8.管制室と一時帰宅
「……すごい、ですね」
グラスビュア越しにその光景を見ていた若い女性が言葉を零す。彼女の視界には、今まさに、戦闘訓練も受けていない学生が機体を操り、複数体のマギアを……それも大型の投石機型を含めた群れを、撃破した様子が映っていた。
今はもう戦闘は終了し、残っていたマギアに関しても駆けつけた応援部隊が殲滅を行っているが。
彼女はグラスビュアを額に上げ、椅子を回して振り返った。彼女がいたそこは、マギクラフト部隊の司令塔――STAGEの管制室だ。あたりでは彼女と同じように、グラスビュアを掛け機材へ向き合っている者達がいた。
「こうなるって、わかってたんですか?」
振り返った彼女の視線の先にいたのは、上司――司令官の男。その男は、学生が勝手に機体を動かそうとした時、機体にロックを掛けようとした彼女を止めたのだ。
男は白が混じり始めた髪を撫で付け、制帽を被り直す。白い手袋が、彼の目元を隠した。
「いや。あの時点で機体をロックし、木偶にしてしまうよりは……と思っただけだよ」
女性――オペレーターの彼女は疑う様子もなく、「なるほど」と頷いた。彼女が担当していた機体は既に全て沈黙している。彼女は黒髪をポニーテールに束ねていたゴムを外した。解けた髪が宙を撫でた。
「それにしても……稲木エル君ですか」
彼女が、学生の名前を呟く。彼がグラスビュアをマギクラフトのコクピットに接続した事で、情報が流れて来たのだ。彼女の視線は、名前や年齢、体重などと共に表示されているバイオリズムへ向いていた。
「こんなにも高い適正を持つ子が、見落とされていたなんて……」
マギクラフトは、誰にでも動かせるわけではない。
だからこそ日本は適正を持つ者を探すために力を尽くしており……そして、それゆえにパイロットは、雇用ではなく徴兵にて決まる。
「……先の戦闘の影響で、大きく精神構造に変化が起こったのだろう」
司令官がそう答える。適正は一定ではない。常に変化し続けている。突然目覚める事があれば……逆に、失う事もある。
司令官がその手を、オペレーターの頭へ乗せた。優しく、宥めるように。
「無理はしなくていい」
「……え?」
その時、ぽたり、とオペレーターの太ももに小さな滴が落ちた。彼女は自身の頬に振れ、ようやく自分が泣いている事に気付く。
「戦闘はもう終わった。今は泣きなさい」
オペレーターの表情が、くしゃっと歪んだ。彼女は、何度も言葉を交わし、共に敵を撃破してきた、自身の担当していたパイロットを失ったのだ。彼女は顔を伏せ、嗚咽した。頭に乗せられた手に身体を預けるようにして、泣いた。
司令官はもう片方の手で、制帽の鍔を下ろした。わずかに覗いた目は、ここではない場所を見ていた――……
* * *
夜、玄関のチャイムが鳴った。
「ちょっとー、エルかココロー。出てー」
ツグナはいつものように自室で黙々とプログラミングを行いながら、そう叫んだ。口に咥えたままのタバコの火が上下に揺れる。が、
「今、お風呂ー! お母さん自分で出てー!」
返って来たのは娘、ココロのそんな言葉。どうやら息子の方はまだ帰って来てないようだ。寄り道をして帰るという連絡が入っていた事を思い出し、今頃アイコちゃんとよろしくやってるのかね、と笑う。
「仕方ないわね」
彼女は立ち上がり、研究用の、サーバと接続されていたグラスビュアを外す。普通のグラスビュアを取り出し、掛けながら、研究室兼の自室を出た。
「にしても誰よ。こんな時間に……」
廊下を歩き、ボサボサの髪を掻きながら彼女は玄関の扉を開いた。瞬間、彼女の動きが止まった。
目が見開かれていた。咥えていたタバコが玄関の三和土へ落下した。
玄関の前に立っていたのは複数人の、統一された制服を纏う男女。中でも一段上等な制服を纏い、制帽を被った男が口を開いた。
「我々はSTAGE所属の者です。……稲木ツグナさん、なぜ我々がここへ来たのか、わかりますね」
ツグナの表情が悲痛に染まった。その手が、肩が、震えていた。
それは、何かを察したような表情にも見えた。
「……入らせて頂いても、よろしいですね?」
「……ええ」
ツグナは、静かに頷いた。
リビングに二人が向き合って座る。一人は、制帽をテーブルに置いた、白髪混じりの男。もう一人は、ツグナ。他の、STAGE所属の面々は、男の指示で家の外で待機させられていた。
「……改めまして、お久しぶりです。ツグナさん」
「……ええ、久しぶりですね。キクジさん」
二人はシンと静まり返ったリビングで、そう挨拶を交わした。彼等は旧知の中だった。とはいっても、もう十何年と前の話だったが。
「単刀直入に言います。ツグナさん……貴方、ご子息のグラスビュアに細工をされましたね」
それは問いではなく、確認だった。ツグナは沈黙した。
「身体情報の改竄は、犯罪です」
「……単なる、プログラムのミスよ」
ツグナはぽつりと返した。
司令官の男――キクジは声を潜め、ツグナを詰問した。
「貴方は知っているはずです。国民に義務化されている身体測定――提出される、あるいは測定される身体情報から、組織が、対マギア適性があるかないかを判断している事を」
「……ええ」
つまり、バイオリズムにてマギクラフトのパイロットを決めている事を知っていたツグナは、自身の子供が徴兵されるのを嫌い、エルに適性がある事を隠し続けていたのだ。
キクジは、「しかし、」と続ける。
「この件を公表するつもりもありませんし、公表もできません。貴方が罪に問われる事もないでしょう」
もしこの件を公表した事で、調べられ、芋づる式に事実が明らかになっても困る。世間では、徴兵はくじ引きで決まる事になっているのだから。
ツグナは耐えきれなくなったかのように、口を開いた。
「……それより、本題を言ってください」
キクジ自身、それを言い出す事を躊躇い、後回しにしたがっていたのだろう。感情を隠すようにいつもの癖で制帽を触ろうとし、テーブルに置いたままである事に気付く。
彼は意を決するように胸元へ手を入れた。取り出したのは、メモリーチップ。それは血のような赤色をしていた。
「これを」
「っ……」
わかっていても堪えるものがあったのだろう。受け取り、自身のグラスビュアで内容を確認したツグナの表情が、歪んだ。
キクジは形式ばった口調で告げた。
「稲木エル17歳は、本日付けでSTAGE所属のパイロットとなります。治療と検査が終われば一旦、彼をこちらへ帰します……それが、一緒に暮らせる、最後の一日となるでしょう」
ツグナはついに耐えきれなくなったように、机に突っ伏し、泣いた――……
* * *
エルは装甲車から降りる。日の光がエルを照らし出した。背後で扉の閉まる音がし、装甲車はそのまま走り去っていく。エルの目の前には、自宅の玄関があった。
いつものように手を伸ばして扉を開こうとして、その手が止まる。と、
「なーにやってんの、あんた。入んなよ?」
扉が内側から開かれる。顔を出したのは母のツグナだった。彼女はまるで何事もなかったかのように、笑って言った。
「おかえり」
エルは困ったように笑い、玄関を潜った。




