第7話【 崩れゆく重力の輪 】
第6部
吾郎の担当する銀河団
SPT-CL J0546-5345内では、……。
吾郎の元に、
銀河団全域の観測網から、
これまでにない規模の警報が
届いていた。
深夜にもかかわらず、
観測拠点の職員たちは、
慌ただしく解析作業に追われていた。
天体物理部門の長官が、
青ざめた表情で報告する。
「監督官殿。……
銀河団全体の暗黒物質分布に、
急激な偏りが生じています」
「偏り、というのは?」
「銀河団を束ねていた重力の均衡
そのものが、
崩れ始めているのです。……
このままでは、数十年から百年程度で、
銀河団を構成する銀河同士の衝突、
あるいは離散が始まる恐れがあります」
会議室に、
これまでのどの危機とも異なる、
静かな絶望が広がった。
副官の一人が、掠れた声で問う。
「百年、ということは……
我々の世代のうちには、まだ、……」
「油断はできません」
長官は、静かに首を振った。
「偏りの進行速度そのものが、
まだ正確に測れていないのです。
楽観できる根拠は、
どこにもありません」
「原因は?」
「まだ特定できていません。……
自然な経年変化にしては、
あまりに急激です」
吾郎は、しばし目を閉じ、静かに命じた。
「まず、この事態を、銀河団総会の場で、
正式に共有します。……
これは、一つの銀河や、
一部の指導者だけで
抱え込める問題ではありません」
数日後、
緊急招集された銀河団総会には、
数百の首長たちが、
これまでにない緊張した面持ちで
集っていた。
「銀河団そのものが、
崩壊しかねない、と?」
ある首長が、震える声で問う。
吾郎は、静かに頷いた。
「はい。……
ですが、まだ手立てがない
わけではありません。
この危機に、共に向き合う方法を、
皆様と共に探りたいのです」
天体物理部門の長官が、
幾つかの選択肢を提示した。
「一つは、
重力均衡を
人工的に補正する技術の開発です。……
ですが、これは前例のない試みで、
成功の保証はありません」
別の首長が、慎重に問う。
「もし補正が間に合わなかった場合は?」
「その場合は、……」
長官は、重い口調で続けた。
「銀河団外への移住を、
検討せねばなりません。
聖国の版図内に、
受け入れ可能な宙域を探すか、
あるいは、
まだ見ぬ新天地を探索するか。……」
会議場に、どよめきが広がった。
長年住み慣れた銀河団を離れるという
選択肢に、
多くの首長が動揺を隠せずにいた。
「我らの故郷を、
そう容易く捨てられるものか!」
年配の首長が、声を荒らげる。
吾郎は、その言葉を、静かに受け止めた。
「捨てろとは、申しておりません。……
ですが、
選択肢を早くから検討しておくことは、
決して悲観ではなく、備えです」
若い首長の一人が、静かに口を開いた。
「監督官殿。……
補正技術の開発と、移住先の探索、
両方を並行して進めることは、
できないのですか?」
「もちろんです。……
むしろ、それこそが、
俺の考えていた道筋です」
吾郎は、
銀河団全域から技術者を集めた
「重力均衡研究部」の設立と、同時に、
聖国全域への移住先探索を担う
「新天地探索部」の設立を、
その場で提案した。
「二つの道を、同時に歩みましょう。……
どちらか一方に賭けるには、
この銀河団の未来は、あまりに重い」
一方、レグナは、
聖国の版図拡大の討伐の傍ら、
この重力異常の原因究明にも、
力を貸していた。
「吾郎、原因の手がかり、
俺の方でも探ってみる。……
澱とは違う類の異変だが、念のためだ」
「お願いします、レグナ様」
「それと」
レグナは、静かに付け加えた。
「移住先の候補、
俺が討伐で切り拓いてきた宙域にも、
幾つか心当たりがある。……
新天地探索部に、
その情報も共有させよう」
「助かります。……
レグナ様の版図拡大が、
こんな形で役立つとは、
思ってもみませんでした」
「庭園が広ければ、
いざという時の逃げ場も、
それだけ増える。……」
聖宮では、アーロンが、
この報告を受け、静かに眉を寄せていた。
「銀河団そのものが崩れる、か。……
これは、これまでのどの危機とも、
質が違うようだ」
セレスティアが、静かに続けた。
「もし移住が現実になれば、
聖国ルネサンスも、
彼らの新しい故郷を支える、
新たな役目を担うことになりますね」
編纂科の長が、静かに問うた。
「聖王様。……
この一件、
まだ結末が見えぬままですが、
記録はどこまで進めましょうか?」
「進行中のものとして、
逐一記)しる)していけ。……
この先どちらに転ぶにせよ、
この過程そのものが、
いずれ他の銀河団の指針になる」
「ああ。……
この庭園は、まだまだ、
試練の中で育っていくのだろうな。……」
アーロンは、静かに窓の外、
遠い銀河団の方角を見つめながら、
その重みを、改めて胸に刻んでいた。
数百の銀河、数十億の民の未来が、
これから始まる
二つの道筋にかかっている――
その事実は、
これまで向き合ってきた
どの理不尽よりも、
静かに、しかし確かに重かった。
聖宮の劇場では、
演奏会の総合監修を任された、
編纂科の若手職員が、
演奏家たちの調整に苦労していた。
「調和とは、
同じ音を出すことではない。……
それぞれの音律のまま、
同じ拍子の中で、
互いの間合いを聴き合う。
それもまた、一つの調和の形だろう」
と、聖王。
弦楽奏者は、しばし考え、静かに頷いた。
「……試してみます。
相手の間合いを聴きながら、
自分の旋律を重ねる、
ということですね」
打楽器奏者もまた、
興味深げに目を輝かせた。
「面白い。……
これまで、
自分たちの型を崩さないことばかり
考えていました」
明朝 7:30 に投稿します。




