6.コンテナとパイロット
・修正(2015/02/15)
「第一話 5」:エルが意識を失っていた時間を、「一瞬」→「一体どれだけ意識を失っていたのか分からない」に変更。
エルの視線が周囲の人々と、アイコとの間を揺れた。
「俺は……」
立ち上がった彼の足が一歩、アイコの方へと踏み出され――しかし彼は踵を返し、走り出していた。横転したマギクラフト運搬車へと。
――何やってんだ、俺はッ……!
アイコだけでも背負って逃げるべきだと、そう頭ではわかっているのに……なぜか、身体が動いてしまっていた。自分でも理解不能な行動。しかし、その足は止まらない。
エルは運搬車へと駆け寄り、コンテナをよじ登り、なんとか、そこに出来ていた穴まで辿り着く。
「はぁっ……はぁっ……」
乱れた息のまま、その中を覗き込もうとしたその時、エルを振動が襲った。戦闘の影響か、コンテナが大きく揺れた。それにより、エルの足が空を踏む。身体が、暗闇の中へと落ちていった。
「かっ……はっ……」
衝撃がエルの身体を襲った。金属の床――コンテナの壁に身体を打ち付けたエルの息が、一瞬詰まる。ぶつかった音がコンテナ内に木霊した。
エルはなんとか、痛みを堪えながら立ち上がる。周囲は暗闇に包まれていた。唯一、コンテナの穴から差し込む光が、エルだけをスポットライトのごとく照らし出していた。
「はぁ……はぁ……」
なぜか、酷く息苦しかった。心音が早かった。エルが腕輪の巻かれた腕を持ち上げた。指先が何もないはずの宙をタップする。次の瞬間、グラスビュアのライトがオンとなり、周囲の景色を照らし出した。
暗闇の中に、ソレが浮かび上がった。
「……なん、だよ。これ」
エルの口から、無意識に言葉が溢れていた。見開かれた目が捉えたのは、
「――マギクラフトが、ない」
何もない、空間だった。
「……は、はは、ははは……!」
エルの口から乾いた笑いが溢れる。その場に崩れ落ち、自身の頭を抱えた。
「俺は、馬鹿だ……」
一体、何を期待していたんだろうか。ここにはマギクラフトが搭載されていて、でも乗り手がいなくて……なんて事を期待していたのだろうか。
「――ロボットアニメの、見過ぎだ」
アイコの事を言えない自分に、笑いが出そうになる。
答えはもっと単純だったのだ。マギクラフトなど、この三台目の運搬車には搭載されていなかった――だから、出撃もしなかったのだ。そんな、当たり前過ぎる現実だけがここにはあった。
……いや、この空間も全くの空っぽ、というわけではなかった。コンテナの中央には、随分としっかり固定されているように思う、高さ二メートルほどの、円柱形の金属塊があった。それはどこか、容れ物のようなもの見えた。
……が、そんな物はなんの役にも立たない。
全員を助けようだなんて、俺にはあまりにも欲張り過ぎた、分不相応な願いだったのだ――エルをそんな後悔が襲いかけた、その時。
――世界が揺れた。
鼓膜が破れそうな程の爆音と、衝撃がエルを襲った。コンテナが上下左右に振られる。エルは何度も身体を壁や床、天井にぶつけながらも、なんとか頭だけは守りきった。
気がついた時、コンテナの中央は、大きく陥没していた。そこには、装甲の一部が歪み火花を散らしている、マギクラフトが倒れていた。
コンテナ中央にあった、先ほどの金属製の円柱もまた、マギクラフトによって押し潰されていた。赤い液体が、残骸から滲みだしている――中に何が入っていたのかなど、今はもう知れなかった。
マギクラフトにより開けられた穴から、空が見えた。そこにはもう一体のマギクラフトがあった――巨大な腕に掴まれ、天高く掲げられていた。
……一体、いつの間に。
エルはすぐそこまで接近していた投石機型のマギアを見て、理解する。このコンテナに突っ込んで来たマギクラフトは、あの巨腕に殴り飛ばされたのだと。
そして、
――破砕音が、あたりへ響き渡った。
投石機型に掴まれ、天高く掲げられていたマギクラフト。それが握り潰され、砕け散った。
破片が辺りへと振り注ぐ。落下し、地面やコンテナの天井とぶつかって起こる金属音が、あたりで木霊していた。
