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13話 夜の隠密試験は光学兵器の実験場になりました

 使い魔召喚の儀式から数日。Fクラスの教室は以前にも増してカオスな空間となっていた。


 アリエスの足元には巨大な炎の狼『フレイム・フェンリル』が寝そべり、ルナの頭上にはモコモコ羊『クラウド・シープ』が浮遊して格好のベッドになっている。さらにミィナの席横では巨大水球の中で空飛ぶマグロ『スカイ・ツナ』が泳ぎ回っており、教室が生臭くてたまらない。


 そして俺、風早歩瑠斗の肩の近くには、異界の触媒から生まれた自律支援型ドローンである黒い鉄球の『ナビ』が静かに浮遊していた。


『ピッ。アリエス・フェルミナのバストサイズ、前回計測時より〇・二センチの増加を確認。成長期デス』


「……おいナビ、その機能を切れと何度も言っただろ」


 俺は小声で相棒を叱責した。


 こいつは優秀だ。周囲の地形マッピング、敵性反応の探知、気象データの解析まで一瞬でこなす。


 だが、俺の潜在意識(煩悩)を学習したAIが、隙あらば女子の身体データを詳細に収集しようとするのが玉に瑕だ。


『否定シマス。マスターの生存戦略において、周囲の雌性個体の生殖能力とプロポーションの把握は最重要項目デス』


「お前の中の俺はどういうキャラになってるんだよ……」


 俺が頭を抱えていると、教室の扉が勢いよく開いた。


 ミネルヴァ先生だ。


 今日も今日とて、厄介ごとの香りを漂わせている。


「席につけ。……いや、獣どもが邪魔で席が見えんな」


 先生は煙管の紫煙を吐き出しながら、黒板にチョークを走らせた。


『特別実技試験:夜間隠密偵察』


 その文字を見た瞬間、教室の隅で地味な少女ノアが顔面蒼白になって肩を震わせた。


「今夜二十時、裏山の演習林で『隠密行動』のテストを行う。夜の森に隠された『旗』を、警備兵に見つからずに回収しろ。見つかれば大幅減点だ。闇に紛れ、気配を殺して任務を遂行しろ」


