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幻妖學園カサンドラ  作者: 佐野イヴキ
私立源陽學園・一学期
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第5話 四人の寮長

 図書室がある一階から三年生の教室がある三階まで、いくら僕でも──転校する前は陸上部に所属していた僕でも、一気に駆け上がれば息も切れる。

 あのヴィジョンがほんの数分先の未来なら、比良坂は盗られたものを僕の代わりに奪い返す形で豊川と揉み合いになり、窓から豊川を蹴り落とすということになる。


 この学園の生徒たちは、恐らくそうそう簡単に死んだりはしないのだと思う。

 ……あんな凄惨な事故の話を嬉々として聞いてきたくらいなんだ。きっと、シャンデリアの下敷きになった程度では死なないし、三階から落ちるなんて唾をつけときゃあ治るくらいのものだろう。


 だから未来視の通り豊川が窓を突き破って落下したとして、それは僕が引け目を感じる必要なんて無いはずだ。

 あいつはけろっとしているだろうし、盗られたゼリーも返ってくる。

 比良坂はもしかしたら、ゼリーなんかのために走らされた事を怒るのかもしれない。だけど、僕が唯一の人間だからって、あんな意味の分からない力で良いようにされてやられっぱなしだなんて、最悪の気分だ。

 豊川は盗みの常習犯のようだし、ちょっと痛い目見てもらうくらい構わないだろう。──あいつにとっては痛くもないって可能性だって十分にあるし。


 でも、教室付近はいやに静かだった。

 誰かが殴り合っていることも無ければ、叫び声も無く、ましてやただ走っている生徒だっていない。


「こっちには来てないのか……? 大江もどこに行ったか分からなくなっちゃったな」

「む……、お前さては噂の『転校生』か?」


 突然背中から声を掛けられて、僕はハッとして振り返った。

 透き通るような栗色のロングヘアがばさりと波打つ。やけに鋭い目をした勝気そうな女子が、モデルかなにかみたいに髪を払って、僕を頭のてっぺんから爪先までじろりと睨み付けていた。

 セーラー服はすっかり魔改造されている。何重ものフリルでスカートはボリューミーになっているし、大きく広がった袖なんて、手を洗う時に邪魔だろうな……としか思えない。

 ちら、と僕は彼女の腕章を確認した。紫色──菫花寮の生徒だ。


「なにをジロジロ見ている。(ぼく)に無礼であるぞ」

「先にジロジロ見てきたのはそっちでは……?」

「父が子をよく見ることの何が悪い!」

「父?」

「そんな事より、お前は陽太郎を探しておるのだな、転校生。くっく、また性懲りもせずキツネ狩りに勤しんでいると見た」

「はあ? 大江っていうか、うん、まあ確かに大江を見失いはしたけど、探してるのは豊川っていうか比良坂っていうか……ああもうッ、こんなこと喋ってる場合じゃないんだ! お前は誰なんだよ?」

「この大王に名を訊ねる前に、お前が先に名乗るべきであろう!」

「ほんッとに訳がわからなくなってきた……!」


 自称『父』兼『大王』のロリィタ女に頭を抱えていると、バリバリバリッ──とけたたましい音が鳴り響いた。

 何事かと声をあげるより前に感じたのは、凄まじい寒気。僕がぶるりと肩を震え上がらせると、途端に足元のバランスが崩れる。

 慌てて左手を床につくも、廊下は一面氷漬けになっていた。

 いや……廊下だけじゃない。


「あははッ、滑る〜」

「きゃあーッ」

「ヤバいヤバい! コケるぞぉ」


 あちこちの教室から笑い声や、楽しげな悲鳴が上がる。この階一帯が氷漬けになっているというのか? 今、このたった一瞬で?

