10.問題
「ここです」
『レイラの兄』との待ち合わせ場所だとジーンに連れてこられたのは、とあるホテルのテラスだった。三階建の立派な洋館であるそこは、広々としたベランダがあり、そこから隣接した庭園を見渡すことができる。
ベランダには華奢なテーブルと椅子が1セット置かれており、そこには一人の少年が腰掛けていた。
「やぁ、こんにちは」
こちらに気づいた彼は、にこやかな笑みで立ち上がる。
清潔に整えられた金髪に翡翠の瞳。やや背は低めだが、その容姿はとても整っていてまるで砂糖菓子でできた人形のように甘い印象を受ける優しい顔立ちをしていた。
「そちらの方は?」
しかしその瞳は外見を裏切りどこまでも冷静そのものだ。彼はミモザの姿に目を止めるとそう静かな声で尋ねた。
「こちらは僕の友人のミモザさんです。確か助っ人を頼んではいけないというルールはなかったでしょう?」
「どうも、ご紹介に預かりました。『友人』のミモザです」
『友人』の部分を強調しながらミモザは丁寧に礼をした後に胸を張った。
彼はそんなミモザの様子を少し不審そうな目で見た後、
「はじめまして、俺はレイルと申します」
と優雅に礼をしてみせた。
「もちろん、助っ人を頼んでいただいても構いません。しかし……」
そこまで言うと彼は表情を曇らせて言い淀む。
「念のための確認ですが、彼女と恋人関係ということは……」
「ありえません!」
めいいっぱいジーンは否定した。
「絶対にありえません! 第一ミモザさんは既婚者ですよ!」
「……そうですか」
レイルはその言葉にほっと胸を撫で下ろす。
(……うん?)
ミモザはその態度に内心で首をひねった。
彼は妹とジーンの交際を反対していたのではなかっただろうか。
だとしたらミモザとジーンが恋人だったとして、何も支障はないはずだ。むしろこれ幸いと難癖をつけて二人の仲を引き裂くこともできるかもしれないのだから、歓迎すべきだというのに。
(なんで恋人関係じゃないと言われて安心するんだ?)
「ではミモザさん、とおっしゃいましたね。俺の方からゲームの説明させていただきましょう」
「……ゲーム、ですか?」
「ええ、ゲームです」
ミモザの疑問をよそに、彼はにこりと温度のない表情で微笑んだ。
「こんなもの、ゲーム以外の何ものでもありませんよ」
「はぁ……」
なんとコメントをしたらよいものか。ひとまずミモザは曖昧に相づちを打った。
「こちらに、五人の女性がいます」
そう言って彼はベランダの下に広がる庭園の方を手で指し示した。
見ると確かに、庭園にはツバの広い帽子や日傘を差した女性達がちょうど五人、みなそれぞれ花壇を眺めたり、庭園のベンチで休んだりをして過ごしている。
しかし角度的に上から見下ろす形になるミモザたちからはその顔を見ることはできない。
「この場にいる人間のうち、誰が本物のレイラなのかを当ててもらいたいのです」
「はぁ……」
「もちろん、庭園に行くのはなしです。あくまでヒントはこの位置から見た光景のみ、です」
にこり、と彼は微笑んだ。
「本当に愛しているのならば、この程度、当てられるはずですよね?」
それはどこか投げやりで、本当に当てられるとは思っていないような声音だ。
ミモザはベランダの手すりに手をかけて身を乗り出して庭園を見下ろした。
(難題だ……)
なにせ本当に豆粒程度にしか女性達の姿は見えないのだ。その上顔も見えないのでは、体格や仕草から判別するより方法がない。
しかし体格と言っても、五人の女性はみんな同じくらいの背格好だった。
「どうですか? ミモザさん」
頭を悩ますミモザに、ジーンが背後から声をかけてきた。
「解決策は思い浮かびそうでしょうか?」
「そうですね……」
確かに正攻法では難しい。しかしズルをしようと思えばできないわけではないだろう。
例えばバイトを雇って庭園に行ってもらい、一人一人の顔をそれとなく確認してもらうことはできるはずだ。そしてあらかじめ決めていた合図をさりげなく出してもらえば、レイルにバレないようにレイラの特定は可能なはずだ。
何にしてもとりあえずは一時撤退して打ち合わせが必要だろう、とミモザが「では今回はこれで」と言う前に、
