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第5部 第5話【 JADES-GS-z14-0(中)】

【 宇宙小話 7 】

「マルチバース——

 無数の現実が紡ぐ交響曲」


意識という観測者が

ひとつの現実を決定するとき、

選ばれなかった「残りの可能性」は

一体どこへ消えてしまうのだろうか。


この素朴な疑問から導き出されたのが、

私たちの宇宙のほかに

無数の宇宙が存在するという

「マルチバース(多重宇宙)仮説」だ。


量子力学の「多世界解釈」によれば、

観測によって

可能性がひとつに絞られるのではなく、

あらゆる選択肢に対応する世界が分岐し、

平行して存在し続けているという。


あなたがこの記事を読む世界もあれば、

読まない選択をした世界、さらには

地球すら誕生しなかった世界も、

並行する別の宇宙として

リアルに存在していることになる。


さらに最新のインフレーション宇宙論も、

宇宙の始まりである急膨張が

今もどこかで連鎖しており、

無数の「泡宇宙」が

次々と生まれている可能性を示唆する。


そこでは物理定数すら異なり、

光の速さや重力の強ささえ違う

全く別のルールが支配している

かもしれない。


もしマルチバースが実在するなら、

この広大な時空のどこかに、

あなたの夢がすべて叶った世界や、

全く異なる歴史を辿った文明が

確かに息づいている。


私たちが住むこの宇宙は、

無数に広がる

「現実の交響曲」の中に響く、

たったひとつの音色に過ぎないのだ。

監督官の問いかけから幾日か過ぎた頃、

青年指導者は、

単身で監督官の元を訪れた。


護衛も同志も伴わず、

ただ一人で歩(あゆ)んできたその姿には、

これまでの演説とは違う、

覚悟のようなものが滲(にじ)んでいた。


演説の熱気とは違う、

静かな眼差しをしていた。


支持者たちの前では見せなかった、

迷いの色が、

その表情の奥にわずかに滲んでいる。


「……本気で、

 我らに力をつけさせるつもりが

 あるのなら、その道筋を、

 今この場で聞かせてほしい」


監督官は、待っていたかのように、

一枚の星図を広げた。


そこには、

この銀河が

独自に運用できる防衛網の構想が、

幾つかの段階に分けて描かれていた。


細かな注釈には、必要な資材や人員、

想定される課題までもが、

丁寧に書き込まれている。


「まずは、聖国の技術協力のもと、

 この銀河独自の哨戒(しょうかい)網を構築します。

 次に、その運用を、聖国側の人員から、

 この銀河の民(たみ)自身の手へと、

 段階的に移していく。……

 早くとも、二世代はかかるでしょう」


星図の端には、

二世代という歳月の間に想定される、

幾つもの節目の記号が細かく記(しる)されていた。


「二世代……。長いな。……」


その呟(つぶや)きには、落胆と、

どこか納得の入り混じった響きがあった。


「ええ。……ですが、付け焼き刃の独立は、

 かえって隣接勢力に

 付け入る隙を与えます。

 急ぐことが、

 必ずしもこの銀河のためになるとは、

 私には思えません」


青年指導者は、

星図を食い入るように見つめた。


そこに描かれた道筋は、

彼が思い描いていたよりも

遥(はる)かに具体的で、

そして遥かに地道なものだった。


理想を語ることと、

それを

現実の設計図に落とし込むことの間には、

彼がこれまで想像していた以上の

隔たりがあった。


「……分かった。この道筋を、

 我が同志たちにも共有させてほしい。

 ただし」


「ただし?」


「途中で、この歩みが止まっていないか、

 常に確かめさせてもらう。……

 あなた方が、

 口約束だけで終わらせるつもりが

 ないことを、この目で見届けたい」


「望むところです」


監督官は、静かに、

しかし確かな笑みを浮かべた。


差し出した手を、

青年指導者は、少しの躊躇の後、

しっかりと握り返した。


対立は、まだ完全には解けていない。


だが、少なくとも、二人の間には、

共に歩むための最初の一歩が生まれていた。


その日を境に、青年指導者は、

完全独立を叫ぶ演説の代わりに、

防衛網構築の進捗を

同志たちに報告する集会を、

定期的に開くようになった。


急進的な独立を求めていた

一部の支持者からは

失望の声も上がったが、

大多数は、

具体的な道筋が示されたことに、

むしろ安堵の表情を見せていた。


掲げる旗の色は変わらずとも、

その下に立つ人々の眼差しは、

確かに変わり始めていた。


聖宮でこの経緯を聞いたレグナは、

静かに頷いた。


「独立を急がせず、

 かといって永遠に縛(しば)りもしない。……

 あの監督官、

 若いながらに肝(きも)が据(す)わっているな」


アーロンもまた、

静かにその報告書を読み終えると、

傍らのセレスティアへと視線を移した。


「これもまた、

 聖国ルネサンスが目指す対話の術(すべ)と、

 地続きの話だろう。……

 力ではなく、共に歩む道筋を示す。

 その姿勢が、

 いずれ

 この銀河全体の空気を変えていくはずだ」


セレスティアは静かに頷きながら、

静かに付け加えた。


「独立を望む声を、

 脅威として斬り捨てるのではなく、

 育てるべき芽として受け止める。……

 口で言うのは容易(たやす)いことですが、

 実際にやってのけるのは、

 並大抵のことではありませんわね」


レグナは、暗礁宙域での戦いを、

ふと思い出していた。


力で断つべき闇もあれば、

こうして

時間をかけて育むべき問いもある。


統治とは、

そのどちらの手も、

決して手放してはならない仕事なのだと、

彼は改めて胸に刻んでいた。


JADES-GS-z14-0の自治は、

こうして新たな、そして長い

歩みを踏み出し始めていた。


急進派と穏健派、

聖国と民――

幾つもの立場が交錯する

この銀河の物語は、

まだ結末を迎えたわけではない。


だが、対立の代わりに、

確かな道筋が生まれたことだけは、

誰の目にも明らかだった。

本日 19:30 に投稿します。


【 宇宙小話 8 】「余談」


ますます哲学的だ。



科学の最前線を掘り下げていくと、

どうしても「哲学」と

区別がつかなくなっていきますよね。


特に

マルチバースや量子力学の領域になると、

実験で直接たしかめることが

難しくなるため、

「私たちは世界をどう捉えるか」という

概念の領域に入り込んできます。


古くは「神の領域」だった問いに、

かつては「哲学」が言葉で挑(いど)み、

現代では

「物理学」が数式で挑んでいるだけ

なのかもしれません。


アインシュタインや

シュレーディンガーといった

偉大な物理学者たちが、

晩年にこぞって哲学者や

東洋思想のような境地に辿り着いたのも、

どこか頷(うなず)ける気がします。


物理学(Physics)の語源は

ギリシャ語の「自然(フュシス)」で、

もともとは哲学の一部でした。


宇宙の極限を追い求める探求の旅は、

めぐり巡って

「哲学」という生まれ故郷に

帰ってきているのかもしれないですね。

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