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12話 壊れた魔法陣をDIYしたら使い魔ガチャがバグった

 そんな俺の周りで、唯一通常運転を続けているのが、Fクラスに残った七人の精鋭たちだった。


「アルト、パン」


「はいはい」


「アルトくん、今日のマッサージは?」


「放課後な。予約表に名前書いとけ」


「アルト! 背中かゆい!」


「自分でかけ。というか柱でこすれ」


 完全に飼育係である。


 ある日のホームルーム。


 担任のミネルヴァ先生がプリントを叩きつけた。


「今日は実技演習だ。場所は『召喚の儀式場』。全員移動しろ」


 使い魔召喚。それは魔法使いが生涯のパートナーとなる魔獣や精霊を喚び出す一大イベントであり、生徒全員の憧れだ。カイルが目を輝かせて立ち上がる。


 だが、Fクラスの召喚場所は白亜の『大祭壇』ではなく、裏山奥の『古井戸』だという。大祭壇はSクラスのイグニスが貸し切ったそうだ。


「お前らは風化した旧式召喚陣を使え。百年以上使われていないが、死にはしないだろう。文句は予算委員会に言え」


 その言い方だと、死なないだけで何かは起きる。


 俺たちは嫌な予感を抱えたまま山へ向かった。


   ***


 裏山の雑木林の奥深くにあった古井戸は、直径五メートルほどの巨大な石のサークルだった。地面の幾何学模様はあちこちがひび割れ、雑草が生い茂る完全な廃墟だった。


「うわぁ……何これ。魔法陣が欠けてるじゃない」


 アリエスが呆れた声を出し、杖の先で地面を突いた。


「ここを使えって? 自殺志願者用施設の間違いじゃないか? これじゃあ、ネズミ一匹喚び出せないよ」


 グレイが眼鏡の位置を直しながら、興味深そうに、しかし冷ややかな目でひび割れた石畳を観察している。


 見上げる丘の上の大祭壇では、イグニスが巨大な翼竜(ワイバーン)を喚び出してSクラスが湧いていた。アリエスが悔しさに歯ぎしりする。向こうがSSレア確定の豪華なガチャ会場なら、こっちは回線切れ寸前の泥沼ガチャだ。


「どうする? こんなボロい魔法陣じゃ危険すぎるよ。今日は諦めて帰る?」


 カイルが不安そうに提案した。


 確かに、それが賢明な判断だろう。


 だが、俺はボロボロの魔法陣の前にしゃがみ込み、指先でその溝をなぞった。


 まだ、完全に死んではいない。


 かすかだが、地脈からの魔力が滲み出ているのを感じる。


「……いや、いけるかもしれない」


 俺は鞄から、地下書庫の秘密基地で見つけた一冊の本を取り出した。


 日本語で書かれた専門書、『幾何学で直す! DIY魔法陣修復マニュアル』だ。


 この本によれば、魔法陣というのはオカルト的な模様ではなく、魔力の流れるルートを指定する「電子回路図」のようなものに過ぎないらしい。


 線が欠けているなら、魔力が流れるように繋げばいい。円弧が削れているなら、残った三点から中心と半径を取り直せばいい。


「アリエス、チョークはあるか? できれば魔力伝導率の高いやつだ」


「え? あるけど……何する気?」


「カイル、そこの手頃な石を拾ってきてくれ。大きさは拳くらいのものだ。……幾何学的に正しい円を描いてバイパスを通せば、機能は回復するはずだ」


 俺は本を片手に、地面に這いつくばった。


 アリエスから受け取ったチョークで、欠けた線の上に補助線を引いていく。


 俺は残った線から円の中心を割り出し、要所要所にカイルが拾ってきた石を置いた。


 それは魔力の整流ポイントとなり、乱れた流れをスムーズにする役割を果たす。


「ねえ、本当にこれでいいの? なんか落書きみたいに見えるけど」


 アリエスが怪訝そうに見守る中、俺は十分ほどで修復作業を終えた。


 見た目は継ぎ接ぎだらけで、子供の落書きと言われても仕方がない出来栄えだ。


 だが、俺には明確に見える。


 地下から汲み上げられた魔力が、チョークのラインを通ってスムーズに循環し始めているのが。


「よし、完成だ。……見た目は悪いが、余計な装飾を省いた分、理論上の出力は新品より高いはずだ」


 俺が自信満々に立ち上がると、後ろで腕を組んでいたミネルヴァ先生が、感心したように口笛を吹いた。


「ほう。古代の術式を補正したのか。……お前、本当に魔力がないのか? やっていることは大魔導師級だぞ」


「チート知識があるだけですよ。……さあ、誰からやる?」


 俺の言葉に、アリエスが一番に名乗り出た。


「私が行くわ! Sクラスの連中に吠え面かかせてやるんだから!」


 彼女は修復された魔法陣の中央に進み出ると、カッ、と目を見開き、樫の杖を掲げた。


「我が魔力に応えよ! 契約の理に従い、我が魂と共鳴する高貴なる獣よ! サモン!!」


 アリエスの体から、膨大な魔力が放出される。


 それが俺の修正した回路を一気に駆け巡る。


 カッッッ!


