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幻妖學園カサンドラ  作者: 佐野イヴキ
私立源陽學園・一学期
1/6

第1話 嵐の転校生

 この国では五月のことを、古い言葉で『皐月』と呼ぶらしい。

 そして、五月のよく晴れた日のことを『五月晴(さつきば)れ』と言うんだとか……。


「残念ながら五月晴れとはいかなかったけれど、先生はとても晴れやかな気持ちであなたを歓迎しているわ! 源陽(げんよう)學園へようこそ、凜句(リンク)・カーナハンくん」

「どうも……」


 窓の外、それはそれはとんでもない雷雨を眺めていた僕の方へ、担任になる女教師は右手を差し出してきた。とりあえず握手に応じて、僕は愛想笑いを浮かべる。

 激しい雨音。強風は窓をガタガタと揺らして、明治時代からあるという木造の校舎は、三びきの豚の家みたいに飛んで行ってしまいそうだ。


 五月のはじめ。

 僕、凜句・カーナハンはそんな珍しい時期に、私立源陽學園という全寮制の高校へ転校してくることになったのだ。




 生まれも育ちもアメリカで、ついこの間まではアメリカの学校で上手くやれていたんだ。

 母さんは日本人。父さんもよくあるニッポン大好き〜みたいなアメリカ人だから、家では英語と日本語が入り交じる生活をしていた。

 自分で言うのも何だけど、苦手な事はほとんどない。何をやっても大抵上手くやるし、勉強でもスポーツでも困った事はなかった。友達だって普通にいた。誰かにいじめられることもなかったし、いじめることだって、まさか!


 だけど、僕には妙な特殊能力があった。

 いや──これは後から備わったものだ。

 僕のおじいちゃんは、日本で有名な占い師だった。未来が視えるという謳い文句で、日本の有名なテレビ番組にも何度か出ていたくらいだ。

 彼は僕が十五歳のときに亡くなった。病気でも事故でもなく、老衰で穏やかに息を引き取った。


 僕たち家族はアメリカから日本へ行き、親族だけで行われた小さな葬式へ参列した。

 おじいちゃんとの最期の別れ。有名人で死ぬまでそこかしこへ引っ張りだこだったおじいちゃんは、僕とあまり関わったことがない。けれど今よりずっと小さい頃、おじいちゃんはお守りだと言って、僕にエメラルドのネックレスをプレゼントしてくれた。それを僕は今でも、大切に持っている。

 おじいちゃんの棺に近付いて、エメラルドのネックレスを翳した。僕の目の色と同じ石が、ぼんやりと不思議な光を放って見える。


「なんだ……?」

「凜句、そろそろおじいちゃんを運ぶって……」


 母さんが呼んでいる。僕は慌ててネックレスをポケットへしまって、「さようなら、おじいちゃん……」と棺へ呼び掛けた。

 その時だった。


『おお、凜句。大きくなったなあ』

「なッ……!」


 嘘だ……幻覚、か?

 今そこに、棺の脇に、おじいちゃんがはっきりと立っている。棺の中に横たわっているそのまんまの姿で、顔のシワの一つさえも全く同じ。


『そのネックレス、お前ならばきっと大事に持っていてくれると信じていたよ』

「あ、当たり前だろ……! これは僕の宝物なんだ。おじいちゃんとは少ししか遊べなかったけど、テレビとかネットとか、おじいちゃんの活躍を遠くで見ていた。ずっと凄いなって思ってたんだ! 生きてるうちは言えなかったけれど……!」

『ああ、ありがとう、凜句。わしは、それが聞けてよかった。いつも誰かを苦しめているのではないかと、わしの言葉で傷つけているのではないかと、不安だったのだよ』

「どうして? おじいちゃんは未来視でたくさんの人を助けたじゃないか。皆おじいちゃんに感謝しているはずだろ?」

『凜句……。おお、純粋な、大切なわが孫よ。お前ならばこの力、きっと、人のために──』

「ッ!? ……おじいちゃん!」


 おじいちゃんの姿は、泡のように弾けて消えてしまった。

 その後僕が何度瞬きをしても、目を擦っても、──おじいちゃんの写真にネックレスを翳してみたり、例えば強く握り締めたりしてみても、もう二度と彼が姿を現すことはなかった。


