第二話 絶世の美女、公爵令嬢に転生する
「お嬢様、お目覚めでございますか?」
柔らかな声に、真理は目を開けた。
目に飛び込んできたのは、天蓋付きの豪華なベッドだった。白いレースのカーテン。金細工の施された家具。窓辺には色鮮やかな花が飾られ、部屋全体から上品な香りが漂っている。
そして、ベッドの脇には、年配の侍女が立っていた。
「……え?」
真理はゆっくりと起き上がり、自分の手を見た。
白く、細く、指先まで美しい手。
慌てて鏡を探すと、部屋の隅に大きな姿見があった。
そこへ駆け寄った真理は、鏡に映った自分を見て息を呑んだ。
「……誰、これ」
鏡の中には、輝くような金髪と、澄み切った碧眼を持つ少女がいた。
長いまつげ。整った鼻筋。薔薇色の唇。透き通るような白い肌。
まだ十六歳ほどの少女だったが、将来はどれほど美しくなるのか、想像するだけでも恐ろしいほどだった。
「嘘……。何これ、最高じゃない!」
真理は自分の頬をつねった。
痛い。夢ではない。
「お嬢様?」
侍女が不思議そうに首を傾げている。
真理は鏡の前でくるりと回った。
「この顔が私?本当に?え、ちょっと待って、完璧すぎない?」
前世では、化粧を頑張っても美人の友人にはかなわなかった。
集合写真ではいつも中央から外され、合コンでは美人の友人に男性を奪われた。
そんな人生とも、これでお別れだ。
「ふふっ……ふふふ……」
真理は笑った。
「これなら、何をしても許されるわね」
「お嬢様、どこかお加減が……」
「うるさいわね!」
真理は侍女を振り返った。
「私が質問するまで、勝手に話しかけないで!」
侍女はびくりと肩を震わせた。
「も、申し訳ございません!」
その姿を見て、真理は口元を緩めた。
いい、実にいい。
前世では、上司に頭を下げ、同僚に気を遣い、理不尽なことがあっても笑顔でやり過ごさなければならなかった。
だが、ここでは違う。
自分は公爵令嬢。
この国でも有数の名門、ヴァレンティア公爵家の一人娘なのだ。
父親は王国の重臣で、王族とも親しい。領地は広大で、屋敷には大勢の使用人がいる。
しかも、自分には女神からもらったチート能力がある。
真理は試しに、心の中で鑑定魔法を唱えた。
すると、目の前に半透明の文字が浮かび上がった。
ステータス
名前 :セレスティア・ヴァレンティア
身分:ヴァレンティア公爵令嬢
魔力量 :測定不能
魔法適性:全属性・特殊魔法
固有能力:絶対魅了
その他:収納・転移・回復・時間停止ほか
「……すごっ!」
真理は思わず声を上げた。
これなら、どんな相手だろうと自分の思いどおりにできる。
そう確信した瞬間、彼女の頭に一つの考えが浮かんだ。
「ねえ、あなた」
「は、はい!」
「あなたの名前は?」
「マ、マルタでございます」
「マルタね。覚えたわ」
真理はにっこり笑った。
「今日から、私の言うことには絶対に逆らわないこと。私が呼んだらすぐ来る。私が気に入らないことをしたら、罰を受けてもらうわ」
「……はい」
「返事は?」
「はい、お嬢様!」
「よろしい」
真理は満足そうにうなずいた。
こうしてセレスティア・ヴァレンティアの、華やかで傍若無人な日々が始まった。
最初に泣かされたのは、侍女のマルタだった。
次に泣かされたのは、衣装係。
その次は料理人。
セレスティアは、少しでも気に入らないことがあると使用人を叱責した。
紅茶が熱すぎる。
ドレスの色が気に入らない。
花の香りが弱い。
廊下を歩く足音が耳障り。
理由は何でもよかった。
使用人たちが怯え、頭を下げる姿を見るたび、セレスティアの心は満たされた。
前世では、誰も自分に頭を下げなかった。
誰も自分を特別扱いしてくれなかった。
けれど今は違う。
自分が望めば、何十人もの人間が動く。
自分が怒れば、皆が震える。
「これよ、これ!私が欲しかった人生は!」
セレスティアは、今日も新しいドレスを注文した。
もちろん、支払いは父親任せである。
父親が苦言を呈したこともあったが、娘に甘い彼は、最後には必ず折れた。
セレスティアはそのたびに思った。
この世界は、なんて簡単なのだろう。
そして、彼女の欲望は屋敷の中だけでは収まらなくなっていった。




