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第5部 第9話【 銀河を統べる者たち 】(上)

「吾郎様、シルヴィア様は、それぞれ

 一つの銀河を任されておいでです」


聖宮の学芸院、編纂(へんさん)科の講義室で、

老編纂官が地図帳を広げながら、

編纂生に語りかけていた。


地図帳に描かれているのは、

無数の星ではなく、

無数の銀河そのものだった。


「一つの銀河には、

 数千億の星系がある。……

 お二人が扱われるのは、

 村や星群の揉(も)め事だけではない。

 銀河そのものの存亡に関わる課題もだ」


老編纂官の声には、

これまで以上の重みが込められていた。


編纂生は、その規模の途方もなさに、

思わず息を呑んだ。


吾郎が監督する銀河では、この頃、

深刻な事態が進行していた。


銀河全域の主要な農耕星系を、

原因不明の作物枯死病が

同時多発的に襲っていたのである。


被害は数万の星系に及び、このままでは

銀河全体の食糧供給網そのものが

崩壊しかねなかった。


吾郎は、銀河評議会の緊急会議に、

農政省、疫病(えきびょう)対策局、そして

聖国から派遣された

生命科学研究班を集め、

対策を練(ね)っていた。


「疫病対策局からの報告では」

局長が険(けわ)しい表情で切り出す。


「枯死病の病原体は、

 複数の星系で独立に発生している

 可能性がある。

 単一の感染源を絶てば済む

 話ではありません」


「複数箇所で同時に、ですか?」


吾郎が問い返す。


「それは、自然発生にしては、

 あまりに出来過ぎていませんか?」


生命科学研究班の主任が頷いた。


「監督官殿の懸念、

 我々も共有しております。……

 病原体の遺伝子構造に、

 不自然な均一性が見られるのです。

 まるで、

 どこか一箇所で人為的に設計され、

 複数の場所へ

 同時に散布されたかのような」


会議室に、重い沈黙が落ちた。


農政省の次官が、震える声で問う。


「では、

 これは天災ではなく、何者かによる……」


「断定はまだできません」


吾郎は冷静に遮(さえぎ)った。


「ですが、

 可能性として排除もできない。……

 まずは、これ以上の被害拡大を

 防ぐことを最優先にしましょう。

 研究班、耐性品種の開発に

 どれほどかかりますか?」


「通常であれば十年単位ですが、

 聖国の技術協力があれば、

 二年ほどに短縮できるかと」


「二年……。それまでの間、

 数万の星系の民をどう食べさせるか」


疫病対策局長が唸(うな)る。


吾郎は、銀河全図を見渡しながら、

静かに告げた。


「被害の少ない星系から、

 緊急の食糧供給網を組みましょう。……

 そして、病原体の出所についても、

 並行して調査を進めます。

 天災であれ人災であれ、

 この銀河の民を守ることが、

 我らの為すべきことです」


農政省の次官が、なおも不安げに問う。


「緊急供給網とは、

 具体的にはどのように?」


「銀河評議会の権限で、

 被害の少ない星系群に、

 一時的な増産を要請します。……

 もちろん、無償ではありません。

 後日、この銀河全体の資源で、

 正当な対価を支払う仕組みを整えます」


「星系間の合意を、

 それほど早く取り付けられるでしょうか?」


疫病対策局長の問いに、

吾郎は静かに頷いた。


「時間はかかるでしょう。……ですが、

 今この瞬間にも、

 飢える星系が増えている。

 合意を待つ間にも、

 俺は先に暫定の供給計画を組みます。

 後から評議会の承認を得る形でも

 構いません」


「監督官の独断で動かれると?」


「責任は俺が取ります。……ですが、

 これだけの規模の危機を前に、

 承認待ちで

 手をこまぬいているわけにはいかない」


生命科学研究班の主任が、

静かに付け加える。


「我々の方でも、

 聖国本星の研究施設と直接繋(つな)ぎ、

 耐性品種の開発を急ぎます。……

 二年という見込みも、

 あくまで最短の話です。

 楽観はできません」


「承知しています。……だからこそ、

 供給網と研究、

 両面で進める必要がある」


会議室の空気は、依然として重かった。


だが、そこには、

危機を前に立ち尽くすのではなく、

動き出そうとする者たちの、

確かな熱があった。


一方、シルヴィアが監督する銀河では、

また別の危機が進行していた。


この銀河に古くから根付く信仰は、

幾つもの宗派に分かれながらも、

緩やかな共存を保ってきた。


だが今、その一角から、

他の宗派をことごとく異端と断じる

過激な運動が急速に勢力を広げ、

銀河規模の宗教紛争へと

発展しかねない緊張が高まっていた。


シルヴィアは、

対立する主要宗派の大司教たちを、

銀河評議会の場に招集していた。


「皆様にお集まりいただいたのは、

 他でもありません。……

 このまま

 各宗派が互いを異端と断じ合えば、

 この銀河は、

 信仰を理由とした戦火に

 包まれかねないからです」


 一人の大司教が、鋭い声で反論する。

明朝 7:30 に投稿します。


【セレティアの和歌講座】


(生徒の歌を聞いたセレティア)

セレスティアは満足そうに微笑み、

優しくうなずいた。


「素晴らしいですね。

 距離を超えて心を通わせる、

 とても純粋な響きです」


聖国ルネッサスの講堂に、

午前の澄んだ光が満ちていた。


教壇に立つセレスティアの傍らには、

ふらりと講義の様子を見物に訪れた

アーロンの姿もある。


生徒たちは、

かつて幾多の修羅場をくぐり抜けてきた

絶対的支配者である

アーロンの気配に少し緊張しながらも、

真剣な眼差しで教壇に注目していた。

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