第四話 卒業パーティー、最高の舞台で
卒業パーティー当日。
王立アルカディア学園の大広間は、まばゆい光に包まれていた。
天井から吊るされた巨大なシャンデリアが輝き、壁際には色とりどりの花が飾られている。磨き上げられた床には、着飾った貴族の子弟たちが集まり、楽団の奏でる音楽が優雅に響いていた。
セレスティアは、その中央に立っていた。
金糸をふんだんに使った純白のドレス。胸元には大粒の宝石。長い金髪は複雑に編み込まれ、碧眼には自信が満ちている。
彼女は、自分がこの場の主役だと信じて疑わなかった。
いや、実際に主役になる予定だった。
今日、レオンハルトは婚約者との婚約を破棄し、自分との婚約を宣言する。
その瞬間、学園中の生徒たちは驚き、やがて自分を称賛するだろう。
リディアは泣き崩れ、自分は王太子妃の座を手に入れる。
完璧な筋書きだった。
「殿下」
セレスティアは、レオンハルトの腕にそっと手を添えた。
「そろそろ、よろしいのではなくて?」
レオンハルトは彼女を見つめ、うなずいた。
「……そうだな」
彼は一歩前に出た。
楽団の演奏が止まる。
大広間にいた者たちが、一斉に王太子へ視線を向けた。
「皆、聞いてほしい」
レオンハルトの声が響く。
「私は本日をもって、リディア・フォン・クラウゼとの婚約を破棄する!」
会場がざわめいた。
リディアは、突然の宣言に目を見開いた。
「殿下……?」
レオンハルトは、彼女を見ようともしなかった。
「そして、新たな婚約者として、セレスティア・ヴァレンティア嬢を迎えることを宣言する!」
セレスティアは胸を張った。
ついに来た。
この瞬間を、どれほど待ち望んだことか。
「当然ですわね」
彼女は誰にも聞こえない声でつぶやいた。
「私こそ、王太子妃にふさわしいのですもの」
ところが。
「その宣言、無効にしていただこう」
低く、よく通る声が大広間に響いた。
入り口に立っていたのは、黒いローブをまとった男だった。
銀の刺繍が施されたローブ。胸元には、王国最高位の魔法使いにのみ許された紋章が輝いている。
アーヴェル・クローディス。
彼は、ゆっくりと王太子の前まで歩み寄った。
「アーヴェル殿。これは私とリディアの問題だ。口を挟まないでいただきたい」
「いいえ。これは王国の問題です」
アーヴェルは、冷ややかな視線をセレスティアへ向けた。
「王太子殿下は現在、正常な判断ができる状態ではありません」
「なっ……!」
セレスティアの笑顔が引きつった。
「何をおっしゃっているのです?殿下はご自身の意思で、私を選ばれたのですわ!」
「本当にそうでしょうか?」
アーヴェルは右手を掲げた。
「レオンハルト殿下。これから、あなたにかけられた魔法を解除します。多少の不快感があるかもしれませんが、どうかご辛抱ください」
「待ちなさい!」
セレスティアが叫んだ。
「勝手なことをしないで!殿下は私を愛しているのよ!」
「それを確かめるためです」
アーヴェルの指先が光った。
「解除」
次の瞬間。
レオンハルトの身体から、金色の光が弾けた。
まるで透明な膜が砕け散るように、細かな光の粒が空中へ舞い上がる。
レオンハルトは額を押さえ、よろめいた。
「……っ!」
「殿下!」
セレスティアが駆け寄ろうとした。
しかし、レオンハルトは彼女を見た瞬間、凍りついた。
「……君は、誰だ?」
その言葉が、大広間に落ちた。
セレスティアの顔から血の気が引いた。
「え……?」
「私は……なぜ、君との婚約を宣言した?」
レオンハルトは、自分の言葉に愕然としていた。
つい先ほどまで、彼女こそが世界で最も大切な女性だと思っていた。
だが、今は違う。
目の前にいるのは、見覚えのある公爵令嬢。
ただ、それだけだった。
愛情も、執着も、彼女の願いを叶えたいという衝動も、跡形もなく消えていた。
そして、彼の記憶が戻った。
リディアとの約束。
二人で準備してきた卒業後の公務。
何度も交わした会話。
それらを、自分がどれほどないがしろにしてきたのか。
「……リディア」
レオンハルトは、婚約者へ顔を向けた。
彼女は、静かに彼を見つめていた。
「申し訳ない。私は……」
「殿下」
リディアは、深く息を吸った。
「今は、何もおっしゃらないでくださいませ」
彼女の声は震えていた。
「私には、まだ、何が起きたのか理解できておりません。ただ……」
彼女は一度、目を伏せた。
「私が信じていた方が、私を見ても何も感じないような目をしていた。そのことだけは、忘れられそうにありません」
レオンハルトは言葉を失った。
セレスティアは、必死に叫んだ。
「違うわ!そんなはずない!殿下は私を愛していたのよ!」
アーヴェルが、彼女を見た。
「セレスティア嬢。あなたに、いくつか確認したいことがあります」
「な、何よ!」
「魅了魔法を使ったことはありますか?」
「……!」
ほんの一瞬。
セレスティアの表情が凍りついた。
その反応だけで、アーヴェルには十分だった。
「やはり、あなたでしたか」
「証拠はあるの!?」
「あります」
アーヴェルは淡々と答えた。
「殿下にかけられた魔法の残滓には、あなたの魔力が明確に残っています。それに、同じ魔法はほかの生徒たちにも使われているようですね」
「そ、そんな……」
「取り巻きの令嬢たちへの精神干渉。複数の生徒に対する感情操作。そして、王太子殿下への継続的な魅了。いずれも調査すれば判明するでしょう」
大広間が静まり返った。
セレスティアは、ようやく事態の深刻さに気づき始めた。
しかし、彼女の口から出た言葉は、謝罪ではなかった。
「だって……!」
声が裏返る。
「だって、私は悪くないでしょう!?」
その場にいた全員が、彼女を見つめた。
「私がこんなことをしたのは、女神のせいよ!」
……誰も、意味がわからなかった。
セレスティアは続けた。
「女神が私を間違えて死なせたの!だから、補償として能力をもらったのよ!私は悪くないわ!全部、女神が悪いの!」
アーヴェルは、深くため息をついた。
「なるほど」
そして、静かに告げた。
「では、あなたが何をしたのか、一つずつ確認させていただきましょう」
セレスティアの輝かしい人生は、ここから一気に崩れ始めた。
リベラシオンは、フランス語の解放の意味になります。