 先生の視線が、ノアに向けられた。


「……特にノア。お前にとっては大きな試練になるだろうな」


「は、はい……」


 ノアが消え入りそうな声で返事をする。


 彼女の体は、今も微かに発光している。


 魔力過多症候群。


 体内で生成される魔力が多すぎて制御できず、常に体表から光となって漏れ出している特異体質だ。


 昼間ならまだしも、夜の森で彼女が歩けばどうなるか。


 それは、「ここにいます」と大声で叫びながら歩くようなものだ。


   ***


「……私、欠席します」


 放課後。


 地下書庫の秘密基地に集まった俺たちに向かって、ノアはそう切り出した。


「ノアちゃん、テストをサボったら退学になっちゃうよ?」とカイルが心配するが、ノアは涙を浮かべて首を振った。


「私が行ったら迷惑になります。……だって私、歩く照明器具ですから。寝ている時も光ってミィナを起こしちゃうし、隠れんぼもできない。この体質は呪いでしかないんです」


「Fクラスは連帯責任です。私が減点を食らえば、みんなの成績も下がります。だから……私だけ〇点で退学になったほうが……」


「馬鹿言うな」


 俺は読んでいた本を閉じて立ち上がった。


「誰一人見捨てないって決めたろ。それに、俺たちはもう『チーム』だ」


「でも、どうしようもないんです! この体質は治らないって、お医者様にも言われたんです!」


 ノアが声を荒らげた。


 感情が高ぶったせいか、彼女の体から溢れる光が強くなる。


 地下室が、真昼のように明るくなった。


「……眩しい」


 ルナが目を擦りながら、俺の背中に隠れる。


 確かに強烈な光だ。直視すれば目が焼ける。


 だが、俺は目を逸らさずに、その光の中に踏み込んだ。


「治す必要なんてない。その光は欠点じゃなく、使い方次第で最強の武器になる」


 俺はノアの手を取った。


「でも、隠密試験ですよ? こんなに目立つのに……」


「隠れるだけが隠密じゃない。光ってのは曲げれば姿を消すことだってできるんだ」


 俺はニヤリと笑い、地下書庫の棚から日本語の専門書『光学迷彩の理論と実践 〜光を曲げて透明人間になる方法〜』を抜き出した。


「ノア。試験までの数時間、俺と特訓だ。……お前のその光で、世界を欺いてやろうぜ」


   ***


 夜二十時。裏山の演習林。


 月明かりすらない深い闇の中に、虫の声だけが響いている。


「これより、夜間隠密偵察試験を開始する!」


 ミネルヴァ先生の合図と共に、俺たちFクラスの精鋭八人は森の中へと散開した。


 今回の作戦は、三つの班に分かれての波状攻撃だ。


 アリエスとミィナの陽動A班が「燃えなさい!」「お魚パンチー!」と速攻で爆発音を響かせ、敵の注意を引きつける。カイル、エリス、グレイの探索B班が使い魔と分析でターゲットを探す中、俺とルナとノアの潜入C班は警備網の隙間を縫ってターゲット回収へ向かう。


