7.初戦と覚醒
コンテナを破壊する音が周囲から鳴ったのと同時、エルは床を蹴った。一歩床を駆ける度に、血が跳ねる。マギアがコンテナ内へと侵入してくると同時、エルはコクピットへと飛び込んだ。
マギアがこちらへと飛びかかってくる。シートに腰を下ろしきるよりも早く、エルは脇にあるレバーを思い切り引く。
コクピットが機体内部へとスライドし、格納される。搭乗口がその口を閉じた。と同時、鈍い音を立ててマギアが、マギクラフトの胸部装甲へと激突した音が響いた。
「っ……」
エルの背筋に、冷たい汗が流れた。
搭乗口が閉じられた事で、コクピットの内壁に変化が起こる。先ほどまでは不透明だったそこが、端から徐々に透明化していく。機体外部の様子がうかがえるようになる――電気の有無によって透明・不透明を切り替えられるMSGによる作用だった。
と、そこに広がっていたのは、指、指、指。何体もの蜘蛛型マギアが、機体に取り付いていた。
「ッ……!」
あまりの悍ましさに上がりかけた悲鳴を飲み込み、エルは、シートから伸びている有線のコードを、自身のグラスビュアに接続した。
エルには怯えている暇などなかった。機体のあちこちで、金属が悲鳴を上げていた。機体に取り付いたマギアが、その手を閉じ、万力の如く握り潰さんとしているのだ。
コードを接続した事により、グラスビュアのアプリケーションが起動する。機体と通信が行われ、視界に情報が付与されていく。幸いにも、機体はまだ起動したままだったようで、ロックなどは掛かっていなかった。
アイコの蘊蓄に感謝する日が来るとは……一瞬、そんな減らず口が頭を過る中。グラスビュアの同期が完了すると同時、エルは叫んだ。
「パージッ!」
グラスビュアを介して、音声が認識される。瞬間、機体全体の装甲を留めていた爆裂ボルトが起爆した。装甲が全て分離、落下する。貼り付いていた蜘蛛型も一緒に。
すぐさまエルは、フットペダルを踏み込んだ。身軽になった機体が、その隙を突き、地面を蹴った。群がってきていた蜘蛛型から脱する。
「ぐッ……!」
エルの身体に凄まじいGが掛かる。シートに身体が押し付けられる。体中の血管が破裂しそうな感覚に教われる。意識が黒ずむ。
機体はそのまま、近くの建物を潰しながら前へと転んだ。バラバラと瓦礫が散らばる。思ったように機体が動かない。
「くそッ……俺は単なるモニターだってのッ……!」
視界にマギクラフトに関する情報が表示されていた。エルが付けているグラスビュアは、マギクラフト操縦用のグラスビュアと類似性が高い。そのおかげでマギクラフトとグラスビュアの接続ができていた。
が、あくまでもそれだけ。ハードもOSも、戦闘用に特化されたものではないの。機能の多くが上手く稼働しなかった。
そしてなにより、
「スーツがない……!」
専用の、パイロットスーツがない。あれには、身体を締め上げて耐G能力を向上させる他に、それ自体が操縦桿としての役割がある。その手首・足首にはセンサーがあり、それによってもまた、機体の操縦が行われるのだ。
そのため、機体の動作はぎこちないの一言だった。……いや、例えスーツがあった所で、一般人のエルにまともに操作できたかなど、わからないが。
だが、それでも。
「やるしかないだろ、俺ッ……!」
エルは近くに転がっていたショットガンを拾い上げた。ぎこちない動作で立ち上がり、そして走る。
「おおおぉおおおおおおッ!」
潰れた運搬車――そこから追いすがってくる蜘蛛型の群れへ、今度は自分から突っ込む。ショットガンを連射する。マギアを複数体同時に吹き飛ばし、そして突っ切った。
そのまま、今まさに市民を襲わんとしていた蜘蛛型へと突撃する。
「こっちだぁあああああッ!」
グラスビュアを視線で操作してロックオンを行い、市民を襲おうとしている蜘蛛型へ、片端からトリモチをぶつけていく。こちらの存在に気付いた蜘蛛型が、エルの方へと狙いを変える。
蜘蛛型の群れを引き連れながら、エルは機体を走らせる。
「はぁッ……はぁッ……」
足を一歩踏み出す度に、あるいは引き金を引く度に、衝撃がエルを襲い、意識を刈り取らんとしてくる。だが、倒れるわけにはいかなかった。今ここで戦えるのは、自分しかいないのだ。
そして、ようやく。蜘蛛型を市民から引きはがす事に成功する。
「ここまで、来れば……もう」
――もう……いいんじゃないか?
エルの心に、そんな迷いが生まれた。
正規のパイロットが乗ったマギクラフト二機をあっさり倒した敵。それに対して、訓練も受けていない人間がここまでやってのけたのだ。もう、十分ではないか。やれるだけの事はやった。もう、自分は逃げてもいいんじゃないのか?
恐怖にエルが負けそうになった、その時。
機体に影が落ちた。
「……ぇ?」
空が、なかった。
エルが見上げた先には、巨大な掌だけがあった。エルの駆る機体を叩き潰さんと、投石機型の巨大な掌が振り下ろされていた。
――死。
エルはそれを知覚する。
視界から色が消えた。周囲から音が消えた。まるで、世界がスローモーションになったかのように、エルは景色を見ていた。
「俺、は……」
まるで走馬灯のように、様々な光景がエルの意識を駆け抜けた。
その果てにあったのは、エルの知らない光景。それは……ボロボロになって、傷つきながらも、戦う事を止めない男の姿だった。その背後には、助けを求める人々。
――俺は、何を考えてんだッ……!
