第2話【 祈りと裁量のあいだ 】
第6部
聖宮、生命の樹の下で、
アーロンはシルヴィアに、
一枚の星図を差し出していた。
「シルヴィア。……
そなたに、新たな役目を託したい」
「はっ。なんなりと」
「今、担当している信仰の星域には、
監督官を遣わした」
「はい。……」
「そなたには、一銀河ではなく、
此度は銀河団を任せる」
「銀河団、ですか?」
「ああ。『XMMXCS J2215.9-1738』。……
数百の銀河が、それぞれ
異なる信仰と文化を抱えたまま、
一つの重力で結ばれている」
シルヴィアは、
静かにその星図を見つめた。
かつて
一つの銀河の信仰対立に向き合った
経験が、脳裏をよぎる。
「吾郎様と同じく、統治の形そのものを、
私に委ねられるのですね?」
「ああ。直接統治するか、
監督官として見守るか。……
その判断も、そなたに任せる」
数週間後、シルヴィアは、
銀河団内の主要な宗教勢力の代表たちを、
初めて一堂に集めていた。
これまでの
一つの銀河の協議会とは
比較にならない規模の、
数百の代表団だった。
「この銀河団には、
実に多様な信仰の形があります。……
ある銀河では一つの神を、
別の銀河では無数の精霊を、
また別の銀河では、
信仰そのものを持たない民が、
大多数を占めています」
シルヴィアの言葉に、
ある銀河の大司教が、慎重に問う。
「監督官殿は、この多様さを、
どう治めるおつもりか?」
「一つの型に押し込めるつもりは
ありません。……
ただ、それぞれの信仰が、
互いを否定し合わずに済む枠組み
だけは、
この銀河団全体で共有したいのです」
無宗教の民が多数を占める銀河の代表が、
率直に問うた。
「我らのような、
信仰を持たぬ者たちの立場は、
どう扱われるのですか?」
「信仰を持たぬことも、
また一つの在り方です。……
強制も、軽視もいたしません」
代表団の間に、
静かな安堵の空気が広がった。
だが、ある銀河の宗教指導者が、
鋭い声で異を唱えた。
「監督官殿の言葉は美しいが、
我らの教えでは、
異なる信仰を持つ者との
共存そのものが、罪とされている。……
その教えを、どう扱うおつもりか?」
会議場に、緊張が走った。
シルヴィアは、
しばし沈黙し、静かに答えた。
「その教え自体を、
否定するつもりはありません。……
ですが、その教えを理由に、
他者を害することだけは、
聖国の理として許されません。
信じることと、害することの間には、
明確な一線があります」
指導者は、
なおも険しい表情を崩さなかったが、
それ以上の反論はしなかった。
シルヴィアは、この線引きを、
銀河団共通の基本理念として、
正式に提案することを決めた。
会議の後、若い司祭の一人が、
そっとシルヴィアに歩み寄った。
「監督官殿。……先ほどの指導者殿、
内心では、若い世代からの突き上げに、
相当苦しんでおられるようです」
「突き上げ、とは?」
「あの銀河の若者たちの間では、
他の信仰との交流を望む声が、
少なくないのです。……
指導者殿は、それを抑えようと、
かえって強い言葉を使わざるを
得なかったのかもしれません」
シルヴィアは、
その言葉に、静かに頷いた。
「教えて頂き、感謝します。……
表の言葉だけでなく、
その裏にあるものも、
丁寧に見ていかねばなりませんね」
法務官が、慎重に付け加える。
「監督官殿。……この理念、施行までには、
相当な調整が必要になるかと、……」
「承知しています。……
ですが、急いで押し付けるより、
時間をかけてでも、
皆が納得できる形を探るべきでしょう」
法務官は、深く頷きながらも、
なお懸念を口にした。
「調整の間に、対立が先鋭化する危険は?」
「あります。……だからこそ、
この理念の議論そのものを、
公開の場で進めます。
密室で決めれば、
かえって疑心を生むでしょうから」
一方、レグナは、この頃、
聖国の版図拡大に向けた討伐に加え、
シルヴィアの銀河団からの要請にも
応じていた。
「シルヴィア、
あの強硬な宗教指導者の件、どうする?」
「まだ、
対話の余地はあると考えています。……
ですが、もし
信徒に危害が及ぶような動きがあれば、
レグナ様のお力をお借りするかも
しれません」
「いつでも呼べ。……
そなたの積み上げてきたものを、
力尽くで壊すような真似はさせん」
聖宮では、
アーロンが、学芸院の分院構想を、
さらに一歩進めていた。
「シルヴィアの銀河団には、
信仰そのものを学び合う科を、
分院に設けよう。……
教義の優劣を競うのではなく、
互いの信じるものを知るための
場として」
セレスティアが、静かに微笑んだ。
「聖国ルネサンスも、また一つ、
新しい色を得るのですね」
「ああ。……この庭園は、
まだまだ、育つ余地がある」
窓の外に広がる
無数の星々を見つめながら、アーロンは、
静かにその言葉を噛みしめていた。
銀河団という
新たな規模の統治が始まっても、
この庭園を育てる根本の姿勢だけは、
決して揺らぐことがなかった。
聖宮の劇場では、
これまでにない規模の楽団が集っていた。
合同演奏会の開催が決まってから数ヶ月、
各銀河団から選ばれた演奏家たちが、
初めて一堂に会していた。
控室には、
聞き慣れぬ言葉の挨拶が飛び交い、
それぞれの故郷の匂いを纏った衣装が、
色とりどりに並んでいる。
「正直、
これほど多くの様式が集まるとは、
想定しておりませんでした」
演奏会の総合監修を任された、
編纂科の若手職員が、
額の汗を拭いながら呟いた。




