第5部 第8話【 遠き庭園、今日も 】(下)
「神官殿は、伝統工法を、
なぜそれほど大切にされるのですか?」
「……先代たちの手つきを、
そのまま次の世代へ渡したいのです。
効率のためだけに、
その手つきを絶やしたくはない」
神官の声には、
静かだが揺るぎない意志が込められていた。
「もし新工具を用いれば、神殿はもう、
我らの神殿ではなくなってしまう。……
そう感じる者も、少なくないのです」
シルヴィアはしばし目を閉じ、
三者の言葉を、
もう一度胸の内で反芻した。
そして、静かに一つの案を差し出した。
「では、神殿の中心部は伝統工法で、
周辺の補修部分には新工具を。……
工期も費用も、これなら
双方が譲れる形になりませんか?」
技師と商団の担当者が顔を見合わせ、
神官もまた、
しばしの沈黙の後、静かに頷いた。
「……悪くない。それなら、
先代たちの手つきも守られる」
「では、中心部の着工日程を、
まず私の方で
技師殿と詰めさせていただきます。
よろしいですか?」
シルヴィアの問いに、
三者はそれぞれ、静かに頭を下げた。
一方、JADES-GS-z13-0では、
レグナが自らITSを操り、
辺縁の星系群を巡っていた。
ある星系の役場で、
彼は年老いた行政官と向き合っていた。
「覇王様自らこのような場所にまで、
いったい何のご用向きで?」
「そなたたちの徴収している税、
いつの布告に基づくものだ?」
「……第三十七次布告に基づいております。
中枢よりの正式な通達です」
行政官は、
書棚から古びた台帳を取り出し、
誇らしげに広げてみせた。
「これは、
代々受け継いできた正式な記録です。
何か不備でも?……」
レグナは静かに首を振った。
「その布告は、すでに撤回されている。
……ただ、その知らせが、まだ
この星系まで届いていなかっただけだ」
行政官の顔が、みるみる青ざめていく。
「な……。では、我らはこれまで、
存在しない法に従って、
民から税を取り立てていたと?」
「そういうことになる」
「……なんということだ。
中枢への申し開きは、
いったいどうすれば?……」
行政官の声が震える。
レグナは静かに、しかし力強く告げた。
「案ずるな。悪意ではない。
届かなかった情報の罪だ。……
そなたを責めるつもりはない」
「ですが、民への返還は?……」
「それは中枢と評議会で、
然るべき手続きを踏むことになろう。
俺が保証する」
レグナは静かに掌をかざした。
「これは、悪意ではなく、
届かなかった情報の罪だ。……
だが、放ってはおけぬ」
黄金の光が、古びた記録媒体を包み込む。
【全属性変換】によって、
媒体そのものが、
中枢の最新情報と
自動で同期する新素材へと
作り替えられていった。
「な……。書物が、光って……!」
行政官が驚愕の声を上げる中、
レグナは静かに告げた。
「これで、次の布告からは、
時を置かず届くはずだ。……
焼け石に水かもしれんが、
こうした橋渡しの積み重ねが、
いずれ評議会の答えにも繋がる」
「覇王様……。この老いぼれに免じて、
一つお伺いしても?……」
「申せ」
「この星系だけでなく、
他にも同じ齟齬を抱えた星系が、
まだあるのでしょうな?」
レグナは静かに頷いた。
「恐らくな。……だからこそ、俺は今、
こうして一つ一つ、
この目で確かめて回っている」
聖宮では、アーロンが、
編纂科の第一号原稿に目を通していた。
「良い出来だ。……
力で刈り取った記録ではなく、
共に歩んだ記録が、ここにはある」
原稿を書いた編纂生が、
緊張した面持ちで問う。
「聖王様。……
将来のことだと思いますが、
この記録は、何のために
用いられるのでしょうか?」
「今すぐに何かの役に立つ、
というものではないかもしれぬ。……
だが、百年後、千年後、
この庭園に生きる誰かが、
自分たちの来し方を
知りたいと願った時、この記録が、
その者たちの拠り所になる」
傍らのセレスティアが、静かに微笑む。
「レグナや吾郎様、
シルヴィア様の日々の労苦も、
こうして言葉に残されることで、
いずれ
次の世代の指針になるのでしょうね」
「ああ」
アーロンは静かに頷き、
遠い星々の方角へと目を細めた。
「聖国ルネサンスは、
芸術で心を癒すだけでなく、
この庭園の歩みそのものを、
記憶として紡ぐ段階に入った
ということだ」
編纂生は、その言葉を胸に刻むように、
深く一礼した。
「精進いたします。……
いつか、この庭園のすべての物語を、
書き残せるように」
「急ぐな」
アーロンは静かに笑った。
「この庭園の物語は、
まだ始まったばかりだ。……
そなたの筆が追いつかぬほど、
これからも
豊かになっていくだろうからな」
セレスティアもまた、
静かにその光景を見守りながら、
小さく頷いていた。
編纂生が退室した後の静かな講義室に、
二人だけの穏やかな時間が流れる。
「あの子も、
いずれ立派な編纂官になるでしょうね」
「ああ。……そなたの目に狂いはあるまい」
今日もまた、遠い銀河のどこかで、
誰かが誰かと言葉を交わし、
この庭園を、少しずつ育てていた。
本日 19:30 に投稿します。
【セレティアの和歌講座】
聖宮の庭では、セレスティアが
生徒を相手に、
相聞歌の講座を催している。
「お分かりですか?
互いの過去の孤独と、
救済の記憶が和歌の中で
一つに溶け合っているのです。
では、今度はあなたたちの番です。
二人一組になり、
心に秘めた大切な誰かを想いながら
和歌を作ってみなさい」
生徒たちは顔を見合わせ、
ペンを走らせ始めた。
やがて、
前列のペアが
緊張した面持ちで立ち上がる。
生徒の和歌(ペアA):
上句:
星の降る 夜のしじまに 君を想う
下句:
離るる時も 心はひとつ