 俺たちは、敵の警備網の隙間を縫って、ターゲットを回収する役割を担う。


「……ノア、調子はどうだ?」


 俺は藪の中で身を潜めながら、隣にいるノアに声をかけた。


 彼女は今、特製のローブを羽織っている。


 地下書庫で見つけた「光ファイバー理論」を応用し、グレイに錬成してもらった「ガラス繊維」を織り込んだローブだ。


「は、はい……なんとか、抑え込んでます」


 ノアが震える声で答える。


 今の彼女は、全く光っていない。


 いや、正確には「光を内側に循環させている」のだ。


 あふれ出る魔力光を、ローブの内側の特殊繊維で全反射させ、外部に一切漏らさないように閉じ込めている。


 原理は魔法瓶や光ファイバーと全く同じだ。


『マスター。前方五十メートルに熱源反応。警備兵デス』


 ナビが俺の脳内に直接警告を送ってくる。


 ARウィンドウに、赤いマーカーが表示された。


 Sクラスの生徒だ。どうやら俺たちを待ち伏せしているらしい。


「ルナ、いけるか?」


「……ん」


 ルナが音もなく前に出る。


 彼女の使い魔『クラウド・シープ』が、闇に溶け込むようにふわりと浮遊し、警備兵の頭上へと忍び寄る。


 そして、パラパラと鱗粉のような粉を撒いた。


「ふあぁ……なんだ、急に眠気が……」


 ドサッ。


 警備兵が一瞬で昏倒した。


 ルナの眠り魔法と、羊の睡眠パウダーの凶悪コンボだ。隠密において最強のソリューションである。


「よし、突破するぞ」


 俺たちは慎重に森を進んだ。


 ターゲットである「旗」は、森の最深部にある祠に設置されているはずだ。


 順調だった。


 陽動班が派手に暴れてくれているおかげで、警備の手薄なルートを進むことができた。


 だが、そう簡単にいかないのが、この実力主義の学園の試験だ。


「見つけたぞ、Fクラスのネズミども」


 祠の手前、開けた広場に出た瞬間、頭上から声が降ってきた。


 強力なライトの光が、俺たちを照らし出す。


「しまっ……!」


 木の上にいたのは、ランドルたちSクラスの集団だった。


 彼らは俺たちの接近を予測し、ここで待ち伏せしていたのだ。


「へへっ、陽動に引っかかったフリをして待ってたんだよ。ここを通るには、俺たちを倒すしかないぜ?」


 ランドルがニヤリと笑い、杖を構える。


 取り巻きたちも一斉に詠唱を始める。


 数的不利。しかも位置的に完全に包囲されている。


「ノア! ルナ! 散開だ!」


 降り注ぐ火球や氷柱を回避する中、ノアが木の根に躓いて転倒しフードが外れた。制御が乱れ、抑え込んでいた膨大な光が一気に漏れ出す。


「あいつだ! あの光る女を狙え!」


 ランドルが叫ぶ。


 暗闇の中で激しく発光するノアは、これ以上ないほどの良い的だった。


 全ての攻撃魔法が、ノア一点に集中する。


「いやぁぁぁっ!」


 ノアが頭を抱えてうずくまる。


 俺の「種火」では迎撃が間に合わない。ルナも眠り魔法の詠唱中で動けない。


 絶体絶命。


 その時、俺のナビが冷徹な電子音を響かせた。


『警告。ノア・リュミエールの魔力光量が臨界点を突破。自壊の恐れアリ』


 恐怖でノアの魔力が暴走しかけている。このままでは自らの光で焼けるか、周囲を巻き込んで大爆発を起こしてしまう。


「ノア!」


 俺は彼女の前に滑り込み、力強く抱きとめた。


「アルトさん……! 離れてください! 爆発します……私、もう抑えられません!」


 ノアが泣き叫ぶ。


 彼女の体は高熱を発し、俺の腕を焼くほどに熱くなっている。


 目を開けていられないほどの凄まじい光量だ。


「抑えるな!」


 俺は彼女の耳元で叫んだ。


「え……?」


「抑えるから暴走するんだ! 出したいなら出せ! 全部吐き出しちまえ!」


「で、でも、そんなことをしたら……位置がバレて……」


「バレて上等だ! 隠れる必要なんてない! お前の光で、あいつらの目を焼き尽くしてやれ!」


 俺はナビに指令を送った。


「ナビ! レンズ生成モード起動! 対象、ノアの前方一点!」


『了解。局所圧力操作ニヨリ、空気レンズヲ形成シマス』


 ナビが俺たちの前に飛び出し、空気を歪ませて見えない「巨大な凸レンズ」を作り出す。


 俺はノアの肩を掴み、彼女をランドルたちの方向へ向けた。


「ノア、イメージしろ! お前の光は、拡散する電球じゃない! 一点を貫く『槍』だ!」


「ひ、光の……槍……」


「そうだ! 俺がガイドを作る! お前はそこに向かって、持てる全ての魔力を流し込め! レーザーを撃つんだ!」


 光の増幅と収束。彼女の無尽蔵な光量を一点に集中させれば、最強の光学兵器になる。


「……やって、みます!」


 ノアが覚悟を決めた。


 彼女は両手を前に突き出し、自身の内側にある「光」を完全に解放した。


「いけぇぇぇぇっ!!」


 カッッッ!!!!


 ノアから放たれた強烈な光が空気レンズを通過し、無理やり一点に束ねられて収束する。ヒュンッ、と音が消えた直後、極太の高エネルギー光線が夜の森を切り裂いた。


「な、なんだこれはぁぁぁ!?」


 ランドルの悲鳴は一瞬でかき消された。


 レーザービームと化した光は、Sクラスの連中が張っていた防御結界を紙切れのように貫通し、彼らが乗っていた大木をへし折り、遥か後方の岩山まで突き抜けた。


 ズドォォォォン!!


 遅れて、轟音が響き渡る。


 爆風が吹き荒れ、夜の森が一瞬にして昼間のような明るさに包まれた。


 光が収まると、そこには黒焦げで腰を抜かしたランドルたちと、一直線に木々が消失した道が残されていた。ターゲットの旗は無事だが、周囲の地面はガラス化して熱気を上げている。


「……これが、私の力……?」


 ノアが自分の手を見つめて呆然としている。


 俺はふらつく彼女の体を支えた。


「やったな、ノア。……隠密としては〇点だけど、殲滅としては百点満点だ」


「アルトさん……」


 彼女が見上げてくる。


 魔力を使い果たしたせいか、今の彼女は全く光っていない。


 月明かりに照らされたその素顔は、今まで見たどの表情よりも晴れやかで、美しかった。


「私……光ってて、良かったです」


 彼女は涙を浮かべて笑った。


 コンプレックスが、確かな自信に変わった瞬間だった。


「……ん。眩しかった」


 木陰で寝ていたルナが、目を擦りながら起きてきた。


 おい、お前こんな状況で寝てたのかよ。


 こうして、Fクラスの夜間試験は、隠密どころか「森の一部を消滅させる」という派手な結果に終わった。


 当然、隠密ポイントは大幅減点だったが、「敵部隊の完全壊滅」という特別加点がつき、なんとか赤点は免れた。


 帰り道。


 魔力切れで歩けないノアを、俺はおぶって帰ることになった。


「重くないですか……?」


「軽い軽い。光の速さで痩せたんじゃないか?」


「ふふっ……。あの、アルトさん」


 背中から、温かい体温と、柔らかい感触が伝わってくる。


 ノアが俺の首に腕を回し、耳元で囁いた。


「また、地下室で……特訓、してくれますか? 今度は、もっと凄い光、出せるようになりたいので」


「……お手柔らかに頼むよ」


 俺が苦笑すると、ナビが無機質な声で告げた。


『報告。ノア・リュミエールの好感度上昇を確認。生体反応、発情モードに移行中デス』


「だからその破廉恥な機能を切れって!」


 俺のツッコミは、夜の森に虚しく響いた。


 背中のノアが、恥ずかしそうに、でも少し嬉しそうに俺の首筋に顔を埋める。


 俺の平穏な学園生活は遠のくばかりだが、まあ、悪くない夜だった。

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