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幻妖學園カサンドラ  作者: 佐野イヴキ
私立源陽學園・一学期
2/6

第2話 混沌の三年三組

「それじゃあホームルームはここまでにして……。はいはい、皆静かにね! 気になるのはわかるけど、こういうのはちゃんと形式通りいかなくちゃ。珍しい『転校生』なんだものね。ということで……改めて! 今日から三年三組で一緒に学ぶ、転校生を紹介します」

「凜句・カーナハンです。アメリカの、オレゴン州から転校してきました。よろしく」


 僕の挨拶と一緒に、担任が黒板に僕の名前を書いていく。カーナハン……をどう書くか少しだけ迷って、先生は結局カタカナで書くことにしたみたいだ。

 クラスメイトたちが拍手をする。隣の席とひそひそ何かを言い合ったり、振り返って後ろの席と笑い合ったりしているが、僕のことを悪く言っているのではなさそうだ。少しだけほっとした。


「カーナハンくんはお母様が日本人で、皆と日本語で会話する分にはほとんど困らないと思いますが、引っ越してくるまではずっとアメリカで暮らしていたからこちらの文化には詳しくないの。困っているようだったら、すぐに助けてあげてくださいね」

「ねーねー! カーナハンくんって寮はどこなの〜?」

深緋(こきあけ)寮よ。深緋寮の子たちは特に、気にかけてあげてね。先生は寮の中を案内してあげられないから」


 そういえば、深緋寮っていう学生寮に入ることになったんだっけ……。

 全寮制の学校に通うのは初めてだ。必要な荷物はもう寮に届けてあって、授業が終わったら帰って荷解きをしなくちゃならない。


「そうそう。私も自己紹介しないとね。私は三年三組担任の、埴生(はにゅう)優子(ゆうこ)。担当教科は日本史よ。カーナハンくんは世界史選択だから、私とはホームルームでしかほとんど会わないかもしれないわね」

「そうなんですか……」

「でも、話したいことがあったらいつだって声を掛けてくれていいのよ! 遠慮しないでね」

「ヤサコせんせーッ。カーナハンくんの部活は?」

「カーナハンくん! 誕生日はいつ? 血液型は? 彼女は? 彼女いるの?」

「オレゴン州って聞いたことない! アメリカのどのへん?」

「だ、ダメよ皆! あんまり一気に質問したら困らせちゃうじゃない……!」


 あちこちから飛んでくる質問の声に、何故か僕より埴生先生の方が慌てている。まあ確かにビックリはするけど、この程度の質問なら回答には困らない。落ち着いて順番に答えれば良いだけだし……と考えていると、

「なあなあ! 有名人の知り合いとかいたりしないの? アメリカ人で同い歳って言ったらさ、たしかこの前死んだ女優の──」


「……!!」

「あ〜私も配信の切り抜き見た! そういえばあの事故ってオレゴンの高校で起きたんじゃなかった?」

「日本でもニュースになったもんねぇ、あの事故。ドラマの新シリーズ延期になっちゃったし、しょうがないか」

「カーナハンはそのこと詳しく知ってたりしねえの?」

「あ……ッ、えっと……あ……!」


 思わず退くと、背中に黒板の冷たい硬さがぶち当たる。

 教室の隅から隅まで、ざっと六十個近い目玉がぎょろりと、僕の事を見つめていた。それらは決して僕を責め立てているわけじゃない。僕がSNSで晒された『占い師の孫』だと、バレてしまったわけじゃない。だけど、だけど……ッ!

 震える手を胸の前で不自然に握り合わせる。包帯同士が擦れて、なんだか嫌な感触だ。はあ、はあと荒い呼吸をすると、伸び切った金髪が吐息に煽られて頬を擽った。心の一番弱い所を逆撫でされているみたいだ。