 以前のような暴発ではない。


 計算され尽くした美しい幾何学模様が真紅に輝き、天を衝くような光の柱が立ち上った。


 その熱気で、周囲の雑草が一瞬で枯れるほどだ。


 ギャオォォォン!!


 大地を震わせる咆哮と共に、炎の渦の中から巨大な獣が姿を現した。


 全身が燃え盛る紅蓮の毛並み。鋭い牙。そして知性を宿した金色の瞳。


 狼だ。それも、馬よりも巨大な。


「……嘘。これって……」


 召喚したアリエス自身が絶句している。


 ミネルヴァ先生が目を見張った。


「『フレイム・フェンリル』か。上級魔獣の中でも最上位、王家の護衛獣としても使われるSSランククラスだぞ」


 狼はアリエスを見下ろし、グルルと喉を鳴らしたあと、忠誠を誓うように恭しく頭を下げた。


 主従契約の成立だ。


「す、すごっ! かっこいい!」


 アリエスが目を輝かせて狼の首に抱きつく。狼は鬱陶しそうにしながらも、まんざらでもない様子で彼女の頬を舐めた。


「やった! 見たかSクラス! これが私の実力よ!」


 アリエスが丘の上に向かって拳を突き上げる。


 丘の上のSクラスの連中がどよめく。古井戸から出た伝説級の魔獣は、イグニスのワイバーンすら霞んで見える迫力だ。


「次は僕が行きます!」


 カイルが挑戦した。


 彼が召喚したのは、美しい銀色の羽根を持つ『ストーム・ホーク』。風を操り、高速で空を飛ぶ猛禽類だ。偵察や伝令に使える、カイルらしい堅実で極めて優秀な使い魔だ。


 続いてエリスは、額に宝石を持つ小動物『カーバンクル』を召喚した。愛らしい見た目だが、強力な治癒能力を持つ聖獣だ。「か、可愛いですぅ!」とエリスが頬ずりしている姿は、見ているだけで癒される。


 順調だ。


 俺が修復した魔法陣は、完璧に機能している。


 むしろ、魔力効率が良すぎて「高レア排出率アップ」のガチャ補正がかかっているんじゃないかと思うほどだ。


「……次、私」


 ルナが眠そうに進み出た。


 彼女は杖も持たず、呪文も唱えず、ただ魔法陣の上に立ってふあぁと欠伸をした。


「……出てきて」


 ボフンッ。


 脱力した掛け声と共に、白い煙が噴き出した。


 現れたのは、巨大な綿菓子……ではなく、モコモコの白い毛玉のような生き物だった。


『クラウド・シープ』。


 雲のようにふわふわで、空を浮遊する羊だ。戦闘能力は皆無だが、その毛並みは最高級の羽毛布団をも凌駕する。


「……枕」


 ルナは満足そうに頷くと、羊の背中にダイブした。


 羊は「メェ〜」とのんびり鳴いて、ルナを乗せたままプカプカと浮かび始めた。


 完全な自動追尾型移動式ベッドの完成だ。マイペースな彼女らしいと言えばこれ以上ないほど彼女らしい使い魔だ。


「ミィナも! ミィナもやるー!」


 最後にミィナが飛び出した。


 彼女は魔法陣の上で四つん這いになり、野生の勘に従って叫んだ。


「美味しそうなの、出てこーい!」


 ズドォォォォン!!


 古井戸から、間欠泉のように大量の水柱が噴き出した。


 俺たちは頭から水を被り、ずぶ濡れになる。


 そして、空からドサッ! と何かが落ちてきた。


 ビチビチビチッ!!


