13.対話と担保
後ろ手に扉を閉める。中に入ると余計に実感する――白色を感じさせる部屋。それはきっと、病室のイメージなのだろうとエルは思った。
「どうぞ」
エルは促され、ベッド側の椅子に腰掛けた。今、部屋にはエルとイレーアの二人だけだ。正面から彼女を見据えて、エルは改めて思った。恐ろしいほどに整った容姿だ、と。それが余計に、無機質さを――白さを感じさせている。
彼女は初対面の時とは違い、きちんと衣類を身に着けていた。白いワンピースを纏い、白いシーツで軽く腰元を隠し、淡々とした表情でこちらを見据えていた。
「なぁ、」
「――ねぇ、貴方」
エルが掛けようと言葉を遮るように、イレーアが口を開いた。ゾクゾクと背筋が震えるような、冷たい声だった。
「貴方は、エヴァの恋人かなにかかしら?」
イレーアは軽い笑みを浮かべていた。だが、どうにも感情を感じられない。整った容姿だからこそ逆に、エルには彼女の考えている事が読み取れなかった。
「いや、違うよ。どころか今日が初対面」
イレーアが軽く眉を上げる。意外だ、という表情をわざとらしく作る。
「……ねぇ。だったら、エル」
イレーアはエルを呼び捨てで呼び、薄く笑みを浮かべ、胸元を開けさせた。
「私を買ってみない? 直接触らなければ、何をしても構わないわよ」
「……」
エルは、脇のテーブルに置きっぱなしになっていたマネーカードを手に取ると、自身のリング――グラスビュアの補助装置である腕輪に触れさせた。そして、端数を除いた全額を投入して、イレーアに投げた。
「……っ!」
イレーアは指紋認証にてカード表面に表示された金額に、目を丸くした。
「――これで全額だ」
それは、STAGEに所属するにあたり支給された費用。その全額だったのだ。イレーアの表情に、初めて感情が浮かんでいた。が、次の瞬間にはこちらを見下したような表情となる。
「……あら、随分と気前が良いわね。そんなに欲求不満? いいわよ、サービスしてあげても」
シーツを捲ろうとしたイレーアに、エルは問うた。
「嬉しいか?」
イレーアが、動きを止めた。エルはもう一度問う。
「金をもらえて嬉しいか? だったら喜べよ。笑みを浮かべて見せろ」
エルの口調は完全に、イレーアを馬鹿にしたものだった。彼女はエルの言葉に、
「あはは、やったー! お金、すごく嬉しいなぁ!」
あっさりと、笑みを浮かべて喜んでみせた。そして、
「これでいいかしら」
と、また無表情になる。
エルは思わず、吹き出してしまった。笑みが溢れて、止まらない。しかしイレーアは一切、その事に不快な表情すら浮かべなかった。いや、既に彼女にとって、嘲笑は日常だったのだろう。
だが、
「――お前、本当にすげぇよ」
尊敬される事には、イレーアは慣れていなかった。
「……それはまた、新しい嘲り方ね」
「いや……俺は心の底から、お前を尊敬してるよ」
イレーアは初めて、苛立ちを見せる。わずかに眉が寄っていた。
「……いい加減にして」
言ってからイレーアは、ハッとしたように口を噤んだ。それはおそらく、イレーアから初めて聞いた、本音だった。
「いいや、お前は本当にすごいよ。大切な人のために――躊躇いなく、プライドを捨てられる。いや、プライドどころか、きっと命さえも捨てれるんだろう。そして、それは――エヴァ達も、同じなんだよ」
エルは、告げた。
「お前、このままじゃあ――エヴァを、殺すぞ」
「……何を、言って」
エルはイレーアの言葉を無視するかのように、続けた。
「お前の未来を俺に寄越せ」
「……はい?」
イレーアが、戸惑ったような表情になる。
エルは、ようやく『何の為に戦うのか』という質問の、答えに辿り着いていたのだ。エルはずっと、戦うのは、家族や大切な友人――アイコ達を守る為だと思っていた。が、違うのだ。
――自分自身。
相手が大切に思ってくれている自分もまた、守らなければなかったのだ。思い返してみれば、今まで自分がいかに無茶な戦い方をしていたのか、よくわかる。死にたがりそのものではないか。
「エヴァは自分がお金をもっと稼げば、お前が危ない事を――被写体になる事をやめてくれると思ってるよ」
「関係ないわ、そんな事」
「でも、被写体になってるのは金の為なんだろ?」
「それは……そうでしょう。私に出来るのは、それくらいだもの」
イレーアは自嘲するように言う。
「このままじゃエヴァは、もっと危険な仕事を探し始めるぞ。それこそ――身体だって売り始めるかもしれない」
「……エヴァはそんな事をしないわ」
イレーアは、むっとしてエルを睨んだ。そこには、エヴァへの絶対的な信頼があった。
エルはその様子を見て、思った。
「お前、エヴァの事、何にもわかってないのな」
「初対面の貴方がっ……!」
そんな知った風なことを言わないで――そう言おうとしたのだろうか。だがエルはそれを先回りするように、断言した。
「いいや、間違いなくやるよ。あいつは。だってお前なら、そうするだろ?」
イレーアは初めて気付いた、と言わんばかりに目を見開く。
「もう被写体になるのはやめろ」
イレーアは、「ふふ」と馬鹿にしたように笑った。
「できるわけないでしょう? 貴方は部外者だからそんな事を言えるのよ。貴方は本気で飢えた事がある? 大切な人が飢えで苦しんでいる所を見た事がある? お金が必要な現実は、何も変わら――」
「――だから、だ」
エルは、挑戦的な笑みを浮かべた。
「言っただろ――お前の未来を俺に寄越せ。俺が、お前達が普通に働ける、普通に暮らせる世界を作ってやる。それまで待ってろ。担保は用意してやる」
エルは、投げ渡したマネーカードを指差していた。
イレーアはぽかんと、目を見開くと。顔を伏せた。
「……まあ、好きにすれば良いわ。貴方に買われた金額分は、待ってあげる」
エルはその答えに、一層深く笑みを浮かべた。
直後、エルの腕輪が大きなアラームを鳴らした。視界内――支給されたグラスビュアに、赤い『ALERT』の文字が巡る。部屋の扉を乱暴にノックし、返事を待たずにエヴァが姿を現す。
「エルっ! ――マギアの襲撃よッ!」
エルの視界内には、真っ赤に染まった、襲撃地区が映し出されていた――……




