中に風魔法で具現化した「翼」を生やし、地面から数メートル浮遊していた。
3年Aクラス。
昨年のトーナメントを制した、現役最強と言われるエリート集団だ。
「……やれやれ。今年は楽しようと思ったのに、まさか1年生が出てくるとはね」
リーダーの男、空戦魔導師のクロウドが、遥か上空から俺たちを見下ろした。
彼は優雅に空中にあぐらをかき、余裕の笑みを浮かべている。
「君たちの戦い方は見たよ。熱衝撃に、光波探知……なかなか面白い『奇術』を使うね」
分析されている。
クロウドは眼鏡を押し上げた。
「だが、君たちの弱点もわかっている。……君たちは『地面』に縛られているということだ」
その言葉通りだった。
試合開始のブザーと共に、3年Aクラスの十人は一斉に上昇した。
高度50メートル。
闘技場の上空、遥か高みへと退避したのだ。
「届くものなら、届かせてごらん?」
クロウドが杖を振る。
上空から、無数の風の刃が雨のように降り注ぐ。
「くっ、卑怯よ! 降りてきなさい!」
アリエスが火球を打ち上げるが、距離がありすぎて届かない。
途中で失速し、空中で消えてしまう。
ルナの重力魔法も、射程距離はせいぜい20メートル。遥か上空の敵には届かない。
「一方的だね。これが『制空権』というものさ」
敵は安全圏から、高威力の爆撃魔法を撃ち下ろしてくる。
俺たちは地面を逃げ惑うしかない。
カイルが数発、狙撃魔法を放つが、上空の強風に煽られて軌道が逸れてしまう。
「ダメだ……! 風が強すぎて当たらない!」
「ふふふ。上空の風は僕たちの味方さ。君たちの攻撃は届かず、僕たちの攻撃だけが当たる。……これが格の違いだよ」
クロウドの高笑いが響く。
観客席からは「さすが3年生」「Fクラスもここまでか」という声が聞こえる。
確かに、絶望的な状況だ。
現代戦においても、制空権を取られた軍隊は敗北する。それが常識だ。
俺たちは防戦一方となり、じわじわと体力を削られていく。
アリエスの障壁が割れ、エリスが必死に回復を回すが、ジリ貧だ。
「アルト! どうするの!? このままじゃ全滅よ!」
アリエスが叫ぶ。
俺は上空を見上げた。
豆粒のように小さく見える敵。
彼らは「風」を操り、気流に乗って浮遊している。
「……風が味方、か」
俺はニヤリと笑った。
風は気まぐれだ。
特に、温度差が生じた時の大気というのは、制御不能な暴れ馬になる。
「カイル、グレイ! 作戦変更だ! 敵を撃ち落とす必要はない!」
「えっ? じゃあどうするんだよ!」
「空を……『落とす』ぞ!」
俺は叫んだ。
狙うのは敵じゃない。敵が飛んでいる「空気そのもの」だ。
「グレイ! 昨日使わなかった着火剤と、冷却ポーションはあるか!?」
「ミィナのマグロの中に、どちらも半樽ずつあるけど……」
「十分だ! 着火剤だけをフィールドの中央に集めろ! 冷却剤は残しておけ!」
俺たちはエリスとカーバンクルの防護膜で弾幕を凌ぎながら、フィールドの真ん中に樽を積み上げた。
敵は上空から不思議そうに見ている。
「なんだ? 降参の準備か?」
「いや、花火の準備だよ先輩! アリエス、着火剤を燃やせ!」
「爆発させるの?」
「違う! 長く燃やして、強い上昇気流を作るんだ!」
俺の意図を察したアリエスが杖を振り、フェンリルも並んで口を開く。
「イグニッション・フレア!」
積み上げられた着火剤に、猛烈な炎が襲いかかる。
ボォォォォォォォッ!!
闘技場の中央に、巨大な火柱が上がった。
凄まじい熱量。
空気が急激に熱せられ、軽くなって上空へと駆け上がる。
猛烈な上昇気流の発生だ。
「うおっ!? なんだこの熱風は!」
上空のクロウドたちがバランスを崩す。
下からの突き上げによって、彼らの翼が煽られたのだ。
「だが、これで終わりじゃないぞ! グレイ、冷却剤を上へ! カイル、今だ!」
ノアが細い光で敵の高度を示す。その光を目印に、ストーム・ホークが残しておいた冷却ポーションを運び、敵より高い場所で散布する。
俺はカイルへ合図を送った。
上昇気流の周囲には、それを補う空気が流れ込んでくる。
だが、熱しただけで都合よく下降気流まで生まれるほど、天気は親切ではない。
そこで冷却ポーションで冷やした空気を、カイルが強引に押し下げる。
狙うのは『ダウンバースト』に似た下降流だ。
本物は積乱雲から冷たい空気が吹き下ろす現象だが、今回は魔法で流れだけを真似する。
「カイル、上空の空気を『叩き落とせ』!」
「わかった! エア・ハンマー……全開!!」
カイルがエリスの身体強化を受け、ストーム・ホークと共に渾身の風魔法を放つ。
彼が狙ったのは、敵のさらに上空。
そこで冷やされた空気の塊を、強制的に下へ向かって押し込んだ。
上昇する熱風と、カイルによって叩き落とされた冷風。
二つの巨大な気流が、クロウドたちのいる高度50メートル付近で衝突した。
ゴゴゴゴゴゴゴ……!!
