第三話 魅了魔法で恋も友情も思いのまま
セレスティアが通うことになったのは、王立アルカディア学園だった。
王族や貴族の子弟が集まる、国内最高峰の教育機関である。
入学式の日、彼女が校門をくぐった瞬間、周囲の生徒たちが振り返った。
「見て、あの方……」
「ヴァレンティア公爵家のご令嬢よ」
「なんて美しいの……!」
ささやき声が広がる。
セレスティアは優雅に微笑みながら、内心では鼻高々だった。
当然だ。自分は絶世の美女なのだから。
しかも、ただ美しいだけではない。家柄も魔力も最高級。
ここにいる誰よりも、自分は優れている。
そう思い込んでいた。
ところが、入学して数日もすると、気に入らないことが起きた。
同じ学年に、セレスティアよりも目立つ少女がいたのだ。
伯爵家の令嬢、エミリア・ローゼン。
栗色の髪に柔らかな笑顔を浮かべた、素朴な美少女だった。
エミリアは誰に対しても親切で、身分の低い貴族の生徒にも分け隔てなく接した。勉強が苦手な生徒には放課後に勉強を教え、体調を崩した生徒がいれば、自分の予定を後回しにして看病した。
そのため、彼女の周りには自然と人が集まっていた。
セレスティアには、それが我慢ならなかった。
「ねえ、あの子。何なの?」
取り巻きの令嬢たちに尋ねる。
「エミリア様ですか?とても評判のよい方ですわ」
「ふうん」
セレスティアは笑顔のまま、扇子を閉じた。
「私より、あの子のほうが評判がいいの?」
「い、いえ、そういうわけでは……」
「じゃあ、明日からあの子と話すのは禁止ね」
令嬢たちは顔を見合わせた。
「でも、エミリア様は何も悪いことを……」
「私が嫌いなの。それじゃ理由にならない?」
それ以上、誰も何も言えなかった。
翌日から、エミリアの周囲には奇妙な変化が起こり始めた。
昨日まで親しくしていた令嬢たちが、急によそよそしくなった。
一緒に昼食を食べる約束をしていた友人から、理由も告げられず断られた。
彼女が提出した課題には、なぜか細かな不備が見つかり、教師から注意を受けた。
もちろん、その裏にはセレスティアがいた。
彼女は魅了魔法を使い、取り巻きたちの感情を操っていたのだ。
「ふふっ。いい気味ね」
エミリアが一人で昼食を食べている姿を見て、セレスティアは満足そうに笑った。
「私に逆らうからよ」
エミリアは何も知らない。
自分がなぜ嫌われたのかも、なぜ友人たちが離れていったのかも。
それでも彼女は、誰かを恨むことなく、いつもどおり人に親切に接していた。
それがまた、セレスティアの癇に障った。
「何なの、あの子。まだいい人ぶってるわけ?」
次に彼女が目をつけたのは、学園で最も人気のある男子生徒だった。
王太子、レオンハルト・アルディス。
輝く銀髪に、凛々しい青い瞳。剣術も魔法も優秀で、王族としての責務にも真摯に向き合う青年だった。
容姿だけなら、学園の生徒たちの中でも群を抜いている。
しかも、婚約者がいた。
侯爵令嬢のリディア・フォン・クラウゼ。
彼女は美しいだけではなく、学業にも優れ、王太子の公務を支えるための勉強も怠らない、優秀な令嬢だった。
セレスティアは、そんな二人を見て思った。
「……あの王太子、欲しいわ」
婚約者がいる?
関係ない。
自分のほうが美しい。
自分のほうが家格も高い。
自分のほうが、彼にふさわしい。
そう考えたセレスティアは、レオンハルトに近づいた。
「殿下。初めまして。セレスティア・ヴァレンティアと申します」
完璧な微笑み。
そして、誰にも気づかれないように、魅了魔法を発動させた。
淡い金色の光が、彼女の瞳に宿る。
レオンハルトの視線が、一瞬だけ揺れた。
「……ああ。ヴァレンティア公爵令嬢か」
「私、以前から殿下にお会いしたかったのです」
「そうか……」
彼は戸惑ったように彼女を見つめた。
セレスティアは内心でほくそ笑んだ。
効いた。
王太子であろうと、例外ではない。
それから、レオンハルトは少しずつ変わっていった。
リディアとの約束を忘れる。
婚約者の話よりも、セレスティアの話を優先する。
彼女の望むものを、何でも与えようとする。
周囲は心配したが、本人は「セレスティアは素晴らしい女性だ」と繰り返すばかりだった。
セレスティアは、すっかり有頂天になった。
「ふふっ。王太子妃の座も、もうすぐね」
卒業パーティーの日、そこで婚約破棄を宣言させればいい。
そうすれば、自分が次期王妃になることは確実だ。
彼女は何の疑いもなく、その日を待った。
その頃、王宮では一人の男が、レオンハルトの異変を調べていた。
この国で最高位の称号を持つ魔法使い、アーヴェル・クローディス。
数々の魔法事件を解決し、王家からも絶大な信頼を寄せられている人物だった。
彼はレオンハルトの魔力を調べ、眉をひそめた。
「……これは、魅了魔法か」
通常の魅了魔法ならば、王族が持つ魔法耐性によって容易に見破れる。
だが、レオンハルトの精神には、幾重にも魔法が絡みついていた。
自然な好意に見せかけ、本人の判断力を少しずつ奪う、極めて悪質な術だった。
「しかも、魔法の構造が異常だ。通常の魔術体系では説明できない……」
アーヴェルは、レオンハルトを苦しめている魔法を一つずつ解析し始めた。
そして、卒業パーティーの前日。
彼はついに、解除方法を見つけた。
「間に合ったな」
アーヴェルは静かに息を吐いた。
「さて。どこの誰が、王太子殿下を操っているのか……」
その答えを知るのは、もう少し先のことだった。




