終章 流れる河 1
終章は構成上1話が短めに設定されております。
あと少しだけお付き合いください。
意識がはっきりしてくる。この村の呪いはほどけたと思ったが、あと少しのところで僕は自ら川へ身を投げてしまった。ここはどこで、誰に乗り移ったのだろう?
ゆっくり目を開けながら、体を動かしてみたり、自分の記憶を遡ってみる。
‥‥この感覚は、殻は―白瀬悠、僕本人のものに他ならない。乗り移りは起きていない。そりゃそうか。あれはほとんど自殺みたいなもの。あれで誰かに乗り移ってしまったら、乗り移られたほうがたまったものではない。
徐々に鮮明になってきた視界に写ったのは、白いトラバーチン柄の天井材と蛍光灯だった。鼻腔を微かに消毒液の匂いが突く。ここは病院、だろうか?
「気がついたかな」
聞き覚えのある声がした。顔を横に向けると、瀬森村長がいた。
「ここは隣町の常ノ口総合病院。いま、先生を呼んでくるから待ってなさい」
「‥瀬森さん、今日は何日ですか?」
村長は一瞬きょとんとした表情を見せたが、すぐに合点がいったという風に答えた。
「今日は八月十六日。午前十一時だ。君のいう『時渡り』は起きなかったようだよ」
そう言った後、もう一つ思い出したように付け加えた。
「それと、安心しなさい。沙耶ちゃんも無事だ」
様々な人から状況を聞き、整理できた内容はおおむね次の通りだった。
まず、沙耶の立っていた河原の地盤が崩落したらしい。そして、沙耶を追い僕が川へ飛び込んだ。ここまでは僕の記憶通りだ。僕が落ちてすぐ、健造さんも飛び込もうとしたが村長と神主に止められたらしい。三人はすぐに頭を切り替え、救急と消防に連絡をした。
『常ノ口の河川敷だ!』
過去のバケネコ退治による知見の蓄積だろうか、吉野瀬村域の十岐川へ流されたものは、常ノ口町の河川敷に流れ着きやすいのだという。三人は健造さんのライトバンに飛び乗り、常ノ口へ向かった。そして、地元消防団の協力もあり、流されてきた僕と沙耶を保護したのだという。そのまま、僕と沙耶は常ノ口町の総合病院へ搬送されたようだ。
「ふむ、一時的に気を失っていただけで、特に異常はないようだ。しかし、このあたりじゃ十岐川を『人喰い河』なんていったりするのに、流されてきて無傷か。きみ、ホントは河童か何かじゃないのかね?」
人の良さそうな医師が、検査機器とにらめっこをしながら、少し冗談めかしてそう話しかけてきた。
「河童じゃなくて、閨狐ですけどね」
「閨狐?」
医師は一瞬ぽかんとした表情になり、すぐに真面目な表情へ戻った。
「よくわからんが、まあいいか。君も彼女も今日には吉野瀬に帰れるだろう。念の為、向こうの診療所に紹介状を書いておくからね」
‥‥『君も彼女も』か。瀬森村長から聞いてはいたが、沙耶も助かったんだな。実感が湧いたのか、全身が脱力するような安堵感がこみ上げる。沙耶に会いたい。
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