大気が悲鳴を上げる。
制御不能な乱気流が発生した。
「な、なんだ!? 翼が……制御できない!?」
「気流が滅茶苦茶だ! 落ちる、落ちるぅぅ!」
3年生たちの悲鳴が響く。
彼らの「飛行魔法」は、安定した気流に乗るためのものだ。
洗濯機の中のような嵐の中では、紙飛行機のように揉みくちゃにされるしかない。
キリモミ状態で回転し、制御を失った彼らが、高度を下げてくる。
50メートル、40メートル、30メートル……。
俺たちの射程圏内だ。
「今だ! ルナ!」
俺は切り札の名前を呼んだ。
ずっと俺の後ろでクラウド・シープを枕に待機していた、重力の女王。
彼女が、パチリと目を開く。
その瞳には、昼間だというのに、幻の満月が映っているように見えた。
「……空飛ぶの、禁止」
ルナが空に向かって手をかざす。
乱気流に翻弄される3年生たちを、見えない手が鷲掴みにする。
「グラビティ・ダウン」
ズドォォォォォォォン!!
空間が軋む音と共に、クロウドたちの体が鉛のように重くなった。
乱気流による失速に加え、ルナの重力による強制落下。
もはや、飛ぶことなど不可能。
「うわぁぁぁぁぁっ!!」
10人のエリート魔導師たちが、地面へ向かって引き落とされた。
砂煙が舞い上がる。
衝突寸前、闘技場の安全結界が全員を受け止める。それでも翼は消え、起き上がれる者はいない。
シーン……。
またしても、会場が静まり返った。
空の王者と呼ばれた3年Aクラスが、地面に這いつくばっている。
制空権を奪われ、文字通り「地に落とされた」のだ。
「……勝者、Fクラス!!」
審判の震える声。
その瞬間、会場が爆発した。
今度は悲鳴ではない。歓声だ。
下克上。ジャイアントキリング。
最も弱いと思われていたクラスが、最強の3年生を倒して決勝に進出したのだ。
「やった……やったわよぉぉぉ!」
「勝った……! 本当に勝っちゃったよ!」
アリエスとカイルが抱き合って喜ぶ。
ミィナは「お魚焼けたかな?」とまだ火柱の方を気にしている。
だが、俺は歓喜に浸る余裕はなかった。
ふらつき、膝をつく。
「……アルト!」
ルナが支えてくれる。
俺だけじゃない。アリエスも、カイルも、みんな肩で息をしている。
今の乱気流作戦は、魔力を使いすぎた。
アリエスは魔力枯渇で顔が青いし、カイルも腕が震えている。ルナも、もう立っているのがやっとの状態だ。
満身創痍。
これが格上との戦いの代償だ。
そんな俺たちの前に、一人の男が歩み寄ってきた。
Sクラスの制服を着た、赤い髪の男。イグニスだ。
彼は倒れているクロウドを一瞥し、鼻で笑った。
「くだらん。雑魚同士の泥仕合だな」
そして、俺を見下ろした。
「おいFクラス。運が良かったな。だが、その運もここまでだ」
イグニスの背後から、圧倒的な魔力のオーラが立ち上る。
熱い。
近づくだけで肌が焼けるような、暴力的な炎の気配。
こいつは、別格だ。今までの相手とは次元が違う。
「決勝戦は明日だ。……精々、遺書でも書いておくんだな。俺は手加減なんて言葉は知らんからな」
イグニスは捨て台詞を残して去っていった。
俺たちは、その背中を睨みつけることしかできなかった。
決勝へ進めたのは嬉しい。だが、今の俺たちには、もう「隠し玉」が残っていない。
熱衝撃も、光波探知も、乱気流も、全て見せてしまった。
そして相手は、学園最強の天才、イグニス率いるSクラス。
「……どうする、アルト」
グレイが絶望的な顔で聞いてくる。
俺は、震える足に力を込めて立ち上がった。
「……やるしかないだろ。ここまで来て、尻尾巻いて逃げられるかよ」
俺は拳を握りしめた。
科学の力は、まだ底を見せていないはずだ。
俺たちの「卒業証書」への道は、あの赤い怪物を倒した先にある。
明日は決勝戦。留年回避をかけて、あの赤い怪物と戦う。




