11話 チート知識で赤点回避大作戦
週明けのホームルーム。
教室の扉を開けた俺は、思わず足を止めた。
静かすぎる。
いつもなら四十人の生徒でごった返しているはずのFクラスの教室は、やけにガランとしていた。机の数は露骨に減り、残されているのは俺と周りの数席分だけ。中央には不自然な広大なスペースができていた。
「……おはよう、アルトくん」
先に登校していたカイルが、力なく手を振った。
彼の隣にはエリス、そしてアリエス、ルナ、ミィナ、ノア、グレイ。
俺を含めて、たったの八人しかいない。
「みんな辞めたんだ。先週のスライム事件と石パン生活に心が折れて、週末に出て行ったよ」
カイルは遠い目で言った。二週間足らずでクラスの八割が消滅するとは、王立学園Fクラスの過酷さは生存競争という言葉が生温く思えるほどだ。
入ってきた担任のミネルヴァ先生は、激減した座席を見ても煙管の紫煙を吐き出すだけだった。
「ふむ、残ったのは八人か。予想より多いな。耐えられない軟弱者は去る、それだけだ」
彼女は冷酷に言い放つと、教卓に数枚のプリントを叩きつけた。
「今週末に全学年合同の『魔法理論小テスト』がある。そのテストで平均点が赤点を下回った場合は、連帯責任で残った八人全員、即刻退学処分とする」
悪魔のように笑う先生に、俺たちの絶叫が響き渡った。一人のミスが全員の命取りになるのだ。
「「「はぁぁぁぁぁ!?」」」
俺たちの絶叫が、ガランとした教室に響き渡った。
全員退学。
つまり、一人でも足を引っ張れば終わりだ。
四十人いれば平均点で誤魔化せたかもしれないが、たった八人では一人のミスが即命取りになる。
「死ぬ気で勉強しろ。以上だ」
ミネルヴァ先生はそれだけ告げると、教室を出て行った。
残された俺たちは、絶望の淵に立たされていた。
「無理よ……私、理論なんてサッパリだもの……」
アリエスが頭を抱える。
彼女は完全な感覚派で魔法を使う天才肌だ。理屈を問われる筆記試験は天敵と言っていい。
ミィナに至っては、「テストって美味しいの?」と無邪気に首を傾げている。終わった。このままでは全滅だ。
俺は拳を握りしめた。
せっかく手に入れた王立学園の入学資格。こんなところで失うわけにはいかない。
「みんな、放課後は地下書庫に集合だ。俺に考えがある」
***
放課後。
俺たちが新たな拠点としている図書館の地下書庫。
カビと古書の匂いが充満する密室に、妖しげな声が響き渡っていた。
「あ……っ、ちょ、ちょっとアルト……そこ、ダメぇ……!」
「我慢しろアリエス。ここを通さないと、魔力の配管が詰まったままだぞ」
「だ、だって……んくぅっ! なんか、熱いのが入ってきて……うあぁっ!」
「力を抜けよ。そんなに硬くしちゃダメだ。もっとリラックスして受け入れろ」
「無理ぃ! そんな太いの……無理ぃぃぃ!」
ビクンッ! とアリエスの体が跳ね上がり、彼女は机に突っ伏して荒い息を吐いた。
頬は紅潮し、琥珀色の目はトロンと潤んでいる。
額には脂汗が滲み、はだけたブラウスの隙間から、艶めかしい鎖骨が激しく上下しているのが見える。
「はぁ、はぁ……あ、あんた……乱暴すぎ……」
「だから言っただろ、最初は少し痛いかもしれないって」
俺は額の汗を拭いながら言った。
誤解しないでほしい。俺たちは極めて真面目な「テスト勉強」をしているだけだ。
俺の手元には、この地下で見つけた日本語の専門書『図解・誰でもわかる魔力回路の開通指圧術』がある。
この本によれば、魔法の制御が苦手な奴の多くは、体内の「魔力血管」が凝り固まって詰まっているらしい。
それを指圧で物理的にほぐし、強制的に他人の魔力を流し込んで開通させる。いわば、魔力の配管掃除だ。
「アリエス、お前は出力が高すぎるせいで、出口付近の回路がガチガチに詰まってたんだ。だから暴発する」
「……うぅ。でも、なんかお腹の奥がジンジンする……」
彼女は涙目で下腹部を押さえている。
どうやら詰まりが取れて、魔力がスムーズに流れ始めたようだ。