「僕は、僕はッ……」

「ダメだって──言ってるじゃないのォーーッ!」


 その時、ぶるぶると身体を震わせた埴生先生が絶叫し、黒髪を振り乱して大きく仰け反った。

 先生の姿が徐々に大きくなっていく。稲光を纏って、白い両手には長く尖った爪が、額には二本のツノがビキビキと音を立てて生え始める。

 さっきまで温厚そうに垂れ下がっていた目は真反対に鋭く吊り上がって、白眼が赤々と充血していった。


「先生!?」


 硬直している僕の前で、先生は片手で教卓を持ち上げている。


「転校生ヲ、困らせてはダメッて……ドウシて言うこトが聞けなイノーーッ!?」

「うわッ!」


 振り回された教卓がビュンッと僕の頭上を通過した。危なかった……! 僕の運動神経が良い方でなかったら、絶対に頭をぶつけて即死していた……。

 優しげな埴生先生がどうしてこんな事になったのか、訳も分からないまましゃがみ込んで様子を窺っていると、トン──と誰かが僕の肩を叩いた。


「そのまま少し下がっていてくれ」

「あ、……ああ……!」


 赤い長髪を後ろで一つに括った、物静かな印象の男子生徒だった。僕は頻りに頷いて、彼の言う通りに教室の隅まで退避した。

 ぐるりと教室を見渡してみたが、クラスメイトの誰もこの状況で慌てていないし、怖がってすらいない。先生がまるで悪魔のような姿に変貌して暴れているというのに、どうして……。


 赤髪の男子生徒が、先生に向かって一歩踏み出す。

 すると──彼の姿は一瞬、桜吹雪に包まれて──さっきまでの学ラン姿ではなく、赤い羽織を纏った着物姿に変身した。


「なんだ……? 一体何が起きて……」

「鬼の(おさ)たるわれが命じる。一介の鬼女よ、鎮まり給え。汝の怒り、悲しみ、一切はわれが聞き届けよう」


 男子は先生の、丸太ほどに肥大化した腕へ手を添えた。

 力を加えているようには見えない。それなのに、先生の動きがぴたりと止んでいる。教卓がドン──と元あった場所に落ちて、先生の体は空気が抜けた風船みたいにしおしおと、本来の大きさまで萎んでいった。


「あ……、ごッ、ごめんなさい先生ったら! 大江くんも、ごめんなさいね! いやぁね、もう……カーナハンくんの転校初日からこんなに怒ってしまって……!」

「いえ、誰も怪我はしていません。それに先生のお怒りはごもっともです。皆、人が亡くなった事故のことを話題にするなんて、あまりにも失礼だと思わないか? 人間はおれたちと違って、脆い生き物なんだ。人間の『死』だっておれたちとは重みが全く違う。このクラスにカーナハンくんが来たことは、おれたちにとっても良い学びになるはずだ。もっと慎重に、けれどいつも通りに楽しく、人間の転校生を歓迎しよう」


 大江と呼ばれた男子生徒は、落ち着き払った声でクラスメイトたちへ語っていた。

 ……人間の? 今、人間の転校生って言ったか、こいつは……? そんな、その言い方、それじゃあまるで──


「人間じゃ、ない……? お前たちは……」

「転校生、……いや、カーナハンくん」


 大江が僕の方へ向き直る。

 髪の分け目から生える禍々しいツノ。その大きさはさっき先生の額にあったそれの一回り、いや、二回り以上だ。

 柔和な笑みを浮かべてはいるが、金色の瞳は明らかに人間のそれではない光を湛えて、僕を貫くかのようである。


「源陽學園の新たな仲間を、歓迎するよ。ここは日本唯一の、幻妖が集う幻妖のための高校だ。妖怪、魔族、英雄の魂を持った生まれ変わり……『超常生物』としか言い表せないような者たちが集められ、人間と同じように生活する、由緒正しき学び舎だ」

「なんだって……!?」


 クラスメイトたちが口々に、「よろしく〜」「慣れれば案外普通だよ!」「あたしも下級の鬼女なんだー」「俺は天狗!」……とかなんとか、やたらフレンドリーに野次を飛ばしてくる。


「転入案内が届いたってことは、カーナハンくんも人間じゃない何かのはずだよ?」

「まあでも、知らずに人間に紛れて生きてましたなんてよくある話じゃん? 菫花(きんか)寮の奴とか特にさ」


 当の本人たる僕だけ置いて、皆は雑談に花を咲かせている。

 呆気にとられて言葉も出ない僕を前に、大江は変身を解いて元の姿へ戻った。あの大きなツノは跡形もなく消えて、浅黒かった肌色も血色を取り戻している。


「おれは大江陽太郎(ようたろう)。このクラスの級長で、きみが所属する深緋寮の寮長でもある。卒業まで一年間、仲良くやっていこう」


 差し出された手に、僕はただただ握手を返すことしか出来なかった。

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