第5部 第8話【 遠き庭園、今日も 】(上)
「かつて無能と蔑まれ追放された
アーロン様が、【全属性変換】の力で
万物の覇王となられ、やがて
聖王として理想郷を築かれた」
聖宮の学芸院、編纂科の講義室で、
若い編纂生の一人が、
そう諳んじてみせた。
師である老編纂官が、静かに頷く。
「うむ。……だが、
それだけでは記録として不十分だ。
息子レグナ様が覇王の名を継ぎ、
超弩級艦アスガルドとITSを従えて、
宇宙の隅々で
自治の芽吹きを見守っておられる。
忠臣・吾郎様とシルヴィア様も、
それぞれ別の銀河で
監督官を務めておられる。……
この庭園は、
もはやお一人の力だけで
保たれているのではない。
それを、そなたの言葉で語れるか」
「……精進いたします」
編纂生が頭を下げると、
老編纂官はさらに続けた。
「言葉を諳んじるだけでは物語にならぬ。
その一つ一つの裏に、
誰がどのように悩み、
どう決断したのか――
そこまで見届けて、
初めて記録は物語になる」
編纂生は、深く頭を垂れながら、
その言葉を胸に刻んだ。
老編纂官は静かに窓の外、
無数の星々が瞬く方角へと目をやった。
今日もまた、その星々の向こうで、
幾つもの物語が同時に紡がれていた。
農耕星群、
隣接する二つの星群の合併交渉の場では、
吾郎が資料の山に囲まれながら、
双方の代表と向き合っていた。
「度量衡が違うと仰いますが、
具体的にはどれほどの誤差が?」
吾郎が問うと、片方の星群の技師が、
渋い顔で答える。
「一石あたり、実に二割近く。……
このまま統一されては、
我らの蓄えが
目減りしたように見えてしまう」
「二割ですか。……それは確かに、
軽視できる数字ではありませんね」
吾郎は手元の帳簿に目を落とし、
しばし考え込んだ。
「では、まず換算表を作りましょう。
旧単位も当面は併記し、
五年かけて新単位へ移行する、
というのはいかがです?」
「五年、か。……悪くない。
だが、灌漑用水の配分はどうなります?」
灌漑技師団の代表が身を乗り出す。
吾郎は静かに頷いた。
「それも同じ表で扱えます。
水量も収穫量も、
結局は同じ単位の問題ですから」
「言うのは容易いですが、
実際の水路は生き物です。
理屈通りにはいきませんんぞ」
技師団の代表がなおも渋る。
吾郎はその言葉に、
少し困ったように笑った。
「ええ、承知しています。……
ですから、まずは
一つの流域だけで試験運用させて
いただけませんか。
うまくいかなければ、
遠慮なく突き返してください」
若手農政官の一人が、
感心したように呟いた。
「監督官殿は、争いの種を、
いつも同じ土俵に
乗せてしまわれるのですね」
「土俵が違うから、争いになる。
……ただそれだけのことです」
もう一人の代表が、
腕を組みながら口を挟む。
「それにしても、
監督官殿自らが書記を務められるとは、
恐れ入ります。……本来なら、
我らの部下に
やらせるべき仕事でしょうに」
「自分の手で記録を取れば、後で
『言った、言わない』の
水掛け論にならずに済みます。……
何より、双方の言葉を、
俺自身の耳で
きちんと聞いておきたいので」
吾郎は微笑みながら、
次の議題へと資料をめくった。
会議は、まだ幾度も重ねられるだろう。
だが、その一つ一つが、
確かな橋になっていくはずだった。
信仰の星域では、シルヴィアが、
技師団、商団、神官団、
三者それぞれの担当者を、
順に自室へと招いていた。
「技師殿は、
工期をどれほど縮められそうですか?」
「聖国製の新工具を使えば、
半年は短縮できましょう。
……ですが、
伝統工法にこだわるなら、話は別です」
「新工具を使った場合と、
使わなかった場合、
それぞれの見積もりを頂けますか?」
「もちろんです。……とはいえ、
正直に申せば、新工具の方が
我らとしてもやりやすいのですが」
技師はそう言って、少し肩をすくめた。
シルヴィアは静かに頷き、
次に商団の担当者を招き入れる。
「では、次に商団殿。
輸送費を抑える手立ては?」
「新工具を使うなら、
資材の規格も変わります。
輸送費はむしろ増えるやもしれません」
「増える、とは、どれほど?」
「概算ですが、三割ほどかと。
……ただし、
旧来の資材のまま進めるなら、
工期は当然、
技師殿の見積もりより延びましょう」
シルヴィアは、
その数字を静かに書き留めた。
「工期を取るか、費用を取るか。……
なるほど、簡単には決められませんね」
最後に、シルヴィアは神官へと向き直った。
明朝 7:20 に投稿します。
【セレティアの和歌講座】
聖宮の庭では、セレスティアが
生徒を相手に、
相聞歌の講座を催している。
聖国ルネッサスの広大な講堂には、
かつての戦火の傷跡は微塵もなく、
柔らかい陽光が
ステンドグラスを通して降り注いでいた。
ひな壇の教壇に立つセレスティアは、
純白の教衣を纏い、
集まった生徒たちを
穏やかな瞳で見渡している。
「和歌とは、
ただ言葉を並べるものではありません。
魂の奥底にある揺るぎない想いを、
三十一文字の響きに乗せて
誰かに届けるための神秘の術です。……
それでは、私と陛下が
実際に交わした『相聞歌』を一つ、
聴いてください」
セレスティアが静かに詠み上げる。
(セレスティアの和歌)
闇のなか 光を求めて 彷徨いし
わが身を包む 君の優しさ
「この歌に対し、陛下は
次のように返歌をくださいました」
(アーロンの和歌)
荒野往く
孤独の果てに見出だせし
汝の微笑 我が救いなり