「次はルナだ。こっちに来てくれ」
「……ん」
ルナはトテトテと歩いてくると、当然のように俺の膝の上に座り、背中を預けてきた。
「ルナ? あの、マッサージなら机のほうが……」
「ここがいい。……やって」
彼女は俺の胸に後頭部を預け、無防備に目を閉じた。
柔らかい銀髪から、甘い匂いがする。
そして、小柄ながらも柔らかいお尻の感触がダイレクトに俺の太ももに伝わってくる。これは俺の理性に対するテストなのか。
「……わかったよ。ルナは魔力が漏れ出ているから、少し締めるぞ」
俺は指先に力を込め、彼女の脇腹にある「魔門」のツボを探った。
服の上からでもわかる、華奢で柔らかな感触。
「……んっ……ぁ……」
指を押し込んだ瞬間、ルナの口から甘い吐息が漏れた。
アリエスの絶叫とは違う、鼓膜を直接くすぐるような艶めかしい声だ。
彼女は俺の膝の上でビクンと体を震わせ、さらに背中を反らせて密着してくる。
「アルト……そこ……そんなに強く突っついたら、変なの出ちゃう……」
「だから言葉を選べって! 絶対誤解されるだろ!」
「……んぅ……もっと……いじめて……」
ルナが俺のシャツをギュッと握りしめる。
その顔はとろんと完全に蕩けていて、頬は桃色に染まっている。
地下室の薄暗さも相まって、完全に背徳的な儀式の様相を呈していた。
「これ以上はまずいぞ、見てる理性が持たない!」とカイルが赤面し、エリスは両手で顔を覆いつつ指の隙間からガン見している。グレイだけが「被験者の体温上昇と魔力伝導率の相関か」と冷静にデータを取っていた。
「アルト、ミィナもやるー!」と背中にのしかかって耳を甘噛みしてくる猫娘。自分でお腹を捲り上げてヘソを見せ、「ズルい!」と駄々をこねる。前には蕩けたルナ、後ろにはじゃれつくミィナ、そして横には復活して顔を赤くしたアリエス。
「あ、あんたたち! ここを破廉恥な店と勘違いしてんじゃないわよ! 離れなさい!」
「アリエスもすっごく気持ちよかったくせにー」
「き、ききき気持ちよくなんか! 痛かっただけよ! ……まあ、その、体が軽くなったのは認めるけど……」
アリエスはモジモジと指を合わせ、「……また頼んでも、いいけど」と小声で付け加えた。
完全に調教済みの反応だ。
「ええっと……私、私は……」
最後に残ったノアが、おずおずと手を挙げた。
彼女は顔を極限まで真っ赤にして、スカートの裾を握りしめている。
「私、魔力が多すぎて……いつも体がパンパンなんです。その……抜いて、もらえますか?」
アウト。
完全にアウトな表現だ。
「ノア、それは『魔力放出の制御訓練』と言おうな。……よし、わかった。全員まとめて面倒見てやる!」
俺はヤケクソになって叫んだ。
こうして、テスト勉強という名目のもと、地下室での「魔力マッサージ大会」は深夜まで続いた。
その間、地下からは断続的に嬌声が響き続け、通りかかったロゼッタさんが顔を赤らめて逃げ出したという。
***
そして迎えた、運命のテスト当日。
一限目、『魔法理論』の大講義室。
このテストは全クラス合同で行われる。
広大な階段教室には、SクラスからFクラスまでの全生徒が集められていた。
もっとも、Fクラスはたったの八人しかいないため、最後列の隅にポツンと固まっている。
担当教官のガストン先生が、意地悪な笑みを浮かべて答案用紙を配った。
「今回のテストは難易度をかなり上げてある。Sクラスでも平均点は六十点ほどだろう。……Fクラスの諸君は、全員退学の覚悟はできているかな?」
先日関節技でへし折った腕に包帯を巻いたランドルたちが、「今日であいつらともおさらばだ」と睨みつけてくる。
嘲笑の中、試験開始のベルが鳴った。
俺は答案用紙をめくった。
翻訳機能のない俺には大陸文字の羅列が関門だが、この一週間日本語の本を読破したおかげで、専門用語の意味がスムーズに頭に入ってくる。
『問1:魔力回路におけるマナの循環効率について、身体的構造の観点から論ぜよ』
……来た!
