14.制裁と英雄
「一体何をしてやがった、この新入りがぁッ!」
STAGEの施設へと急ぎ戻ったエルの顔面を、巨大な拳が襲った。ぶっ飛ばされ、エルは壁に背を強かに打ち付けた。
エルを見下ろしているのは、身長2メートル近い巨漢の教官――大賀アラジ。勝手に施設を抜け出して集合に遅れたエルへの、鉄拳制裁だった。
「正規パイロットじゃねぇ訓練生にも、やってもらう事は山ほどあるッ! 自覚しろッ! お前さんの行動次第で、守れなくなる命があるんだッ!」
エルは立ち上がり、頭を下げた。
「すいませんでした」
「次はないと思え。指示はグラスビュアに送る。すぐさま行動へ移れ」
施設内の廊下を駆ける。施設中が慌ただしく、緊張感に包まれていた。普通の襲撃ではこうはならない――実際、ここに来た初日の襲撃では、もっと作業的な、手慣れた様子があった。しかし……。
エルはちらりと、視界に指示書と並べて表示させている地図へと視線を向ける。赤、赤、赤。同時に何カ所もの地区が、マギアの襲撃を受けていた。お陰で正規のパイロットはそのほぼ全員が出撃している。
どころか、今現在も襲撃は増え続けている。このままでは、いずれパイロットの数が足りなくなる。あるいは、マギクラフトが足りなくなる方が先か。
「遅くなりましたッ!」
エルは指示された場所に到着すると同時、叫んだ。施設内を走り、辿り着いたのは一つのハンガーだった。汎用型量産機であるマギクラフト――蔵人が次々と、運搬車に格納されて行く。あるいは、運搬車から排出され、メンテナンスや、燃料や弾薬の補充を受けていた。
「良い所に来てくれたっ!」
到着と同時、エルは近くにいた作業員に呼び寄せられる。どうやら叱っている余裕すらない程に、人手が足りていないらしい。エルは言われるがままに、弾薬を担ぎ、キャスター付きのワゴンへと積み込む作業を繰り返させられる。
「……ぜぇっ……ぜぇっ……ぜぇっ!」
一発一発が、重い。本来であれで重機を用いて運ぶものなのだから、当然と言えば当然だが。しかし今現在、重機は全て武器自体の運搬で出払っており、弾薬など人力で運べなくもない物は、手でワゴンへ積み込み、押して運ぶしかない状況なのだ。
皆が、必死だった。同じように弾薬を運ぶ訓練生も。大声で指示を飛ばしたり、煤や油塗れになりながら、工具で機体を調整する整備員も。エルはこれまで、そんな機体をあっさりと使い潰していた事を自覚する。
――自分の力では、ない。
戦えていたのは、自分に力があるからじゃない。こうやって、支えてくれていた人がいたからなのだ。一体、どこまで自分は自惚れていたのかと、嫌になる。
「おい、そこの訓練生っ! 一人……そこの、お前! こっちへ来て手伝え!」
「すぐ行きますッ!」
と、向かった先は機体のすぐ側。機体の内部に上半身を突っ込むようにして整備していた男が、こちらを見ずに手を伸ばす。
「3番……、早く!」
エルは一拍遅れて、それがワゴンに乗っている工具の一つを指している事に気付き、手渡す。代わりに使い終えた工具を受け取って、番号の場所へ直す。と、それを繰り返していたその時。
「おおぅ! エルじゃねーか!」
「……ミカ」
かけられた声に、振り向く。そこにいたのは、正規パイロットのスーツに身を包んだ、大賀ミカ――訓練装置で対戦した、大賀教官の弟がいた。彼は逆立てた茶色の髪をさらに掻き上げながら、バイザー型のグラスビュアを装着しようとしている所だった。
エルはやや気まずげに「おう」と返事をした。ミカはどうやら、正規パイロットに昇格していたらしい。様子から察するに、今メンテナンスを行っているこの機体に乗るのが彼らしい。
「あーっと、随分と差がついちゃったな」
エルがなんて事ない、という風を装いながら言う。整備員の雑用と、正規パイロット――差は大きい。とはいえ、これは自業自得の結果だ。
そんな風に自責していたエルの肩を、ミカが叩いて言った。
「オレっちは、先で待ってるぜ」
それは仮想訓練をした時のような、好戦的な笑みだった。エルは少し驚き、そして釣られたように笑みが浮かんだ。
ミカは、そういう人間なのだろう。ぐるぐるとし回っていた思考を、あっさりと、シンプルに断ち切ってしまう。快刀乱麻のような奴だと、エルは思った。
「これでメンテ終了だ! パイロットはすぐに乗り込め!」
「うーっす!」
ミカがハンガーのエレベータへ乗り込む。パネルの操作に反応し、上昇を開始する。エルはそんな彼に、思わず問うていた。
「お前は、何の為に戦うんだ?」
ミカは「ん?」とこちらを見下ろし当然のように言った。
「そりゃもちろん――オモシれぇからさ」
ミカは笑い、開いているハッチからコクピットへと乗り込んだ。エルは思った――そりゃシンプルだ、と。彼はどこからどこまでも、自分のためだけに戦っているのだろう。そして、その中で自然と他者まで救ってしまうのだろう。偶然ではなく、彼自身が楽しそうにしている事に、周囲が釣られてしまうのだ。
と、ハッチが閉じようとしたその時。視界のマップが、一気に赤く染まった。
「なッ……!?」
――敵の、さらなる増援……!?
