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廻る刻の河  作者: 餅丸
第六章 還る狐
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第六章 還る狐 7

 僕は健造さんをじっと見つめる。

「健造さん、実のところ、僕はもうこの村のバケネコの呪いは解けたと思っています。なぜなら、あなたは初めからバケネコを還す事を迷っていた(・・・・・)。あなたがバケネコ封じを正しいと認識するその拠り所は、伝承に裏打ちされた理屈でも、村全体を統治する秩序でもない。家族のため。それだけですよね」

「俺ぁ‥‥村長や宮司みてぇに学もねえ。だから、大層な理屈を並べられてもそれが正しいのかわからん」

 健造さんは厳しい顔を崩さない。

「いえ、僕が五回繰り返した夏祭りの中で、健造さんだけはバケネコ退治に積極的ではなかった。二回目、僕が沙耶として迎えた夏祭りの夜、健造さんは沙耶()が瀬森村長に落とされそうになるのを止めようとした。そして四回目、僕が猪俣神主として迎えた夏祭りの夜、健造さんは閨狐であることを告白した猪俣神主()に対して、『額に紋があるバケネコ?閨狐?だからちゅうて、ガキの頃から知っとるあんたを還すだなんて』と最後まで躊躇っていました。あなたの感性はとても常識的なはずです」

「そん記憶はないが‥‥もし同じ状況になったらそうなるのかもしれん‥‥」

 健造さんは深く考え込む。

「あなたの脳裏には、姉の川名明美さんの事が焼き付いていると思います。バケネコが罰せられなかった事例が。そして、それを深く悔いていたあなたの父親の苦悩の記憶です」

「それも‥‥俺の記憶から引っ張り出したんですかい」

「これは、あなた自身が猪俣範理さんに語ったエピソードです。あなたの姉、明美さんは村外から来た従業員と駆け落ちして、その二年後に亡くなった。ギャンブル癖で首が回らなくなっての無理心中だったとあなたの父親は聞いた。自分が彼をバケネコと断じる覚悟があれば、明美さんを救えたと、そう悔いた。本当にそうだったんでしょうか」

 僕は周りの反応を少し窺った。

 口を開いたのは沙耶だった。

「‥お父さん、明美さんと私のことを重ねてるの?私がこの村を捨てて出ていって、不幸な人生を送るかもしれないって」

 健造さんは何も答えない。

「私は、自分で決めたい。川名の家名やお父さんお母さんが自分の運命を決めるなんて、私は嫌だ。まして、私が巡り会った人が勝手にバケネコと決めつけられて殺されて、それで私の人生が変わるなんて、我慢できないと思う。伯母さんもそうだったんじゃないのかな?」

「沙耶‥‥」

「私ね、この村で生まれ育って、バケネコの事はつい二日前まで知らなかったけど、この閉塞感が、変化に対する抵抗感が、嫌でたまらなかった。この村を出たくて、村外の大学にわざわざ行かせてもらった。でも、今日思ったんだ。閨狐、バケネコ、よそ者。これを排除してきた歴史が、この雰囲気を作っているのかなって。それを担ってきた瀬森家、川名家、猪俣家が一番その毒に染まっているのかもしれない」

 瀬森村長が、猪俣神主が深く頷いた。

 僕も口を開いた。

「実は、沙耶さんから伝言を預かっています。いまここにいる沙耶さんではなく、僕が健造さんに乗り移ったループで言われた言葉です。『本当に家族を守りたいなら、伝統とか務めとか関係なく、お父さんが正しいと思うやり方で守ってよ!』と。健造さん、あなたは、街から自分の娘が連れてきた若者がバケネコだったらどうしようと悩み、猪俣さんへその悩みを打ち明けたりもした。でも、自分の運命を、自分の家族の幸せを因習や伝承に委ねるのは、きっと思考放棄にほかならない。だから、あなたがやるべき事は、家族を信じ、あなた自身を信じることじゃないかな、と僕は思います」

 健造さんは少し黙ったあと、おもむろに口を開いた。

「御狐さん。あんたの言う通りかもな。川名の家は今じゃ建築も土木もやるけど、その本流は治水だ。治水っつうことはこの川の流れを正しいものにすること。そんで、俺たちが先祖から聞いて引き継ごうとしているこの因習が川を汚して、同じところをぐるぐる淀ませているなら、それをあるべき姿に戻すのも治水の家、川名の務めってことなんだろうな」

 健造さんの表情にはまだ迷いが見えた。そして、変わらず川名という『家』を大事にしている考え方も垣間見えた。でも、それでいい。たぶん、彼は悩みに悩み抜いて正しい答えを探し続ける。

 これで、きっとこの村はねじ曲がった伝承から解放されただろう。


 かすかに地面の震える音がした。木の根が切れるようなぶちぶちっという音もする。背に向けた川の方をうかがうが、特に変わった様子はない。

 次の瞬間、地鳴りの音がすぐ近くで聞こえた。

「!?」

 僕の斜め後方に立っていた沙耶の足元の地面が音を立てて崩れる。

「沙耶!」

 沙耶が手を伸ばす。健造さんがイノシシのように走ってくる。しかし、僕は健造さんより遥かに早く飛び出し、落ちていく沙耶を追って川へ飛び込んだ。自分の手が沙耶に届いたかどうかは定かではない。今までと違ったのは、冷たい水面の感触が顔を確かに打ち付けたあとで僕の意識が消失したことだった。

お読みいただきありがとうございます。

第六章はこれで終わり。終章1話へ続きます。

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