行ってきます海!ただいま地上!
連続投稿3話目。
「…ーラ!ユーラ!」
はっ、と聞きなれた母親の声で正気にもどる。目の前にはくすくすと上品にお笑いあそばされているマーメイドクイーン様。ちらっと母親の方に「聞いてないよ!」と目配せすると「言ってなかったっけ?」とおっとり首を傾げている。
「ふふふ、あの子は親となってものんびり屋じゃのぅ〜。大きくなった人魚の子が地上へ行くのは古より続くしきたりなのじゃ。そなたの親も他の子らも行ったことがあるのだぞ」
へ〜そうなんだ〜とどこか他人事のように聞きながらどうやら拒否は出来なさそうだと理解し始めたユーラ。
「えっと…具体的にはどれくらいの間地上へ行けばいいのでしょうか?あと、地上へ行って何をすればいいんですか?」
「そうじゃのぅ〜。期間は特に決まっておらんが、みな最初は楽しいようでそこそこ帰ってこん。中には住み着いたものもおるぞ?あとは大体10年程で飽きて戻ってくるのじゃ。」
目をつむり、軽く考えこんだ女王は記憶を掘り起こしながら答えた。
「それにしてもそなた、珍しいのぅ。子どもらは地上の事をある程度知ると、『行ってみたい!』とそれはもう目をキラキラさせるものじゃが」
それはそうだ。知らない世界があるのなら冒険してみたいのが子ども心。しかし、ユーラには前世の記憶があり、そこでは海の中に夢を馳せていたのだから今さら地上に行きたいとは思わない。
思い返してみれば確かに地上に関する事も教えて貰っていた………が、太陽がある事や、毛のある動物の話、お金についてなど、大雑把な内容だったためユーラは軽く流していたのだ。本来ならここで「行ってみたい!」「大きくなったらね」といった応酬があったのだろう。しかし、いつもなら目を輝かせて話を聞いてくれるユーラの反応が薄かったため大人達もそれならばと別の知識を披露していたのだった。
「まぁ、どうしてもすぐに帰りたくなったなら帰ってくればよいが……。せめて近くの港町までは行ってみるとよいぞ。みな、そこにはたまに遊びに行くくらいには楽しいようじゃからな。そなたは術や歌も優秀と聞いておるから早々困り事にはならんと思うぞ?」
そう女王様に言われ、ユーラは「まぁ、久々にお肉とか美味しいもの食べたいし行ってみるか!」とわりと俗物的な理由もあり、
「はい!」
と元気よく返事をしたのだった。
女王様が帰ったあとは旅立ちの準備に大忙しだった。
周囲の家の人達に挨拶をしたり、地上で過ごすための衣服を用意したり、保存食になりそうな海藻や魚を集めたり…。荷物が多すぎて持てるかな?と思いユーラが母親に尋ねると
「あぁ、そうそう!わすれてた!」
と、倉庫をゴソゴソと探って見つけ出してきたのは小さな肩掛け鞄だった。
「これにはお呪いがかかっていて荷物を沢山いれられるのよ!ここだとあまり使わないから外にいく子に持たせるのよね〜」
ユーラは「便利だなぁ〜。どう作ってあるんだろう?」と思いながら受け取り、荷物を入れてみると確かに入れた物がフッと消えた。
「お母さん!?入れたの消えちゃったけど!?」
ユーラが慌ててカバンを開きながら母親に近寄ると、
「あぁ、手を入れて出したいものを思い浮かべると出てくるわよ。入れた物を忘れちゃった時は、何入れたっけ?って考えながら手を入れると入ってる物が分かるようになってるわ」
と、今さらな使い方の説明をしてくれた。「先にいってよ…」と無駄に慌てた事を照れながらユーラは荷物を詰めていった。
いよいよ準備が整った出発の日、早朝。
「ユーラ、これを持っていきなさい。」
父親から差し出されたのはアンティークなランタンのような形をしているが、中は針がある1点を刺し続ける…いわゆる方位磁針のようなものだった。
「これは『ナビゲータ』と言われる道具でな、行った事がある場所を念じる事でその場所を指し示してくれるんだ。今は、父さんが行った事のある港町を指している。ここからならまっすぐ進めば丁度いい浜辺もあるから針を見ながら進みなさい。」
ナビゲータが好みのデザインだったユーラは嬉しそうに受け取る。
「ありがとう!お父さん!」
素直にお礼を言うと「うん、気をつけて行ってらっしゃい。」と、父親も嬉しそうに返してくれた。
「お母さん!お父さん!みんな〜!いってきま〜す!」
元気に手を振るユーラを揃って見送る大人達。今生の別れでもないのに目が潤んでしまったユーラはそれを隠すようにぐんぐんと進んでいくのであった。
貰ったナビゲータを頼りに進んで行くと段々地面と水面の距離が近くなってゆく。やがて見えてきた久々の陽光に懐かしさを感じながらユーラは水面に顔を出した。
「ぷはっ!」
水中でも息が出来るから息継ぎの必要はないが、前世のくせでユーラは思い切り息を吸い込む。キョロキョロと辺りを見渡すと父親の言う通り人気のない浜辺が近くにあるのを見つけた。
浜辺の奥には森が広がっており、見つかりにくそうな場所だった。ユーラは、一応浜辺の中でも岩場の影になっている所へ上がり鞄から下半身を隠す為のパレオを取り出す。巻き終わったユーラは「よし!」と気合をいれ、
「〜♪」《呪唄》
どこか不安になるような音の鼻歌を歌い始める。すると段々とヒレだった下半身がみるみるうちに人間の下半身へと変化していく。
これは近所のお姉さん達(年齢不詳)から教えてもらった歌のひとつで自分や相手に、念じた状態異常を付与できる歌だ。物騒な名前だが、「ヒレよ足になってしまえ!」といった事にも対応してるあたり便利な歌である。
ユーラは他にもいくつか歌を教えて貰っているが、歌は歌い手の表現力、想像力がしっかりしていなければ発動しなかったり失敗しなかったりしてしまう。その点、ユーラは前世の経験もあり、想像力が高く、歌を使いこなすのも早かった。
「カンペキ!」
ユーラは完全に足に変わったヒレを満足そうに眺めたり動かしたりすると鞄から母親からおさがりでもらった短パンと靴を出して履き、立ち上がった。確かめるように2〜3歩動いてみる。久々の足だが問題なく歩ける事を確認すると、
「いざ!町へしゅっぱ〜つ!」
と元気よく森に向かって歩き出した。
あらすじにあうよう地上→海→地上までを一気にあげました。これからはのんびり投稿して行けたらなぁと思います〜。