第5部 第9話【 銀河を統べる者たち 】(下)
「監督官殿は、
我らに信仰を曲げよと仰るのか!……」
「いいえ」
シルヴィアは静かに、
しかし揺るがぬ声で答えた。
「信仰の中身に、
私が口を挟むことはありません。……
ですが、異なる信仰を持つ者同士が、
殺し合うことを正当化する教えが
あるとすれば、
それは、聖国の理には反します」
別の大司教が、静かに口を開いた。
「……監督官殿の仰ることも分かります。
だが、我らの教えを異端と決めつけて
憚らぬ者たちがいる限り、
我らとて黙ってはいられませぬ」
シルヴィアは、一同を見渡しながら、
静かに提案した。
「では、まず、この評議会の場に、
すべての宗派の代表が
対等に列席する『信仰間協議会』を
常設しましょう。……
教義の優劣を競う場ではなく、
互いの信じるものを、
まず正しく知るための場として」
穏健派の大司教の一人が、静かに問う。
「過激な運動を率いる宗派も、
その協議会に招くと?……」
「ええ。……締め出せば、
彼らはますます内に籠り、
外の声に耳を貸さなくなるでしょう。……
危ういやり方かもしれません。
ですが、対話の席にすら着かせぬまま、
いずれ武力で抑え込むよりは、
まだ望みがあると思うのです」
別の大司教が、腕を組みながら唸る。
「……監督官殿は、危険を承知の上で、
なお対話に賭けると?……」
「はい。もちろん、備えは怠りません。
過激な言説で煽っている者たちの
出所についても、聖国の情報網を使い、
並行して調べを進めます」
大司教たちは、しばし顔を見合わせた。
過激な運動に対抗する術を持たずにいた
穏健な宗派の代表たちの間に、
静かな期待の色が浮かんでいた。
「……悪くない提案です。
だが、それで過激派が
矛を収めるとは思えませぬ」
「もちろん、
それだけでは足りないでしょう。
並行して、
過激な言説の出所についても、
調査を進めます」
同じ頃、JADES-GS-z13-0では、
レグナが銀河評議会の全体会議に、
初めて自ら出席していた。
議題は、
辺縁の幾万もの星系すべてに関わる、
情報伝達の遅延そのものを解消する
枠組みだった。
「これまで俺は、幾つかの辺縁星系を、
この目で見て回った。……
そこで分かったのは、問題は
個々の星系にあるのではなく、
この銀河の統治構造
そのものにあるということだ」
評議会の議長が、身を乗り出す。
「覇王様、それは具体的にはどういう?」
「中枢が一つの法を定め、
それを光の速さで
全域に届けようとする限り、
この齟齬は永遠になくならぬ。……
ならば、発想そのものを変えるべきだ」
レグナは、星図の中央に、幾つもの
「準中枢」を示す光点を描き出した。
「銀河を幾つかの領域に分け、
それぞれに準中枢を置く。
中枢の理念は共有しつつ、
細部の法運用は、各準中枢が担う。……
情報の伝達距離そのものを、
根本から短縮する仕組みだ」
法務官の一人が、慎重に問う。
「準中枢の裁量が大きくなれば、
いずれ銀河そのものが分裂しかねません」
「その懸念はもっともだ」
レグナは頷いた。
「だからこそ、共通の理念――
何を守り、何を許さぬかという
核だけは、決して揺るがせにしない。
その上で、細部の裁量を委ねる。……
木の幹は一つでも、枝葉は
それぞれの土地に合わせて伸びればよい」
評議会に、これまでにない熱を帯びた
議論が広がり始めた。
数万の星系の未来を左右する枠組みが、
今まさに、
この場で形作られようとしていた。
聖宮では、アーロンが、
吾郎とシルヴィアからの報告書に、
静かに目を通していた。
「二つの銀河が、
同時に危機に見舞われているか。……」
傍らのセレスティアが、静かに眉を寄せる。
「作物の疫病と、宗教対立。……
性質は違えど、どちらも
一朝一夕には解決できない問題ですわね」
「ああ。だが、二人とも、力に頼らず、
まず銀河全体の構造そのものに
手をつけようとしている。……
それでよい」
アーロンは、
学芸院の編纂生たちに向けて、
静かに告げた。
「この二つの銀河の物語を、
記録として残しておけ。……
危機の最中に何を選び、何を為したか。
それこそが、
この庭園が後世に残すべき、
最も重い記録になるだろうから」
編纂生の一人が、恐る恐る問う。
「聖王様。……もし、いずれかの銀河で、
最悪の結果に終わってしまったら、
それも記録するのでしょうか?」
アーロンは、
静かに、しかし迷いなく頷いた。
「もちろんだ。……
成功だけを記す記録は、いずれ嘘になる。
失敗も、迷いも、
すべてをありのまま残してこそ、
次の世代の役に立つ」
編纂生たちは、深く頭を垂れた。
今日もまた、遠い二つの銀河で、
それぞれの監督官が、
銀河そのものの命運を背負い、静かに、
しかし確かな一歩を踏み出していた。
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本日 19:30 に
第6部 第1話【 銀河団という重責 】
を投稿します。
【セレティアの和歌講座】
「言葉は、時に剣よりも鋭く、
時に大地を潤す癒やしの雨となります。
私たちが交わした相聞歌の二首目は、
その『絆の堅固さ』を詠んだものです」
セレスティアが
柔らかな声で詠み上げる。
セレスティアの和歌:
金色の 奇跡に抱かれ 生きとしの
命のすべて 君に捧げん
教壇の隅で腕を組んでいたアーロンが、
静かにそれに続く。
アーロンの和歌:
捧げられし 汝の愛の深きゆえ
世界の理 我が手にありて