「実はこのゲームにはもうひとつ問題があるんです」
とジーンがそう告げた。
「問題?」
振り返って見たジーンの顔は、非常に深刻そうだ。
「ええ、実を言うと、僕はもうすでにひとつの答えを出しているんです。そしてその答えに自信がある」
ミモザは驚く。つまりジーンはすでにレイラを特定していると言うことだ。
しかしそれならば、
「じゃあそれを伝えればいいじゃないですか」
そう言うミモザにジーンは首を横に振った。
「伝えました」
「はぁ」
「違うと言われました」
「……それは単純に間違っていたのでは?」
「いいえ!」
ジーンは断言する。
「僕はここ最近ずっとレイラさんと過ごしていたんですよ! そんな僕が見間違えるはずがないんです! 彼女の好みの刺繍の柄や服の好み! そして髪を少し耳にかける仕草や歩き方! そのどれもを僕は鮮明に記憶しています!!」
ミモザはドン引きした。
「へ、変態だ……」
「真っ当な恋する男子ですよ!」
「自分で『真っ当』と言い切る人は信用できませんよ……」
そう言うとジーンは何故か憐れむような顔でミモザのことを見た。
「お可哀想に、ミモザさん……。あなたにはスタンダードな恋愛というものがわからないのですね。いえ、皆まで言う必要はありません。なにせあの方と付き合うに至った過程を僕は知ってますから。いろいろと規格外のあなたには少し難しい話でしたね……」
「…………」
ミモザの方が普通ではないと言わんばかりの口調である。否、普通ではないと言い切っている。
大変遺憾である。
しかしミモザに反論することはできなかった。
それはジーンの言い分を認めたわけでも、ミモザに普通の恋愛がわかる自信がなかったわけでもない。
「でも重要なのはそこではないんです。問題はあの庭園にいる五人。あの中にはレイラさんがいないということです」
「……は?」
続けられたジーンの言葉が不穏だったからだ。
「どういうことです?」
思わず聞き返したミモザに、ジーンは真っ直ぐな目をして言った。
「言ったとおりです。あの五人の中にはレイラさんはいません」
ミモザは勢いよく背後にいるレイルのことを振り返る。
すると彼はミモザの視線を受けて静かに首を振った。
「ジーンさんはそうおっしゃるのですがね。しかしこの場に確かにレイラは存在しています。そうでないとゲームが成り立たないでしょう?」
そう告げるレイルの表情はどこまでも人形のように作り物じみていて、腹の底を覗かせないものだった。
「…………」
ミモザは再び無言でジーンのことを見る。
「で、でも! 絶対にいないんですよ!」
「大丈夫です。疑ってません」
ジーンの発言はちょっとアレだが、しかしだからこそ、信憑性がある。
金髪美少女にこだわる彼の言うことだ。馬鹿にはできない。
しかしレイルが嘘を言っているようにも思えないのだ。なにせ本当にレイラが存在しないとするならば、それはレイルが仕込んでいたということであって、ジーンがそう言い出した時点である意味では狙い通りなのだから「ハズレです。あなたは妹にふさわしくない」とでも言い放ってこのゲームを終わらせればいいのだから。
けれど彼はそれをせず、「この場にレイラはいる」とだけ伝えてゲームを続行している。
それはある種の公平性であり、彼が真面目にゲームを取り仕切っているということでもある。
「質問なのですが、回答の回数は何回までですか?」
「一回までです。五回答えていいのならば、端から順番に答えていけば良いだけになってしまいますから」
「なるほど」
レイルの返答にミモザは頷く。
つまり、このゲームはあの五人の中の一人を指名するまで続くということだ。
「うーん……」
もしくは、あの五人の中に『レイラがいない』ことを証明する必要があるのかも知れない。
(それだけじゃあ納得しなさそうだけど……)
どうやらこのゲームのキモは『レイラを当てること』ではなく、『レイルを納得させること』のようだ。
少なくとも当初ミモザが考えていたような方法では解決しなさそうである。
ミモザは困ってチロのことを見た。
チロは無言で肩をすくめてみせた。その態度はくしくもレオンハルトの仕草にとても似ていた。




