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MAGI-Craft(マギクラフト)  作者: スプライト
第二話「願いの在処」
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12.イレーアと事情

「ちょっと手洗い借りても良い?」


「どーぞ。こっちだよ」


 エルは、金髪の整備員――今はシャツ姿のエヴァに案内されて、孤児院の廊下を歩く。木製の廊下は、歩くたびにきぃ、きぃ、と音を立てた。


 エヴァの後ろをついて歩くエルは、ちらりと視線を脇へと向けた。そこには、エヴァがさっき言っていた部屋があった。その部屋を、通り過ぎようとした時。ガチャリ、と扉が内から開かれた。

 現れたのは……大人の、男?


 ――ここに、大人はいないんじゃ……?


 エルはその事にやや疑問を覚え、しかし、エヴァの驚愕と、そして怒りに満ちた表情に、これが良くない出来事であると、察する。


 出て来た男は、40歳ほどだろうか。身体はでっぷりと太り、手元には今時珍しい撮影専用の端末――カメラが握られていた。

 男はエヴァと目が合った瞬間「ひぃッ」と声を上げた。


「なんでッ……アンタがここにいるッ! もう来ないでって、アタシ言ったのにッ……!」


「いやっ、そのっ……じゃ、じゃじゃじゃあボクはこれで……!」


「待ち……くっ」


 逃げるように廊下を走って、孤児院を出て行く男。エヴァは男を追いかけようとするが、扉の奥にいる存在を置いて行けなかったのか、足を止める。

 と、エルの視界にも、室内の様子が映る。なぜかエルにはその瞬間、世界がスローモーションに見えた。


 ――白い。


 と、エルは最初に思った。

 それは何に対しての感想だったのだろうか。部屋の壁? カーテンの色? シーツ? あるいは、少女の髪の色か……それとも、その裸体にだろうか。


 ――少女は、肌着の一切を身につけていなかった。


 年の頃は、16歳前後。ベッドの上に女の子座りをしている。その身体はシートがほんの少し覆っているだけで、他は全てが晒されていた。床には脱ぎ捨てられた、白い下着と、白い、ワンピースのような衣類があった。


 胸の膨らみは小さく、手足は細い。触れば壊れてしまいそうなほど、儚く感じる。まるで芸術品のような、美しさを感じた。


 白く、長いまつげが震える。視線がこちらを向いた。さらり、と髪が剥き出しの肩を滑る。エルの目に、少女の、紫にも見える瞳が映り込む。視線が絡み合う。少女がわずかにシーツを引き寄せた。

 直後、


「エル……ちょっと、ごめん」


 視界を遮るようにエヴァが前へと出る――部屋に足を踏み入れ、その扉を後ろ手に閉める。その直前、エルは車椅子と、テーブルに置かれていた今時珍しい現金に気付く。

 エルの視界、木製の扉に閉ざされた。中から、エヴァの叫ぶ声が聞こえてくる。


『一体どういう事なの、イレーア!? なんでまたあの男が……! アンタ、次来ても追い返すって、約束したじゃないッ!?』


「……ただのアルバイトよ」


 イレーアと呼ばれた、白い少女が返す。淡々とした、だが透き通るような声だった。


『こんなのが、だたのアルバイトなわけないでしょ!?』


『別に……写真の、モデルをしてるだけ。指一本、触られてないわ』


『ただのモデルなら何も言わないわよ! でもッ……裸で! あんなポーズをとらされて……大事な場所までッ……! それでも、ただモデルをしてるだけって言うの!?』


 少し、イレーアの返答に間があった。


『……ああ、見たことあったんだ?』


 それは、ゾッとする程に冷たい声。人間としての感情を一切感じさせないような声だった。


『っ……! ……ねぇ、イレーア……アンタわかってるの……? あんなの、いつ、怖い目に……恐ろしい目に遭ってもおかしくないのよ……?  今まで無事でいられた事の方が、奇跡なの。お願いだから、もう、やめて……!』