コンテナの外、あちこちで今まで以上の悲鳴が……いや、断末魔が上がる。撃ち漏らしたマギアが、市民へと襲いかかり始めたのだ。
「……俺、は」
選択を間違えた――そんな後悔と絶望が、エルを苛む。アイコだけでも背負って逃げるべきだったのだ。
コンテナに突っ込んできた方のマギクラフトは、まだ完全には破壊されていなかったのか、ギギギと金属の擦過音を鳴らしながら身体を起こした。
エルは、無力だった。エルにはもう、願う事しか出来なかった。
――どうか、敵を倒してくれ。アイコを助けてくれ、と。
しかし、
「……え?」
マギクラフトはまるで後ずさるように、その機体を動かした。怯えるように機体の足を振り回し、集ってくる蜘蛛型のマギアを蹴り飛ばす。そのまま四つん這いになり、背中を見せる。
マギクラフトは、逃げようとしていた。エル達を置いて、この戦場から。
「……嘘、だろ」
エルは愕然とした。
「おい……ふざけるなよ……おい……」
その胸中に、熱い、粘性の高い感情が沸き起こる。それは、怒り。そして……渇望だった。
逃げるくらいなら――。
「――寄越せ、よ」
ぼそり、とエルの口から声が溢れた。それはとても低く、冷たい声だった。彼の口から出たとは思えぬ程に。
「だったら、それを俺に寄越せよ……!」
エルがそう口にした、次の瞬間。逃げ出そうとしていたマギクラフトの動作に変化が起きた。まるでもがき苦しむかのように、その場で暴れ始めたのだ。
「ッ……なんだっ!?」
自分のすぐ側をマギクラフトの巨大な鉄の拳が叩き、コンテナが歪む。エルはその衝撃にコンテナ内を転がった。
エルは我に返った。あと少し拳がズレていれば、死んでいた。
「何、やってるんだ俺は……!」
今からでも、アイコを連れて逃げるべきだ。
そう思い立ち上がった時、機体の動きが止まり、その胸部が稼働した。装甲が前へと迫り出し、コクピットが露出する。黒いスーツを纏ったパイロットが、そこから転げ落ちた。
コンテナの床に踞るパイロット。その様子は異様の一言だった。
「あぁ……ぁああああっ、ち、違う……ワタシは、ただ……恐れてなんか、ワタシは、逃げようとしたわけじゃッ……た、助けてッ……!」
「なん、だ……?」
エルが、何が起きているのか確かめるかのように、パイロットへ一歩近づいた。パイロットはその身体を掻き抱いていた。そして――その時は、訪れた。ぼこり、とその身体の一部が膨れ上がったのだ。
「あ……あ、ぁああ、あぁああ、ぁあぁああああああッ!?」
連鎖するように身体のあちこちが膨れ上がり、そして――破裂した。半壊したコンテナの壁、床、天井。その全てが鮮血に染まり、臓物が飛び散った。エルの身体が、真っ赤に染まっていた。
べちゃり、とエルの頬に貼り付いていていた肉片が床へと落ちる。一体何が起きたのか、エルには分からなかった。胃が一気に収縮した。エルはその場に手に着いて四つん這いになり、胃の中身をぶちまけた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
呼吸が速い。心臓も早鐘を打っている。辺りは酷い臭いだ。なんだこれは、なんだこれは、なんだこれは――エルを混乱が苛んでいた。
だが、エルに休んでいる間などなかった。
コンテナの外で上がった悲鳴がエルの耳へと飛び込んだ。悲鳴はあちこちで上がり続けている。そして、コンテナを這い上がってくる足音が四方から木霊していた。
周囲を見渡したエルの視界には、コンテナのあちこちに出来た裂け目に差し込まれる、無数の巨大な指が見えた。蜘蛛型のマギアがこのコンテナに集っているのだ。
と、彼の視界にもう一つのものが映り込む。それは、コクピット。マギクラフトは、今なおその搭乗口を開いていた。
望んでいたはずの機体。だがエルは苦みを堪えるように歯を食いしばった。先ほどとは状況が違いすぎるのだ。
先ほどまでは、正規のパイロットとマギクラフトが二機がいた。エルはそこへ、ただ加勢するだけだった。だが今は違う。エルしかいないのだ。勝てる、わけなどない。
しかし、選択肢もまた彼にはなかった。
「くそッ……!」
コンテナを破壊する音が周囲から鳴ったのと同時、エルは床を蹴った。




