9.『友人』の頼み
ジーンの思いを寄せる女性の名はレイラという少女だという。
案の定、美しい金の巻き毛とエメラルドのような緑の瞳をした美少女で、男爵家のご令嬢だという。
街の警備をしている際に暴漢に絡まれているところを助けたのが縁で仲良くなったらしい。
「男爵家のご令嬢が出歩いていたんですか? 一人で?」
「庭園へ行くところだったようです。途中までは馬車だったみたいなんですが、少し散策をしようと降りたところで絡まれてしまったと。彼女の家はそこまで裕福というわけではないらしく、家の所有の馬車に乗っていたわけではなかったようです」
かなり裕福な伯爵家の末っ子であるジーンの言である。ミモザからすればそのレイラ嬢もそれなりの富裕層だろう。
まぁ、最近はあの実力主義の第一王子が国の手綱を握っていることもあり、貴族がちょっとしたお供だけを連れて外出したり、事業を展開してみたりというのが流行ってきている傾向はある。
投資だけではなく自らの手腕で、と労働や地に足をつけた生活を肯定する層が増えてきているのだ。
そうでないと生き残れない政策を推し進められそう、という第一王子の圧力もあるのだろう。
そういうご時世だということだ。
「彼女はその庭園がお気に入りのようでして、散策のコースのようなんです。それで街を巡回している僕とは度々顔を合わせるようになりまして……」
「ストーカーは犯罪ですよ?」
「違いますよ! 割り振られた巡回のルートなんです!!」
見かければ挨拶を交わすようになり、次第に雑談をするような仲になり、そして休憩時間にお茶をするようになったらしい。
「絵に描いたような順調な距離のつめ方ですね」
「そうでしょう、そうでしょう。ミモザさんとあの方のような奇妙な距離感ではなく、真っ当な交友の仕方でしょう?」
若干得意げに言うジーンにミモザはうなる。確かに不審なことのない文句のつけようがない交友である。
「ーーで、それの何が問題なんです?」
であるからこそわからない。ジーンが表情を曇らせる要素などいままでの話からはうかがえないからだ。
「それが……」
ミモザの質問にジーンは声を落とした。
「彼女の兄に、会うことを禁止されてしまったんです」
「へぇ? それはまたどうして?」
ここまでの話で会うことを禁止される要素などなかったように思える。
ジーンは首を横に振った。
「どうやら彼女には縁談の話が持ち上がっているようでして……。疑われるような相手との交流はまずいと」
「あー……」
平民であるミモザには縁遠い話だが、貴族には婚約だのなんだのといろいろとあるのは有名な話だ。
(でも……)
「それってジーン様よりも条件の良いお相手なのですか?」
ミモザは首をひねる。
細かいことはわからないが、ジーンはそれなりに結婚相手として悪くない相手に思える。
一番の末っ子で家を継ぐことはできないが、王国騎士団に所属する高級取りであり、精霊騎士の身分を持っている。その上、中央学園の卒業生であり、王国騎士団団長の弟子という出世を約束されているようなエリートだ。
将来手柄を立てて自力で騎士以上の爵位を得てもおかしくはない。
高位の貴族ならともかく、家の持ち馬車がなく一人で散策することを許されるような男爵家のご令嬢であればなかなかの好条件ではないだろうか?
「詳しくは教えてもらえませんでしたが……、彼女のご両親がなんとか繋いだご縁とかで。断りづらい相手なのは確かなようです」
「あー……」
身内か知り合いのツテで縁談が持ち上がった相手なので、いまさら好条件な相手が出てきたから破談、というのは不義理すぎてできないということか。
「それ以外にも彼女には何か悩みがあるようで……。詳しい内容までは教えてはくれなかったのですが、『出来の良い兄』と比較されることにも悩んでいるようでした」
「…………」
それはなんとも『出来の良い姉』と比較されて育ったミモザにとっては身につまされる話である。
なんとコメントしたものか、と悩むミモザに、
「ミモザさん!」
とジーンは勢い込んで言った。
「はい?」
「あなたが今回の件で僕に恩義を感じていると言うのならば、少し協力してくれませんか?」
「え? ええーと……」
「実は彼女の兄からある『問題』を出されているのです。それが解ければ彼女との逢瀬を許す、と。おそらく僕よりもミモザさんのほうがこういったトリッキーな問題は得意かと思うんです!」
「えー……」
(一体どんな厄介な『問題』を出されたんだ……)
ただでさえ『第三の塔の薬草栽培』などという厄介な問題を押し付けられているミモザである。これ以上ややこしい問題など背負い込みたくはない。
一体なんと言って断ったものか、と視線を泳がせていると、
「こんなこと、気心の知れた友人にしか相談できず、困っていたんです」
というジーンの言葉が耳に飛び込んできた。
「え?」
「こちらの街には赴任してきたばかりで周りは先輩ばかりですし……」
「え、いや、ちょっと待って!!」
続けられるジーンの言葉をミモザは制止する。一体なんだ、と怪訝な顔をする彼に、ミモザは顔を真っ赤にして問いかけた。
「今、『友人』って言いました!?」
「え……、言いましたけど……」
「ゆ……っ」
(『友人』……っ!!)
そのなんと甘美な響きだろう!
この世に生まれて十余年、その称号で呼ばれたことなどただの一度もないぼっちのミモザである。
ただの一度もなかった、ぼっちのミモザが、である。
(『友人』……)
瞼を閉じてその余韻を噛み締める。
(これは、ぼっち脱却と言ってもいいのでは……?)
いいだろうか?
いや、いいに決まっている。
「あのー、ミモザさん……?」
突如、目を閉じて動かなくなってしまった『友人』の姿に、彼はおずおずと声をかける。
「どうされました?」
「あ、いえいえ、なんでもありません! いやちょっと、ちょっと、なんでもないんで! 大丈夫です!」
「はぁ……」
によによとにやける不審な様子の彼女に不気味なものを感じている様子だったが、ミモザが不審なのはいまさらと思い直したのか、彼は尋ねた。
「それで、引き受けていただけますか?」
「ええ、請け負いましょう! なにせ僕はあなたの『友人』ですから!」
元気いっぱいにミモザは頷いた。
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