俺は心の中でガッツポーズをした。
まさに昨日のマッサージ理論そのままだ。教科書にある『マナとは宇宙の息吹』などという抽象的ポエムとは違い、俺たちが学んだのは極めて論理的な科学だ。
『魔力とはエネルギー流体であり、血管と同様に物理的な管を通る。その抵抗値を下げるには、交点の圧力を調整し、ポンプ機能を活性化させる必要がある』
オームの法則と流体力学を応用した、極めて論理的かつ科学的な解答だ。
カリカリカリ……。
教室にペンの走る音が響く。
驚いたことに、それは俺だけではなかった。
アリエスも、ルナも、カイルも。
全員が迷いなくペンを動かしている。
……昨日の特訓の成果だ。
アリエスは「ここを押されたらドッと出た」感覚を言語化し、ルナも体で覚えた魔力循環を記述している。ミィナの「グリグリするとビュルッてなる」という野性的な解答も、図解付きで核心を突いていた。
『問5:属性変換時における熱量損失の原因を述べよ』
これも簡単だ。
『変換器である回路の断熱不足と、圧縮比のミス』だ。
アリエスがよく起こす暴発は、これに起因する。彼女は今、自分の失敗体験と昨日の「治療」を思い出して、スラスラと答えを書いているはずだ。
六十分後。
テスト終了のベルが鳴った。
ガストン先生がニヤニヤしながら答案の回収を始める。
「どうだFクラス。白紙で出すよりはマシな言い訳が書けたか?」
彼は俺たちの答案を一番上に集め、その場でパラパラと確認し始めた。大勢の前で嘲笑う準備をしていたのだろう。
だが、一枚目を見た瞬間、彼の余裕の表情が完全に凍りついた。
「な……!?」
答案を見たガストン先生は眼鏡を外して三度見した。「なんだこの『魔力ツボ刺激法』『リンパ魔力流し』は……!? 理路整然としている……!」
彼は震える手でアリエスの答案も見た。
「こっちは『そこを突かれると熱くてドクドクする』!? 表現は卑猥だが的確だ!」さらにミィナの『ビュルッてなる』答案の完璧な図解に絶句している。
教室がざわめき始める。
「おい、ガストン先生が冷や汗かいてるぞ」
「Fクラスの奴ら、何を書いたんだ?」
ランドルが不審そうにこちらを睨む。
俺はペンを回しながら、ニヤリと笑い返した。
***
翌日の結果発表。Fクラスの平均点は、Sクラスを二十点以上も上回る驚異の『八十八点』。学園始まって以来の快挙だ。
「あ、ありえん……! カンニングか!? いや、教科書に載っていない独自の理論でカンニングなどできるはずがない……!」
ガストン先生は顔を真っ青にして絶叫した。
カンニングではない。これは「実体験」に基づく、体に刻み込まれた生きた知識だ。
退学回避に湧く中、アリエスが「私たちは『体』で理解してるの!」と鼻高々に言い放ち、俺は心の中で、頼むから誤解を招く言い方はやめてくれと突っ込んだ。
ランドルたちは顔を真っ赤にして、「くそっ、またあいつらか……!」と歯ぎしりしている。
俺たちは勝利の余韻に浸りながら、意気揚々と教室に戻った。
だが、本当の地獄はそこからだった。
「アルトくーん」
教室に入ると、グレイがニヤニヤしながら一枚の紙をヒラヒラさせていた。
「学園新聞の号外が出たよ。一面トップだ」
「なんだよ、Fクラスの快挙が記事になったのか?」
「いや、見出しはこれさ」
グレイが広げた新聞には、デカデカとこう書かれていた。
【特ダネ! Fクラス男子、地下室に女子を連れ込み『秘密のハーレム儀式』か!? 連日響き渡る嬌声、怪しいオイルの目撃情報も!】
「……」
俺の手から鞄が落ちた。
記事には、地下室からふらふらになって出てくるアリエスたちの盗撮写真まで掲載されている。
アリエスの顔が恍惚として、服が乱れているのは気のせいだろうか。いや、事実だ。激しいマッサージの後だから。
「終わった……」
俺は膝から崩れ落ちた。
学業での汚名は見事に返上したが、俺の社会的信用はマイナス方向にカンストしてしまったようだ。
退学は免れたが、俺のあだ名は「森のぬるぬる服剥ぎ魔」から「地下室の淫乱帝王」へとランクアップしてしまった。
「いいじゃない、アルト。立派な肩書きが増えて良かったわね。……ま、どうしても誤解されたくないなら、本当に『既成事実』にしてあげてもいいけど?」
アリエスが顔を赤らめながら、意地悪そうに微笑む。
「……今、なんて言った?」
「な、なんでもないわよバカっ!」
ルナは俺の胸に顔を埋め、「アルトの匂い……落ち着く」と寝息を立て始めた。
たった八人のFクラス。
だが、その結束は確実に強まっていた。
卒業までの道のりは遠いが、とりあえず今週も生き残った。それで良しとしよう。
モブを書くのが面倒なため退学させてしまいました。




