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偽りの聖女と冷厳なる神官長【オメガバース】  作者: 水凪しおん


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第5話「秘密の看病と触れ合う熱」

 数日が経過しても、セレスティアルの身体から熱は完全に引ききっていなかった。

 魔力枯渇による後遺症は想像以上に重く、手足の先には常に薄い痺れが残っている。

 ユリスの私室から一歩も出ることを許されず、ベッドの上で過ごす時間はひどく退屈で、そして息が詰まるものだった。

 ユリスは宣言通り、多忙な公務の合間を縫って自ら食事や薬を運んでくる。

 他の神官がこの部屋に近づくことは一切なく、二人の間には秘密を共有しているような異様な閉塞感が漂っていた。

 昼下がり、ユリスが不在の隙を突いて、セレスティアルはベッドからゆっくりと身体を起こした。

 足元がわずかにふらつくのを壁に手をついて堪えながら、部屋の奥にある大きな窓へと向かう。

 厚いカーテンの隙間から差し込む光の先に、小さな鉢植えが置かれているのがみえた。

 神都に自生する白い花をつける植物だが、その葉は不自然に茶色く変色し、茎は力なく垂れ下がっている。

 瘴気に当てられたわけではない。

 ただ、神殿内の冷たい空気と日照不足によって、生命力がゆっくりと衰退しているだけだった。

 セレスティアルは鉢植えの前にひざまずき、枯れかけた葉にそっと指先を触れる。

 放っておけない性質は、妹の身代わりとなるずっと前からのものだった。

 周囲に誰の気配もないことを確認し、胸の前で両手を組み合わせる。

 目を閉じ、体内の奥底に残っているわずかな魔力をかき集め、指先から淡い光の粒として紡ぎ出した。

 光が植物を包み込むと、枯れかけていた葉がゆっくりと緑の艶を取り戻し、垂れ下がっていた茎がぴんと張り詰める。

 小さな命が息を吹き返したことに安堵した瞬間、視界がぐらりと大きく揺れた。


「あっ……」


 無理をして力を使った代償が、容赦なく身体に襲いかかる。

 膝から力が抜け、そのまま床に倒れ込みそうになった身体を、背後から伸びてきた腕がしっかりと抱き留めた。


「あなたという人は、少し目を離せばすぐに命を削ろうとする」


 頭の上から降ってきたのは、深い怒りと呆れが入り混じった、ユリスの低い声だった。

 いつの間にか部屋に戻っていたらしい。

 セレスティアルは弁解しようと口を開いたが、急激にぶり返した熱のせいで言葉がうまく紡げなかった。

 ユリスは何も言わず、セレスティアルの膝の裏と背中に腕を差し入れ、軽々と抱き上げる。

 不意に視界が高くなる感覚と、全身を包み込む雨上がりの森の香りに、セレスティアルは小さく息を呑んだ。

 ベッドに静かに下ろされると、ユリスは枕元に置いてあった濡れタオルを手に取り、熱を持った額に押し当てた。

 冷たさが心地よく、セレスティアルは無意識のうちに深い吐息を漏らす。

 ユリスはベッドの縁に腰を下ろし、セレスティアルの顔を覗き込むように身を屈めた。


「植物一つを癒すために、自らの身を滅ぼすつもりか」


「……可哀想、だったので」


 かすれた声で答えると、ユリスは深くため息をついた。

 その息遣いとともに放たれるαのフェロモンが、先ほどよりも一層甘く、そして柔らかく部屋を満たしていく。

 それは明らかに、苦しむΩを本能的に鎮めようとする、つがいへの求愛に似た行動だった。

 セレスティアルの身体の奥で、その香りに呼応するように甘い熱が渦を巻き始める。

 理性で蓋をしなければならないと分かっているのに、熱に浮かされた頭では思考がうまくまとまらない。


「あなたは、脆すぎる」


 ユリスの大きな手が、濡れタオルの横からこぼれ落ちたセレスティアルの銀糸のような髪を、ゆっくりと撫でる。

 指先が耳の裏からうなじへと滑り落ちる感覚に、背筋が甘く震えた。

 触れられている部分から、ユリスの魔力が静かに流れ込んでくるのが分かる。

 それは、枯渇した身体の隙間を埋めるように、優しく、そして強引に体内へ浸透していく。

 セレスティアルは恐怖と安堵の狭間で揺れ動きながら、無意識のうちにユリスの法衣の袖口を弱々しく掴んでいた。

 自分から彼に触れてしまったことに気づき、慌てて指を離そうとする。

 しかし、それよりも早く、ユリスの手がセレスティアルの震える手を包み込んだ。


「離すな」


 静かな、しかし有無を言わせない命令だった。

 ユリスの手のひらはひどく熱く、そして硬い剣だこがセレスティアルの柔らかい皮膚を擦る。

 二人の間に、言葉以上の重みを持った沈黙が降りた。

 触れ合う手と手から、互いの体温と脈拍が直接伝わり合ってくる。

 セレスティアルは視線を落とし、ただその熱に身を委ねることしかできなかった。

 自分は偽物だ。

 いつか真実が知れれば、この優しい手は自分を容赦なく切り捨てるだろう。

 その絶望的な未来を想像するだけで、胸の奥が張り裂けそうになる。

 それでも今は、この甘い香りと熱から逃れることができなかった。

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