 地面で激しく跳ね回っているのは、銀色に輝く流線型の巨体。


 体長二メートルはある、丸々と太った巨大なマグロだった。


 いや、ただのマグロではない。ヒレが翼のように発達し、空を泳ぐ『スカイ・ツナ』だ。希少な食材として知られる幻の魚である。


「「「マグロ!?」」」


 全員が同時に突っ込んだ。


 ここは山の中だぞ。なんで海産物が召喚されるんだ。しかも食材として。


「にゃあぁぁ! お魚ー!!」


 ミィナは歓喜の声を上げてマグロに飛びつき、そのまま頭からガブッとかじりついた。


「ま、待てミィナ! それは使い魔だ! 非常食じゃない!」


 俺は慌てて止めに入ったが、ミィナは「離せー! これはミィナの獲物だー!」と暴れ、マグロは必死に空へ逃げようと暴れている。


 完全にカオスだ。


 ただし、全員が契約できたわけではない。


 ノアは魔法陣へ立つ直前に、自分から辞退していた。制御できない光で、呼び出した相手を焼くのが怖いらしい。


 グレイも一度は魔力を流した。だが、魔法陣は一度光っただけで、何も応えなかった。


「解剖も採血も、相手の同意を取ってからにするつもりだったんだけどな」


「最初に解剖が出てくる時点で逃げられたんだろ」


 使い魔は道具ではない。互いに選び合う、生涯の相棒だ。


 壊れた魔法陣を直せても、そこだけは計算でどうにかならないらしい。


 それでも、五人がマグロも含めて強力かつユニークな使い魔を手に入れたことになる。


「最後は……アルト、お前だ」


 ミネルヴァ先生が俺を見た。


 場の空気が変わる。


 地下室の帝王、Fクラスの頭脳。


 アリエスやルナたちが、期待の眼差しを向けてくる。アルトならどんな凄いのを出すんだ、と。


「……やれやれ」


 俺は濡れた髪をかき上げ、魔法陣の前に立った。


 問題はここからだ。


 俺には魔力がない。指先の種火程度の火力しかない。


 この完璧な魔法陣を使っても、起動に必要な電力が圧倒的に足りないのだ。


 普通にやれば、不発に終わるか、小さなトカゲが出るのが関の山だろう。


 教科書通りじゃ無理だ。また『知識』を使うしかない。


 俺はポケットから、地下書庫で見つけたもう一冊の本を取り出した。


『触媒化学と等価交換の法則 〜異界の物質による因果律操作〜』。


 魔力が足りないなら、自分の魔力以外のエネルギー源である「触媒(生贄)」を捧げて、その質量と概念をエネルギーに変換すればいい。


 俺は魔法陣の中央に、ある物を置いた。


 それは、俺がこちらの世界に来た時に唯一持っていた、ポケットに入っていた私物。


 画面が割れ、電源も入らない、壊れたスマートフォンだ。


 もちろん、こちらの世界ではただの黒い板きれだ。何の役にも立たないゴミだ。


 だが、概念的には違う。


 これは、この世界には存在しない「高度な精密機器」であり、地球の科学技術の結晶だ。


 これを触媒にすれば、魔法とは異なるベクトルでの反応が起きるはずだ。


「……頼むぞ、俺の相棒」


 俺はスマホに手を置き、わずかな魔力を流し込んだ。


 俺の未練と、地球への想いを断ち切るように。


 回路が繋がる。


 その瞬間、魔法陣が、これまでにない異質な光を放ち始めた。


 魔法の暖かな光ではない。


 青白く、直線的で、冷徹な電子的な光だ。


 ブゥン……。


 低い駆動音が響く。


 光が収束し、地面に置かれたスマホが分解され、粒子となって舞い上がり、空中で再構築されていく。


「な、なんだあの光は……!? 魔力じゃないぞ!?」


 丘の上のSクラスの連中も騒ぎ出したのが見えた。


 光が弾けた。


 そこにいたのは、ドラゴンでも、魔獣でもなかった。


 空中に静止する、直径二十センチほどの、黒い金属の球体。


 その表面は滑らかで、継ぎ目がない。


 そして中央には、一つだけのカメラアイが赤く光り、周囲を走査するように動いている。


「……鉄くず?」


 誰かが呟いた。


 見た目は地味だ。ただの浮遊するボールにしか見えない。


 イグニスたちが「はっ、なんだあれ。ゴミじゃねえか。魔力も感じねえぞ」と嘲笑する声が風に乗って聞こえてくる。


 だが、俺にはわかった。


 その球体が、微かな電子音を発して俺の周りを旋回し、目の前で静止する。


 そして、俺の脳内に直接、無機質だが懐かしい響きを持つ音声が響いてきたのだ。


『マスター認証、完了。次元接続を確認。自律支援型ドローンユニット、起動シマス』


 ドローン。


 魔法生物ではない。科学と魔法が融合した、この異世界に存在しないはずの機械知性体だ。


「……よろしくな、相棒」


 俺が声をかけると、球体の『ナビ』はピピッと電子音を鳴らして上下に揺れた。


「ちょ、ちょっとアルト! なによそれ! 全然可愛くないし、強そうでもないじゃない!」


「鉄の玉……? 硬そう。美味しくない」


 アリエスとミィナが寄ってくる。


 こいつの凄さは、まだ誰にもわからないだろう。


 だが、俺の視界には今、ナビが投影した拡張現実(AR)ウィンドウが浮かんでいる。


 そこには、周囲の地形データ、気温、湿度、風向き、そして目の前のアリエスの心拍数や魔力残量、さらにはスリーサイズまでが正確に表示されていた。


 おい、最後の情報は消せ。


 どうやらこいつ、俺の深層心理(欲望)を学習してサポートする機能がついているらしい。


 とんでもない相棒を手に入れてしまったかもしれない。


「ふん、ゴミ拾いご苦労なこった」


 丘の上からイグニスが笑っている。


 笑わせておけばいい。


 Fクラスは、六体の「規格外」を手に入れた。


 Fクラスの反撃準備は、これで整ったのだ。


 大勝利と言っていいのだろう。


 一部、どう見ても海産物だが。

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