 ロリィタ女はハイヒールでしっかりと氷面に仁王立ちし続けている。憎らしいほど様になる立ち姿だ。

 彼女はやがて、二組の教室を振り返って「ふむ……」と溜息をついた。

 二組から弾き出されるように滑り出てきたのは、あの豊川南吉だったからだ。


「あ! あいつ!」

「うげぇ! 転校生!」


 僕が指をさすと豊川は廊下でのたうち回った。けれどツルツル滑って一向に立ち上がることが叶わない。

 そしてかく言う僕も片膝を着いたまま、身動きが取れなくなっていた。


「クッソ〜、今日はなんでこんなに寮長共に包囲されるかね! 俺ってそんなに悪いことしましたァ?」

「自覚が無いってのが一番の悪だわ! 今日の今日こそ、アンタのその腐った性根、アタシが砕き散らしてやるッ!」


 カン! ──と廊下に響いたのは下駄の音。

 ドスの効いた女言葉を声高に叫んで、二組から白い着物の男子生徒が現れる。

 彼は被っていた笠を怒りのままに床へ叩き付けた。ピシリと一瞬で床に凍り付いた笠を見て、豊川が「ヒッ!」と顔を引き攣らせる。


 オールバックに固めた黒髪と、彫りの深い顔立ちは如何にも男のそれなのに、唇には真っ青なリップが艶やかに塗られている。


「そぉら、凍りなさいッ!」

「いや待ってそれだけはホント勘べ……──」


 男が豊川に向かって熱烈──じゃない、肝が冷えるような投げキッスをかますと、豊川は両腕を頭の上にやって足をばたつかせたポーズのまま、廊下の隅で氷像になってしまった。


「は……えぇ……?」


 困惑している僕の前で、男はさも当然のように変身を解く。

 学ラン姿だとやっぱりめちゃくちゃ雄々しい……。胸ポケットからミラーを取り出して、グロスを塗り直さなければの話だけれど。

 彼が変身を解いたのと同時に、氷漬けだった床が瞬時に元通りになった。豊川は相変わらずカチコチのままだけど、まあ泥棒がとっ捕まったようなものだから、これでいいのか?


「なにも一面凍らせる必要はあるまい? 少しは加減したらどうだ、暖生(はるお)

「何言ってんのよ。コイツこれでもう三度目よ、ウチのクラスのコに化けてやり過ごそうとしたの。舐め腐ってるったらありゃしないわ。陽太郎が先に準備室で眠らされてるコを見つけてくれてなかったら、アタシだってまた騙されるところだった! も〜ぉヤんなっちゃう! ッたくどんな手使って木賊寮の寮長になったんだか!」

「は!? 木賊寮の寮長! 豊川がッ!?」

「ンン……? あら、知らない美少年がいると思ったら三組の転校生じゃないの。ごめんなさいね。アンタんとこの陽太郎、ウチのコの催眠を解いてもらうためにちょっと借りてるわ。妖狐の催眠って鬼でもなかなか手こずるらしいのよ」


 青リップの男子生徒と、ロリィタの女子生徒が並ぶと随分、圧巻だ。世界観が強すぎる。


「致し方ない、ここは余が先に名乗ろう。余は菫花寮寮長、二組の鷲尾(わしお)巳由(みゆ)だ」

「同じく二組の宗谷(そうや)暖生(はるお)よ。群青寮の寮長を務める、ご覧の通りの雪女。凍り付かせたい奴がいたらアタシに相談なさい。美少年からのお願いならタダで引き受けてア・ゲ・ル」

「それからもう知っておるとは思うが、そこの冷凍アホ狐が一組の豊川南吉。木賊寮の寮長で、妖狐の血の者だ。さて、其奴のポケットでも漁ってみるか。午前中の収穫分がたんまりであろうよ」


 ショーのトップスターみたいな外見をしながら、勝手に人のポケットを漁り始める寮長コンビ。

 少しはまともかと思ったが、どうやら寮長の中でイカれていないのは大江だけらしい……。


「あらヤダ。カニクリームコロッケパン凍ってるわ」

「こっちの筋子おにぎりもだ。此奴め、相変わらず高額商品しか盗らんのを徹底しておるのが腹立つな」

「ン……いえ、そうでもなさそうよ。ぶどうゼリーが出てきたわ、これが最後ね。転校生、ゼリーってアンタの?」


 氷漬けになったパウチを投げ渡される。パンやおにぎりに比べたら、むしろ凍らされてラッキーだった方かもしれない。

 僕は案外ラクに手元に返ってきたゼリーを見て、「どうも……」と軽く会釈をした。


「わざわざありがとう。僕は凜句・カーナハン」

「ほう、良い名だ。覚えたぞ」

「それじゃあね、カーナハン。もう泥棒されちゃダメよ」


 なんだか良い話で終わってしまった……ような。

 チャイムも鳴っているし、教室へ戻らないと。

 凍ったゼリーは放課後にはちょうど良く溶けていたり──


「あれ? そういえば比良坂……」


 僕の独り言を遮るかのように、耳を劈くような悲鳴が響き渡った。出処は三年三組──僕たちの教室だ。

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