先ほどまでの襲撃で、既に手一杯だったのだ。これ以上の敵になど、対処しきれるはずがない。
「んなッ……ざけてんじゃねーぞッ!?」
コクピットの方から怒声。ミカが発したものだった。それは、ただ敵の増援に驚いて出ただけの言葉ではない。どうしたのか、とエルが見上げる。
ミカの零した声が耳に届く。
「また、切り捨てるのかッ……!」
エルは嫌な予感を覚えた。ハンガーのエレベーター――その脇に備えられた梯子を上り、コクピットの側までよじ登っていた。
「おいミカ……どういう事か、聞かせろ」
ミカは、ハッチに立ったエルをちらりと見上げ、苛立ちを表すように、投げやりに腕を振るった。エルの視界に、ファイルの受信を告げるポップアップ。『許可』を視線で選択すると同時に、指令書のスクリーンショットが表示される。
「……そん、な」
そこに記されていたのは、一部地域への応援を断念するというもの。その地域は放棄する旨が書かれていた。エルの嫌な予感は、的中していた。追加された襲撃を受けている地域の中に、見知った場所があったのだ。
そして、その場所は――エヴァが『アタシの守るもの』だと言った、あの孤児院のある場所は、放棄のリストに含まれていた。エルの脳裏によぎったのは――歩けない、イレーアの姿だった。
――なんで、あの場所なんだ……!
エルは思わず叫びたくなる。だが、これは必然だったのだと、頭の端で理性が言っていた。あの地域は既に大勢の人が疎開した場所なのだ。しかも、この間の襲撃でさらに人が離れただろう。
何より、遠いのだ――応援を向かわせるには、あまりにも遠過ぎる。
「おいそこの! そんなところで何してやがる! パイロットも早く機体を出せ!」
下から、作業員の怒声。エルと、ミカへと向けられていた。気付くとエルは口を開いていた。
「ミカ、放棄される地区には、孤児院があるんだ! そこには、歩けない奴がいる。このままじゃ……」
ミカは目を見開き、「んだと」とバイザー越しに額へ手を当てる。
「……どうか、その場所へ守ってくれ! 俺には……」
――今の俺には、戦う力がないから。
エルはそう、悔しさに肩を震わせた。しかし、ミカは首を振った。
「……悪いが、そいつは出来ねぇ」
「なんでっ……! お前は――」
「――見捨てるのか? なんてズルい問いはやめてくれよ」
ミカは苦々しく言った。
「エル……既に、俺の出撃先は決まってる。俺の助けを待っている奴がもう、いるんだよ」
当たり前の話だ。助けに行ける戦力が足りないから、放棄という選択をしているのだから。
「だから……エル」
ふと、ミカが身体を起こし、エルの耳元で言った。小声で、告げた。
「お前が助けるんだ」
ミカがわずかに距離を話、エルと向かい合う。エルは、それが出来れば苦労はしない……と、言おうとして、はたと動きを止めた。ミカはそんなエルにもう一度告げた。
「お前が、助けるんだ」
そして、コクピットのハッチを閉じる。エルは踏鞴を踏み、ハッチからエレベータの上へ落ちた。
下から、しびれを切らした整備員の怒声が再び飛んでくる。
「おいお前! 邪魔だ! そこにいられちゃ運搬車に積み込めねぇ――」
そんな声をまるでスタートの合図にしたかのように、エルはエレベータの操作パネルに飛びついていた。すぐに降下を始める。そして降りきるよりも先にエレベータから飛び降り、床を蹴った。
走る、走る、走る。背後から整備員が呼び止めるも、エルには聞こえていない。目指すのは一カ所。荒い息を吐きながら、慌ただしく動き回る隊員となんどもぶつかりそうになりながら、その合間を抜け、駆ける。
走る勢いのまま、扉を開け放った。そこは、小さな格納庫だった。
「……ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ」
荒い息を吐いたまま、カツカツと足音を響かせてその場所の奥へと進む。辺りは暗闇に包まれている。だが、そこにはエルの求める物がある。
と、そんなエルの前に一人の老人が立ちはだかっていた。二人が、向き合った。
「お主ぁ、戦いに行くつもりかぁ?」
「はい」
「……お主にゃぁ、お主の事を大切に思ってくれとる人がおるだろうて。戦うってぇのは、その人達を不安にさせ、悲しませるだけじゃあないのかねぇ?」
エルの頭に浮かんだのは、家族やアイコ達の姿。自分の命を犠牲にする事が、戦う事ではないと、エルは理解した。その上でなお、戦おうとする理由。それは、
「――俺は、皆に自慢できるような俺でいたい」
ここで戦う事を選ばなければ、俺は一生、彼等に胸を張る事ができないだろう――”この戦いが終わった時”、大手を振って帰れないだろう。だから、戦うのだ。悔いの無いように。他の誰でもない、自分のために。
「それにまだ、約束を果たしてない」
イレーアに、幸せな世界をくれてやっていない。
「……どいつもこいつも、馬鹿ばっかりじゃ」
老人は――どこか悲しげに、そして嬉しげに、笑った。瞬間、バチンと音が鳴り、格納庫内のライトが一斉に点灯する。格納庫の壁際に立っていたのはエヴァ――彼女がスイッチを入れたのだ。
「10年間、メンテナンスは欠かしとらん。今すぐに出せるぞぉ」
暗闇に包まれていたソレが、初めてその全容を現す。エルはどこか懐かしいような気さえする程、見慣れた――アイコに見せられ慣れた機体を目撃する。
――赤くて、紅くて、緋い。
血の如き色に全身を染められた、その機体。人はその機体を、英雄の名で呼ぶ。
――緋色王。
と。




