第六章 還る狐 4
戌の刻、十岐河原。物陰に潜んで様子を窺う。
健造さんが、猪俣さんが、瀬森村長が河原へやってくる。
「川名さん!あなたか?こんな悪趣味な悪戯は」
「まさか!猪俣さん、あんたじゃないんですか?こんな古語調の文章を書けるのは」
「それを言うなら村長、あんただって怪しいじゃないか」
三人は手紙を握りしめながらお互い顔を見合わせている。
役者は揃ったな。それでは開演と洒落込もう。
「ようこそおいでくださいました」
僕は物陰から姿を現す。キツネの面で顔を隠しているが、甚兵衛で健造さんからはバレバレだろう。ただ、それを言わせない雰囲気が今この場を支配している、そう思えた。
「バケネコ封じという間違った宿命に縛られて川を淀ませる皆さん、今日こそ、この呪いを解き放ちましょう。そして、十岐川の流れをあるべき方へ戻しましょう」
そして、沙耶を手招きする。
「もう一人、次代の吉野瀬を背負う方として彼女もここに立ち会う権利が、そして義務がありますね」
沙耶はおずおずと姿を現す。健造さんは明らかに狼狽した様子だったが、声にはならなかった。
「あ、あなたはいったい誰なんですか」
神主が言葉を発する。
「あなたがたが『バケネコ』と呼ぶものです。いえ、正しくは閨狐と呼ばれていたものですが」
「閨狐は、バケネコは人に災いを為すから滅する、そう聞いているぞ。『間違った宿命』とは聞き捨てならない」
その論調だろうな。
「‥‥では伺います。バケネコが人に為す災いとはなんですか?」
「何って‥‥」
「人をたぶらかす」
「それと‥人を詐欺にかける、とか?」
三人が口々に言う。
「ここに近年のバケネコ退治の目録があります」
僕は『化閨狐記録帖』を取り出した。
「『昭和三二年 村内三軒放火の男、化猫と断定す
昭和三七年 祭具を壊して逃亡せし二人組、化猫と断定す
昭和四一年 夫を毒殺した疑いの後妻、化猫と断定す
昭和四四年 産廃不法投棄業者、化猫と断定す
昭和五二年 ゴルフ場開発業者、化猫と断定す
昭和五九年 村娘を傷物にせし地質調査員、化猫と断定す』
彼らは、化猫と断定されると一様に夏祭りの夜、十岐川から突き落とされたと言います」
「ろくな連中がいないな、バケネコには」
瀬森村長が呆れたように言う。
「違うんですよ、瀬森さん。バケネコにはろくな連中がいなかったのではない。ろくでもない連中をバケネコと断じてきただけの話です」
僕は『十岐奇談拾遺』を取り出しながら続ける。
「そもそもバケネコ、元は閨狐と呼ばれていましたが、この閨狐の起源をご存知ですか?閨狐は、かつてこの十岐河畔に住んでいた、色白で容姿の美しい一族です。彼らがとても美しいので、近隣の村人はこの一族の娘を拐かしたり、契ったりした。時には力ずくで無理やりね。妻子があるものも関係なかったといいます。それだけ、この一族は人を狂わせる美しさがあったのかもしれません」
誰かが唾をごくりと飲む音が聞こえる。
「近隣の村の女たちは、当然この一族を妬みました。自分の夫が、恋人が、想い人が、どこぞの女どもに入れあげて骨抜きになり自分を見向きもしなくなる。やがてこの一族は蔑称で呼ばれ始めます。男たちを寝取る、『寝屋』の『女狐』。即ち『閨狐』です。そして、その蔑称の拡がりとともに彼らへの迫害も拡がっていきました。これが『閨狐』の。『バケネコ』の始まりなんです」
「ちょっと待って。今の話を聞くと、ただ容姿が綺麗なだけで嫉妬から虐げられただけ、ということになるじゃない」
沙耶が口を挟む。
「そうですよ?」
僕は一呼吸おいて続けた。
「閨狐は、本来人に害なす存在ではなく、人に迫害された被害者だと言っているのです」
「ここで、先ほどの化閨狐記録帖を見てみましょう。罪状は祭具を壊したり、夫を毒殺したり、産廃を不法投棄したり、土地詐欺を働いてみたり、様々です。美しさ故に嫉妬され虐げられた閨狐のストーリーとはまるで似ても似つかない。その代わり、全て結びの言葉は『化猫と断定す』で終わっています。‥‥いったい、誰が断定したんでしょうね。ここにお集まりの御三方、いや、川名沙耶さんも含めれば四人になりますか。皆さんはお分かりのはずです。‥‥そう。瀬森家と川名家がそれを断じてきたのです」
沈黙は僕の話が受け入れられている証左だろうか。
「ではなぜ瀬森と川名がバケネコを断じるようになったのか。猪俣はそこにどう関わるのか?それを証明するのがこの手記です。猪俣範理さん、あなたはこれを伝聞ではなく、原文で読むべきです」
僕はそう言って猪俣範頼の手記を神主に手渡した。
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