 シンと、静まり返った。まるで孤児院中から音が消えたかのようにエルは感じた。イレーアは、どこか嘲笑するように言った。


『……私は、自分に出来ることをしてるだけ。私ができるのは――ベッドの上で媚びてみせる事くらいよ』


 瞬間、乾いた音が響いた。エヴァが、イレーアを引っ叩いたのだ。


『……今度言ったら、グーで殴るよ』


『……殴れば? どうせ、私は避けられないから。わかってるでしょ? 私の脚が動かない事くらい。……ああ、あとお金。そこのテーブルに置いてあるから、持って行って』


 瞬間、部屋の外に居るエルにも、エヴァがブチ切れたのがはっきりと伝わった。


『ふざけないでッ! そんなお金、この孤児院にはいらないッ!』


『汚らわしいお金だから?』


『そうじゃないッ! 孤児院の資金はアタシが働いて稼ぐ! だから、イレーアがこんな事する必要なんてないのッ! いらないのッ!』


『そう。だったら適当に捨てといて』


『……いい加減にッ――』


 嫌な予感。エルは思わず動いていた。扉をノックしていた。叩いてから、何も掛けるべき言葉が浮かんでいない事に気付く。結果、口に出たのは、


「悪い、エヴァ……そろそろ、お手洗い頼んでもいいか?」


 そんな言葉だった。

 部屋内の空気がわずかに弛緩したのを、エルは感じた。実際、部屋の内では今まさに手を振り上げていたエヴァが、ゆっくりとその手を下ろしていた。


『……お金は、いらない。だからアンタも、もう二度とこんな事しないで』


 イレーアの返答はなかった。

 エヴァが内側から扉を開ける。気まずそうに、エルから視線を外しながら、部屋を出てくる。エルは、開かれた扉の隙間から、イレーアに見られたような気がした――……


   *  *  *


「ごめんね、嫌なとこ見せちゃって……」


「……いや、いいよ。こっちこそ悪かった、話を遮って」


 エヴァは、「ううん、止めてもらって助かった」とお礼を述べる。

 大部屋は妙な空気が漂っていた。子供達にも先の言い合いが聞こえてしまっていたのだろう、勉強に身が入っていないようだった。


 エヴァはぽつりぽつり、と話し始めた。


「あの子……イレーア、って言うんだけれど。あの子はきっと、アタシに負い目を感じてるんだと思う」


「負い目?」


 エヴァは視線を、イレーアの部屋の方へ向けながら言う。


「イレーアは、この孤児院じゃアタシに続いて年上だから。本当なら一緒に働いて孤児院のためにお金を……って、そんな風に思ってる。だけど、あの子は歩けないから……」


「今の時代、歩けなくたって仕事くらいいくらでも……」


「……外国人じゃなかったら、ね」


 エルは苦虫を噛み潰したような表情になった。またそれか、と。


「そんな時、現れたのがあの男」


 エヴァが恨みさえ籠ったような表情で言う。エルはあの、カメラを構え、でっぷりと太った男の事を思い起こす。


「あいつは、ある日いきなりやってきた。最初は『ボクは外国人の子供達の地位を向上させたくて』なんて言ってた。けど……本当の目的は、そういう事、だったわけ」


 エヴァはあの男と――そして自身への怒りに震えているように見えた。


「ほんと、馬鹿よね。アタシも、ほんの少し期待しちゃってたんだから。でも、気付いたときには、イレーアは良いように言いくるめられて、写真を撮られて……お金をもらってた。それからは、追い返してもズルズルと……」


 エヴァの膝に、ぽたり、と滴が落ちた。彼女の頬を、悔し涙が伝っていた。


「でもね、何より悔しいのは……そのお金で、アタシ達が救われた事。イレーアが最初にその誘いに乗ったのはね、孤児院の資金難が一番酷かった時なの。アタシは……アタシ達はそのお金を使う事で、生きながらえたのよ」


 エヴァは自嘲するように、笑った。


「その所為で、イレーアは撮られる事が、みんなを助ける事になるんだって思い込んじゃった。だから……やめない。それが自分に出来る、唯一の事だと思ってるから」


 エルは大部屋の中を見渡した。

 きっとこの孤児院にいる子供達は皆、お互いがお互いを守る為に必死なのだろう。子供達が勉強する様子にも、どこか必死さのような物が感じられていた――それはきっと、少しでもお金を稼げる職に就く為だ。


 ――『何の為に』、か。


 エルは、ふとあの忌々しいパイロット――ギンの言葉を思い出した。あいつの理屈で言うならば、ここにいる孤児達は、孤児院のみんなの為に戦っているのだろう。その上で、エルは思う。


「――クソくらえ」


「……ぇ?」


 エヴァが、唐突なエルの発言に、ぽかんと口を開ける。


「あぁ、あぁっ、あぁッ……! あぁーもうッ、どいつもこいつも、イライラするッ……!」


 エルは、キレていた。


「ど、どうし――」


「エヴァ。お前とイレーアは、一緒だよ。同じくらい、大馬鹿だ」


「何を言って……」


 エルはエヴァに指を突きつけて、言った。


「――お前は、お前が誰かにとって大切な人間だって事を、もっと自覚しろッ!」


「……」


 そうなのだ。エヴァも、イレーアも……なぜそうも、自分を勘定に入れずに物事を考えるのか。エヴァがイレーアに被写体となる事をやめて欲しいならば……同じようにまずはエヴァが、自己犠牲をやめるべきだ。

 自分が働くから、それでいい? ――そんな理屈じゃあ、イレーアはますますやめられなくなる。


「……でも、」


 エヴァの視線が、イレーアのいる部屋へと向く。


「だったら俺が話をつけてやる。お前等が直接話しても一生、話がまとまらない。――相手の事を考えすぎて、自分の事が見えてなさ過ぎるんだから」


「え、ちょっ……」


 エルは立ち上がり、イレーアの部屋へと歩き始める。エヴァは慌てたようにエルへと手を伸ばす。エルは、振り向かず、立ち止まらないまま、告げた。


「止めたけりゃ止めろ」


「……」


 エヴァの手は、エルに届かなかった。

 廊下を進み、イレーアの部屋の前に立つ。エルはノックをした。


「俺の名前は稲木イナキエル。イレーア……あんたと話がしたい」


『……へぇ? 良いわよ、入っても』


 キィと音を立てて扉が開く。エルと、真っ白な少女――イレーア。その視線が交錯した。


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