もしここで逃げ出せば、蜘蛛型達はすぐにでも引き返し、再び市民を襲い始めるだろう。引き剥がすだけでは、不十分なのだ。戦うしか、ないのだ。
「俺は……俺はッ……!」
エルの内に、強迫観念にも近いほどの、強い感情が起こっていた。
エルの背後……シートの背後にあった鉄の塊。機体の頭脳とも言うべき集中演算装置の表面に、いくつもの緑色のラインが走った。
「――皆を、守らないと」
次の瞬間、エルから表情が抜け落ちた。と同時に、その眼に緑色の光が灯る。
エルの視線が、指が、足が、まるで独立した生物かのように動いた。視線によるグラスビュアの操作が行われ、指が操縦桿のトリガーを引き、足がフットペダルを踏み込む。
装甲をパージした機体。そんな中、残された数少ない武装である4基のアンカー。腰と肩に備えられたそれが、視線にて指定された位置めがけて射出される。アンカーの突き刺さった先は、遠方の地面。
機体背面のスラスターが稼働すると同時に、地面を強く蹴った。アンカーの繋がっていたワイヤーが巻き取られる。凄まじい速度で機体が地を駆ける。
凄まじいGがエルを襲う。体内のあちこちで血管が弾ける。歯を食いしばるその顔に、鬱血が起こる。眼に血管が浮く。視界が一瞬、真っ赤に染まった。だが、スラスターを全力で吹かせるのをエルは止めなかった。
エルの機体を投石機型の掌が掠めた。間一髪、掌が地面に叩き付けられる。
そして、凄まじい衝撃がエルの機体を吹き飛ばした。同時に、砕かれた地面が、砲弾となってエルを襲う。しかしその一つ一つを、エルははっきりと視認していた。
スラスターが、アンカーの巻き取りが、絶え間なく操作され続ける。スーツなし――十全に操作が伝わらないはずのその状況で、飛んでくる瓦礫の全てを回避する。
弾丸の雨が止むと同時、今度は反転。地面に叩き付けられたままの投石機型の掌へと一気に接近していく。攻撃の余波を受けながらもすぐさま回復した蜘蛛型が、こちらの行く手を阻むかのように攻撃を仕掛けてくる。
エルはそれを次々と、ショットガンで確実に撃ち落としていく。グラスビュアに表示された残弾数が減っていく。残り、5、4、3、2、1……そして最後の一発を蜘蛛型に喰らわせたと同時、目の前に道が開けた。
「――――――――ッ!」
咆哮が、エルの口から発せられた。
ショットガンを放棄すると同時、アンカーを一斉に射出する。投石機型に突き刺さる。スラスターを一気に点火し、最大速度で正面へと跳ぶ。
最後の武器――回転式の弾倉を備えたナイフを取り出し、凄まじい勢いで激突する。その瞬間、エルは操縦桿を思い切り前へと押し込んでいた。
機体がナイフを突き出す。深く、深く、投石機型の身体へ、その刀身が突き刺さった。
「――――――――ッ!」
エルの咆哮が、響く。
その指がトリガーを引いた。まるで炭酸飲料の蓋を開けた時のような……だがその何十倍もの大きさの音が、響いた。と同時に、ぼこり、と投石機型の身体が膨らんだ。
エルが敵に突き刺したのは、WASPナイフ。弾倉に込められているのは銃弾ではなく、ガス――これは敵を、内側から破壊するための武器なのだ。
弾倉が、ガチリ、と一つ回る。
エルは、何度も、何度も、引き金を引く。投石機型がまるで苦しむかのように、その腕を振り回した。振り回れた掌ごと、エルの機体が地面に叩き付けられる。コクピット周囲のガラス一面に、一斉に亀裂が入った。
MSGが動作に不備を起こし、あちこちが灰色に染まった。
だがエルは、引き金を引くのを止めない。引き金が引かれる度に、プシュゥと音が鳴り、投石機型の身体が、ぼこりと内側から膨らむ。
ガチリ、ガチリ、と弾倉が回転する。その間にも、エルの機体は何度も地面に叩き付けられる。ぶつけ、割れたエルの頭部から血しぶきが飛ぶ。MSGに走る亀裂が、ますます酷くなっていく。
アンカーが一本、また一本と抜け落ちていく。そして、エルが最後の一発を打ち込んだと同時、全てのアンカーが抜け、エルの機体は吹っ飛んだ。
しかし、それと同時。ついに限界を超えたように、投石機型が動きを止めた。そして、ぼこぼこと膨らんだその巨体が――内側から破裂した。
真っ赤な血肉が、あたりへと降り注いだ。
エルはついに、投石機型の打倒を成し遂げたのだ。
「……ぅ、ぐっ」
エルの口から、呻きが零れた。その目に緑の光は既になく、シート背後の機械もまた、緑のラインが消えていた。
エルの視界は、降り注ぐ血ではなしに、赤く染まっていた。身体中が、激しい痛みに包まれていた。
しかし、
「……まだ、ってか」
エルの視界に映り込む、最悪の影。まだ残っていた蜘蛛型が、わらわらと、機体へ集まってくる。だがもう、エルの身体は指一本動かなかった。今度こそ、もう限界だった。
蜘蛛型マギアが、エルの機体へと一斉に群がった。ひび割れた景色が、蜘蛛型に埋め尽くされた。
その時――目の前の蜘蛛型が、刀が貫ぬかれた。
「……ぇ?」
蜘蛛型が引き剥がされ、視界がわずかに開ける。そこに見えたのは、日の光を反射する、眩い程の銀色をした機体だった。
その姿を認識すると同時、ひび割れていた視界が全て、灰色に染まった。そしてエルは、意識を失った――……