 そして──僕は未来が視えるようになった。


 タイミングはいつも突然だ。食事中、入浴中、通学中でも授業中でもお構いなし。急に頭痛がしたかと思えば、僕の脳裏に未来の光景が浮かぶ。

 しかもその光景は、どのくらい先の出来事なのかもわからない。未来視の直後に起きることもあれば、一週間経って忘れた頃に……なんてこともあった。

 おじいちゃんの能力を受け継いだのだとわかった僕は、早速それを皆のために使うことに決めた──が。


「父さん、今日は車の点検に……ゲホッ、ゴホッゴホッ!」

「どうしたんだ、凜句? 風邪か?」

「いや、そんなこと無いと……」


 車の点検に行かない方がいいよ。帰りにパンクして、タイヤ交換が二度手間になるから。

 そう言おうとした僕の喉に、激痛が走る。

 なんだこれ? どうしてこんなことに?

 まさか、未来視した内容を人に伝えようとすると『痛み』を伴うのか?


「最近感染症も流行ってるだろう。この前まで上級生が学級閉鎖になっていたじゃないか。念の為、学校は休みなさい。母さんが買い物から帰ったら、病院に行くんだよ」

「ゴホッ……、わかったよ」


 喋るのがダメなら、文字で伝えよう。

 大人しく部屋に戻って、スマホで父さんにメッセージを送ろうとした。名案だと思ったのだけれど、メッセージアプリを開いて文字を打とうとした瞬間──


「ぐ……ッ! いっ、てぇ……! なん、でッ」


 指の骨が軋む。筋が悲鳴をあげる。

 まるで、目にした未来を誰にも伝えるな、打ち明けるなと言うように。


 それでも僕の頭に、諦めるという言葉は無かった。

 どうにか父さんにメッセージを送って、それからも未来視した危険は必ず人に伝えた。おじいちゃんだって同じ痛みを背負っていたのだろうが、彼は生涯占い師として誰かの役に立っていたんだ。僕だって、この力を人のために使わなければ。


 僕はプロム──パーティーの日に、講堂のシャンデリアが落下する未来を視た。どうしてこの未来視だけ日付を予測できたかって? ……クラスメイトの女子が、ドレス姿で下敷きになる光景を目の当たりにしたからだ。あれはきっとプロムのドレスに違いない。


「未来視? なにをバカなことを」


 彼女はちょっぴり有名人だった。何せ新人女優で、ネット配信されているティーンズ向けドラマでは今年主役に抜擢されてもいた。

 それでうっすら他の生徒を見下しているようなところがあった。私は芸能界で活躍してるの! ネットでも有名人よ! だから話しかけないでってな感じでさ。当然、僕も嫌われていたと思う。


 彼女はネットに僕の悪口を書いた。

『プロムの日に私がシャンデリアの下敷きになって死ぬだとか、ひどい妄想を言って私を困らせるの。おじいちゃんがアジアでは有名な超能力者だったか何だか知らないけれど、気持ち悪いったらありゃしない。声はガラガラ、手だって全部の指に包帯してる変な子なのよ。きっと病気でも持ってるの。金輪際、関わりたくないわ』

 ──その翌日、彼女はドレス姿で、シャンデリアの下敷きになって亡くなった。

 ネット番組の取材が来て……彼女のドレス姿を撮影したいと申し出たのだ。その凄惨な事故は、全世界へ向けてリアルタイムで配信されてしまった。

 ……彼女のSNSから僕が特定されるまで、時間はかからなかった。




 そんなことがあっては、もう前の学校に居られない。

 あんなに仲の良かった両親も離婚した。父さんが、おじいちゃんをすっかり怖がってしまって、その娘である母さんすらも信じられなくなったのだ。

 母さんは僕を庇ってくれた。僕を連れて、日本へ行くんだと言ってくれた。日本なら誰も僕のことを知らない。ネットで顔写真が拡散されていても、アメリカ人とのハーフである僕の顔を、大勢の中から見つけられる日本人なんてそうそういないだろうと。

 そうして日本に移り住んで、アパートで静かな二人暮らしを始めた頃──やけに大袈裟なずっしりとした封筒が届いたのだ。

『私立源陽學園転入案内』と、封筒にはそう書かれていた。

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