第8話「銀河が銀河を疑う時」
第6部
シルヴィアの担当銀河団、
XMMXCS J2215.9-1738では……。
シルヴィアの銀河団が、
時空の歪みの脅威が薄れつつあった
矢先、
新たな火種が持ち上がっていた。
次元工学部門の緊急調査により、
あの歪みが自然発生ではなく、
外部からの意図的な干渉であったことが
判明したのである。
「監督官殿。……
歪みの発生源、
隣接する二つの銀河の境界宙域に、
集中していました」
調査官の報告に、
シルヴィアは眉を寄せた。
「その二つの銀河、何か関係が?」
「はい。……
この二つは、
古くから資源採掘権を巡って、
小規模な争いを
繰り返してきた間柄です。
今回の一件で、
互いに相手を疑い始めています」
数日後、シルヴィアの元に、
両銀河の代表から、
それぞれ異なる訴えが届いた。
「相手方が、あの歪みを利用し、
我らの採掘拠点を
奪おうとしたのではないか」
「いや、むしろあちらこそ、
我らを陥れるために、
あの歪みを引き起こしたに違いない」
両者の主張は真っ向から対立し、
国境沿いでは、
武装した警備艦同士の
睨み合いが始まっていた。
「監督官殿。……
このままでは、小競り合いが、
本格的な武力衝突に発展しかねません」
軍事顧問の報告に、
シルヴィアは静かに拳を握った。
「レグナ様に、応援を要請します。……
力による抑止と、対話による解決、
両方が必要な局面です」
通信を受けたレグナは、
間を置かず艦を向けた。
「両軍の睨み合い、
まずは俺が間に割って入る。……
そなたは、両者の言い分を、
じっくり聞いてやってくれ」
「お願いします」
レグナが国境宙域に姿を現すと、
両軍の警備艦は、揃って動きを止めた。
覇王の名は、
この銀河団にも、確かに轟いていた。
「双方とも、
これ以上の進軍は許さぬ。……
まずは、監督官の裁定を待て」
その間、シルヴィアは、
両銀河の代表を、それぞれ個別に招き、
丁寧に事情を聞き取っていった。
「率直に伺います。……
あなた方は、本当に、
相手が歪みを引き起こしたと、
確信しているのですか?」
片方の代表は、しばし言葉に詰まり、
静かに答えた。
「……正直、確信はありません。……
ですが、長年の因縁があるだけに、
疑わずにはいられなかった。……」
もう一方の代表も、同様に、
確信のなさを認めた。
シルヴィアは、静かに告げた。
「双方とも、確証のないまま、
疑心だけで動いていたのですね。……
ならば、まず、聖国の調査団による、
公正な原因究明を待ちましょう」
「監督官殿が、そう仰るなら、……」
両代表は、渋々ながらも、
その提案を受け入れた。
国境の緊張は、ひとまず収まったが、
根深い不信そのものは、
まだ何一つ解けてはいなかった。
聖宮では、アーロンが、
この報告を受け、静かに息をついた。
「歪みの一件が、思わぬ形で、
古い因縁に火をつけたか。……」
セレスティアが、静かに付け加えた。
「銀河団という規模になれば、
こうした古傷も、
あちこちに眠っているのでしょうね」
「ああ。……
シルヴィアには、
まだ長い道のりが待っていそうだ」
シルヴィアは、静かに頷いていた。
「その因縁、
いつ頃から続いているのですか?」
「もう、
三世代は前になるでしょうか。……
最初の争いの記録すら、
正確には残っていません。
ただ、
『奪われた』という言葉だけが、
世代を超えて語り継がれてきたのです」
「記録すら残らぬまま、
恨みだけが受け継がれてきた、と?」
「そうです。……
いつしか、なぜ争っているのかより、
争っていること自体が、
当たり前になっていました」
もう一方の代表も、
同様に、確信のなさを認めた。
「あちらの言い分も、
似たようなものでしょう。……
お互い、最初の火種を、
正確には覚えていない」
シルヴィアは、
静かに、しかし力強く告げた。
「双方とも、確証のないまま、
疑心だけで動いていたのですね。……
ならば、まず、聖国の調査団による、
公正な原因究明を待ちましょう。
その間、双方の記録と主張も、
丁寧に整理させてください」
「記録を、整理する、とは?」
「三世代分の因縁、
その始まりまで
遡れるかもしれません。……
根を知らねば、この争いは、
また形を変えて蘇るだけです」
もう一方の代表もまた、静かに頷いた。
「……三世代分の記録を
掘り起こすとなれば、
相当な時間がかかりましょう」
「時間はかけます。……
ですが、その過程そのものが、
双方にとって、
初めて相手の言い分を
正確に知る機会にもなるはずです」
軍事顧問が、慎重に付け加えた。
「監督官殿。……
調査の間、国境の警備態勢は、
どういたしましょうか?」
「両軍とも、
現状の位置から後退させてください。
……レグナ様、しばらくの間、
この宙域の監視を、お願いできますか?」
「承知した。……
そなたが根を掘り起こす間、
俺が睨みを利かせておこう」
レグナの言葉に、両銀河の代表は、
それぞれ静かに頭を垂れた。
聖王が見守る中、
聖宮の劇場では、
数日にわたる試行錯誤の末、
演奏家たちは、
互いの音律を保ったまま、
緩やかに重なり合う、
新しい形の合奏を作り上げていった。
最初の数日は、
各々が譲れぬ部分を主張し合い、
練習場には幾度となく、
緊張した沈黙が流れた。
「そちらの拍が速すぎて、
我らの旋律が
置き去りにされてしまいます」
ある奏者が、率直に不満を口にすると、
相手方の奏者も負けじと言い返す。
「速いのではなく、
これが我らの本来の拍なのです。……
遅くすれば、
旋律そのものの意味が変わってしまう。
本日 19:30 に投稿します。




