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第5話【 銀河団を蝕(むしば)む渦(うず) 】

第6部 

XMMXCS J2215.9-1738――

数百の銀河が、それぞれ

異なる信仰と文化を抱えたまま、

一つの重力で結ばれているという

シルヴィアの担当銀河団では、……。


シルヴィアが提案した

「信じることと

 害することの間の一線」

という理念は、

数週間の調整を経て、

銀河団評議会で

正式に採択されていた。


当初懸念されていたほどの反発は

起きず、

むしろ多くの銀河が、

この最低限の共通理念を歓迎した。


「この理念のもと、

 細かな教義の相違は、

 それぞれの銀河の裁量に委ねます。……

 銀河団全体で共有するのは、

 この一線のみです」


シルヴィアの宣言に、

かつて異を唱えた宗教指導者も、

静かに頭(こうべ)を垂(た)れた。


「……若い世代の声にも、

 少しずつ耳を傾けてみようと思う」


理念の採択は、

あっけないほど静かに進んだ。


だが、シルヴィアには、

これが銀河団という規模の課題の、

ほんの入り口に過ぎないという

予感があった。


数百の銀河それぞれに、

まだ見ぬ

幾千もの課題が眠っているのだと、

彼女は静かに己(おのれ)に言い聞かせていた。


その予感は、すぐに現実のものとなった。


「監督官殿。……

 銀河団全体を巻き込む、

 深刻な事態が発生しています」


天体観測部門の長官が、

緊急の報告を携えて

評議会に駆け込んできた。


「聞こう」


「銀河団の中心部、

 幾つもの巨大銀河が密集する領域で、

 時空そのものに歪みが生じています。……

 このままでは、周辺の数十の銀河が、

 その歪みに呑み込まれかねません」


会議場に、これまでとは比較にならない

緊張が走った。


「原因は?」


「まだ特定できていません。……

 ですが、歪みの中心には、

 何か人工的な

 構造物らしき反応があります」


シルヴィアは、静かに拳を握った。


「自然現象ではない、と?」


「その可能性が高いかと。……」


シルヴィアは、

直ちに銀河団全域の技術者、

天体物理学者、

そして聖国から派遣された

次元工学の専門家たちを招集した。


「この歪みを、

 放置すればどうなりますか?」


物理学者の一人が、震える声で答えた。


「最悪の場合、

 銀河団の重力構造そのものが崩壊し、

 数十億の民が暮らす銀河群が、

 次元の狭間(はざま)に

 呑(の)まれる恐れがあります」


「時間は?」


「……早ければ、数ヶ月」


会議場に、重い沈黙が落ちた。


観測部門の技師が、

さらに資料を示しながら続けた。


「歪みの進行速度そのものも、

 日を追うごとに加速しています。……

 当初の試算より、

 猶予は短いかもしれません」


次元工学の専門家が、慎重に口を開いた。


「監督官殿。……

 この構造物、聖国の記録にある、

 澱(おり)の残滓(ざんし)とは

 異なる技術体系のようです。

 もしかすると、

 まったく別の勢力による、

 意図的な干渉かもしれません」


「別の勢力、というのは?」


「断定はできません。……

 ですが、これほど精緻な

 次元操作技術を持つ者が、

 澱のような絶望の集積とは、

 性質が根本的に異なるように見えます」


シルヴィアは、

しばし目を閉じ、静かに命じた。


「聖宮に、

 直ちにこの事態を報告します。……

 そして、レグナ様にも、

 応援を要請しましょう。

 これは、私一人の裁量で扱える規模を、

 明らかに超えています」


観測部門の長官が、深く頭(こうべ)を垂(た)れた。


「承知しました。……

 並行して、周辺銀河の避難計画も、

 念のため準備を進めます」


通信を受けたレグナは、間を置かず、

シルヴィアの銀河団へと艦(ふね)を向けていた。


「時空の歪み、か。……

 澱とは違う敵だとすれば、

 俺たちはまた、新しい何かに

 向き合うことになりそうだな」


「レグナ様、

 この規模の異変、私一人ではとても、……」


「案ずるな。……

 こういう時のために、

 俺たちは繋(つな)がっている」


その言葉に、シルヴィアは、

静かに肩の力を抜いた。


一人で抱え込まなくてもよい

という安堵が、

確かに胸に広がっていく。


聖宮では、この報せを受け、

アーロンが静かに眉を寄せていた。


「澱とは異なる勢力、か。……

 この庭園の外には、まだまだ、

 俺たちの知らぬ理(ことわり)が

 広がっているということだな」


セレスティアが、静かに付け加えた。


「聖国ルネサンスも、

 こうした未知の脅威に、

 どう向き合うべきか、

 改めて学ばねばなりませんね」


編纂(へんさん)科の長が、

緊張した面持ちで問うた。


「聖王様。……この一件、

 いかように記録すべきでしょうか?」


「まだ結末の見えぬ話だ。……

 だが、始まりだけでも、

 正確に書き留めておけ。

 この先どう転ぶにせよ、

 それが後の指針になる。

 ああ。……これは、

 始まりに過ぎないのかもしれぬ……」


アーロンは、窓の外、

遠い銀河団の方角を見つめながら、

静かにその言葉を噛みしめた。


聖国という庭園が広がり続ける限り、

まだ見ぬ理不尽もまた、

次々と姿を現し続けるのだろう。


だが、それこそが、

この庭園が生きて育っている証なのだと、

彼は改めて己(おのれ)に言い聞かせていた。


聖宮の劇場でも進展があった。


吾郎の銀河団から招かれた打楽器奏者が、

「うちの伝統的な音階は、

 七音ではなく、五音を

 基本にしています。……

 合わせるのは、

 正直、骨が折れそうです」

と、傍(かたわ)らの演奏家につぶやく。


総合監修の職員が、

慌(あわ)てて助言を求めるように、

控室の奥に座るアーロンへと

視線を送った。


アーロンは、静かに歩み寄り、

二人の演奏家を交互に見た。


「合わせようと、無理をせずともよい」


「ですが、聖王様。……

 一つの舞台に立つ以上、

 ある程度、調和させねば、……」


「調和とは、

 同じ音を出すことではない。……

 それぞれの音律のまま、

 同じ拍子の中で、

 互いの間合いを聴き合う。

 それもまた、一つの調和の形だろう」

明朝 7:30 に投稿します。

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