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幻妖學園カサンドラ  作者: 佐野イヴキ
私立源陽學園・一学期
3/6

第3話 鬼の級長

 大江陽太郎。

 一見大人しそうに見える、どちらかと言えば地味な生徒だ。その印象に反した、あかあかと燃える鮮やかな長髪と、長い前髪に幾つもくっ付いたキャラもののヘアピンだけが、ちょっと浮いている。


 彼の真後ろの席へ案内された僕は、午前中の授業を恙無(つつがな)くこなしていった。

 一限目から四限目までこれと言って困ることはなく、それこそ普通の……人間の高校と同じように時間は進んでいった。


 休み時間など、時々困ったことを聞いてくる奴もいた。

 どうして転校してきたのかとか、向こうでは例の事件がどんな扱いになっているのかとか、本当に両親は妖魔でもなんでもないのか……とか。

 皆悪気はないんだろうけど、やっぱりどことなく『人間らしさ』は欠け落ちているような雰囲気があって、気分は良くなかった。

 特に──この学校は寮ごとに異なる腕章を付けているのだけれど、赤色の腕章と緑色の腕章の生徒は、やけに意地悪な質問をしてくるのだった。人間の学校でいじめられたことはあるかとか、人間の『不良』は何人くらい殺しているのかとか、そんなことばかり。

 だけど僕が言葉に詰まっていると、大江が皆の方を振り返ってぎょろりと睨みつける。するとたちまち彼らは静かになって、いそいそと自分の席へ戻っていくのだった。


「すまない。皆転校生が珍しくて、あれでも嬉しいと思って声を掛けているんだ」

「いや……ううん、構わない。さっきから、その、どうも。気に掛けてくれて」

「もう昼休みか、ちょうどいい。おれが学園を案内するよ。行こうか、カーナハンくん」

「大江く……、いや、ありがとう大江。僕も呼び捨てでいい。同い歳なんだし」


 そう言うと、大江はニッと歯を見せて笑った。


 雨は止まない。

 風の方はいくらかマシになっていたけれど、それでも古い校舎は所々が軋んで、倒壊しないのがいっそ不思議なくらいだった。

 僕たちは昼休みの校舎の中を歩いていた。

 行き交う生徒たちは学ランとセーラー服。服装についてはそこまで厳しくないためか、皆思い思いに着崩していたりする。


「腕章を見れば何処の寮の生徒かわかるだろう? 赤色が深緋(こきあけ)寮、青色が群青(ぐんじょう)寮、緑色は木賊(とくさ)寮で、紫色は菫花(きんか)寮だ」

「深緋寮はなんだか気の強そうな奴が多いな。群青寮は……制服を着崩してない奴ばっかりだ。木賊寮の奴はやたらこっちをジロジロ見てくる気がする。……菫花寮の生徒はそもそも、数が少ないのか? あんまり見かけないような」

「カーナハンはよく見てるな。大体その通りだよ。おれたちは入学のとき、種族の性質で寮分けをされるんだ」


 いわく、深緋寮は人間と敵対する歴史を持つものども。人間に退治された歴史を持つ鬼や、魔のものたちがそれに値する。

 群青寮と木賊寮は、人間の伝承に深い関わりを持つもの。僕にはこの辺りの説明がいまいちよく分からなかったが、ざっくり言えば群青寮は人が語る物語、木賊寮は土地に根付く物語……らしい。いくつか例を挙げてもらったが、『ゆきおんな』も『てんぐ』も、僕の祖国では聞かない妖魔だ。申し訳ないがピンと来ないと正直に言ったら、大江は「そうか、難しいよね」と苦笑していた。


「菫花寮は……一番最近出来た寮だよ。七十年ほど前、とある人間の男子生徒が転入してきて、彼は在学中に超能力に目覚めたんだ。他の生徒たちとの関わりの中で、突然ね。その後、徐々に不可思議な異能を持つ子供たちが各地で発見され、この学園に集められるようになった」

「つまり、それがさっきお前の言っていた……英雄の魂を持つ生まれ変わり?」

「正解。彼らは力を使う度に何かしらのダメージを負うことがわかって、学園で保護を兼ねて教育されるようになった。それが『転生者』だ。しかし見た目は普通の少年少女とはいえ、英霊も同然だからな。丁重に扱おうということになって、菫花寮が設立された。機会があれば一度見学にでも行ってみるといいよ。全く学生寮なんかには見えない、リゾートホテルさながらの建物だ。中庭にはプールも付いてるしね」


 大江は校内をあらかた見て回ってくれた。

 移動教室の授業で困らないようにと言って、理科室や音楽室、美術室、家庭科室にパソコンルーム……。

 外まで案内してもらっている時間は無かったので、体育館は三階の窓から外を眺めて、道順を教えてもらうに留めた。


「敷地内に建物が多いな。学校というか、ひとつの町みたいだ」

「先生も生徒も皆人外だから、入学したら卒業するまでこの敷地から出ることは無い。それが日本政府との約束なんだ。いわば、この学園には日本中のありとあらゆる妖魔の力が集結している状態。外部から人間を招き入れてもいいのは、年に一度、学園祭の日だけだ」

「だから敷地内で全部成立するように、教会や雑貨屋まであるのか。……レストランなんて一つもあれば十分だろ?」

「それはおれも思ってるよ。あのコーヒーショップなんて去年オープンしたんだ。まあ、ちゃんと一年続いてるあたり、客がいるってことだろう……」


 それから僕たちは購買へ向かった。

 昼休みも半分以上が過ぎていたので、店内はかなり空いている。

 品数が多く、ちょっとしたコンビニみたいだ。某トレーディングカードのパックは売り切れました! という貼り紙があちこちにされている。そんなものまで仕入れているのか……。


 チーズバーガーと、パウチのゼリーを取ってレジに並ぶ。大江はまだおにぎりコーナーで悩んでいるみたいだ。

 店員が僕を呼ぶ。一見どこにでも居そうなオジサンって感じだけど、もしかしてあの人も妖魔だったりするんだろうか? そんな事を考えながら商品をカウンターに出そうとすると、


「あ! ぶどう味じゃん! あんたが持ってたのかよ」

「え?」


 横からずいっと身を乗り出して割り込んできたのは、褐色肌の見知らぬ生徒だった。

 学ランの腕章は、緑色。木賊寮か。

 藁のようなくすんだ亜麻色の髪に、切れ長の目。何となく女子ウケの良さそうな、いかにも日本のイケメンって感じの顔立ちをしている。


「なあ兄さん、そのゼリー俺のものなんだ。返してくれない?」

「は……? いや何だよ、俺のものって。今僕が金払ったの、見てただろ?」

「なぁにをご冗談! あんた、俺に奢ってくれるつもりで払ったんだろ? ええ? ちゃいますのん?」

「無茶苦茶なこと言っ──」


 ……てんじゃ、ないぞ。


 そう言いかけた僕の額に、彼はトンッと人差し指を置いた。

 紫色とピンク色の中間みたいな、とろんとした瞳が僕をじぃと覗き込んでくる。


「コンコン。このポッケにちょうどいいゼリーをくださいな」


 何をふざけたこと言ってるんだ、こいつは……!

 ──と、頭ではそう思っているはずなのに、僕の手はまるで別の生き物みたいに動いてぶどうゼリーのパウチを取り……そのまま彼のズボンのポケットへと押し込んだ。

 自分でもわけが分からない。何がなんだか、どうしてそんなバカなことをしたのかまるで見当もつかないまま、ぼうっと佇んで──やがて彼は、


「ありがとさん!」


 とウインクを一つして、購買の扉をするりと抜けて廊下を駆けていった。


「なッ……、ああ!? 大江! 大江ッ、僕のゼリー盗られた!」

「は……、なんだって?」


 慌てて大江の肩を掴み揺する。よっぽど真剣におにぎりを吟味していたのか、大江は暫く目をぱちくりやってフリーズしていたが、そのうち真剣な面差しに戻ってこう言った。


「木賊寮の奴じゃなかったか? ツリ目で、ちょっと日に焼けたような肌の……」

「それだ! そいつ!」

「またアイツか……! 一組の豊川(とよかわ)南吉(なんきち)だ! 無駄だとは思うが、一度追いかけてみよう……!」


 ゼリー一個くらい、ぶっちゃけどうということはない。

 これが例えば食べる前に不注意で落としてしまったとか、カウンターに置き忘れて戻ったら盗られていたとかだったら、僕だって諦めたはずだ。

 でも、あのやり口は何となく気に入らない。何となく? いや、とにかくもう、絶対に気に入らない!

 無駄だとは思うが……という大江の言葉は気になったが、僕は頷いて購買を飛び出した。

 手分けして探そうと言う大江に従い、彼に背を向けた僕は渡り廊下の方を目指すのだった。

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