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第5部 第3話【 MoM-z14(下) 】

【 宇宙小話 3 】


宇宙の果てというマクロの神秘と、

量子のミクロな領域が交差する地平で、

人類は「時空間そのものの仕組み」に

迫ろうとしている。


その鍵を握るのが、

アインシュタインの

一般相対性理論と量子力学を融合させる

最新理論

「ループ量子重力理論」や「超弦理論」だ。


これまで私たちは、空間を

無限に滑らかな舞台のように捉えてきた。


しかし最新の理論が示唆するのは、

空間にも

これ以上割ることができない最小単位

「空間の粒(量子)」が存在する可能性だ。


もし空間が

不連続な粒で編み上げられた

布地のようなものだとしたら、

ブラックホールの中心に存在するとされる

「無限大の密度を持つ特異点」の謎も

解決する。


物質が無限に小さく潰れるのではなく、

量子の跳ね返しによって

「ビッグバウンス(大反発)」を起こし、

新たな宇宙が芽生えているのかもしれない。


私たちが

「何もない空間」だと感じている場所は、

実は

目に見えない時空間の網目で満ち満ちている。


果てしない大宇宙の成り立ちを

解き明かす鍵は、

探査機が届く彼方ではなく、

私たちの足元にある

「最小の空間」の中に隠されているのだ。

疎星(そせい)航路の試験建設が始まってから、

幾星霜(いくせいそう)が過ぎた。


銀河という規模での「幾星霜」は、

聖都の暦にすれば

またたく間の出来事に過ぎなかったが、

この銀河に生きる人々にとっては、

確かな世代を超える歳月だった。


恒星風と磁場を利用するという

その技術は、当初、

多くの懐疑の目に晒(さら)された。


中心部の技術者の中には、

「所詮は外縁部への慰(なぐさ)め程度のもの」

と侮(あなど)る声すらあった。


設計図の段階では、

幾度も理論上の欠陥が指摘され、

試験建設そのものが頓挫(とんざ)しかけたことも、

一度や二度ではなかった。


だが、実際に試験区間が稼働し始めると、

状況は一変した。


疎星航路は、

重力航路ほどの速度こそ出せぬものの、

燃料消費が格段に少なく、しかも

外縁部の疎(まだ)らな星間距離だからこそ、

その真価を発揮する構造を

していたのである。


長距離を悠然と、

しかし確実に渡り続けるその航跡は、

これまでの常識を静かに覆(ひるがえ)していった。


「これは……慰めどころか、

 重力航路にはない

 強みがあるじゃないか」


かつて疑いの声を上げていた

中心部の技術者が、思わずそう漏らした。


彼は試験区間の稼働記録を何度も見返し、

自分の予測が

いい意味で裏切られたことに、

素直な驚きを隠せずにいた。


外縁部の技術者たちの表情にも、

これまでにない誇らしさが浮かんでいる。


自分たちの土地の特性を、

弱みではなく強みへと転じさせた、

その事実そのものが、

何よりの成果だった。


評議会は、この結果を受け、

疎星航路の全域展開を正式に決議した。


かつて離脱すら仄(ほの)めかしていた

外縁星系の代表たちも、

今ではこの決議に

真っ先に賛成の意を示していた。


同時に、中心部と外縁部が

互いの航路網を接続し合う

「双環協定」も締結され、

銀河全体の交易は、以前にも増して

活発になっていった。


中心部の物資が外縁部へ、

外縁部の希少な資源が中心部へと、

これまでにない速さで

行き交うようになったのである。


かつて対立の火種だった航路そのものが、

今では両者を結ぶ絆(きずな)の証(あかし)となっていた。


「対立していた双方が、

 今では互いの航路を

 誇らしげに語り合っている。……

 たった一つの技術が、

 これほどまでに空気を変えるとはな」


監督官は、

評議会の様子を見渡しながら、

静かに息をついた。


彼が成し遂げたのは、

争いの裁定ではなく、

争う理由そのものを

組み替える仕事だった。


裁く者としてではなく、

双方が気づいていなかった可能性を

差し出す者として、彼はこの銀河に

確かな爪痕を残していた。


聖宮でこの顛末を聞いたレグナは、

静かに頷いた。


「良い前例ができた。

 ……この銀河のやり方を、

 そのまま他に当てはめるわけには

 いかんだろうが、学べることは多い」


「うむ」


アーロンが静かに続ける。


「格差そのものを裁くのではなく、

 格差の中に眠る強みを見出す。……

 聖国ルネサンスが目指してきたもの

 とも、どこか通じる話だ」


セレスティアもまた、

その報告に静かに目を細めた。


「レグナが刈り取ってきた理不尽の

 多くも、根を辿れば、誰かの弱みが

 見過ごされたまま放置されていた

 ことに起因していましたものね。……

 この銀河の成功は、

 その答え合わせのようにも思えます」


レグナは静かに頷きながら、

暗礁宙域での戦いを、思い出していた。


あの澱(おり)もまた、

見過ごされた絶望の集積だった。


力で断つべきものと、

見出して活(い)かすべきもの――

その両方を見極める目を、

これからも磨いていかねばならないと、

彼は改めて胸に刻んでいた。


MoM-z14の自治は、

こうして一つの確かな形を結んだ。


数千億の星々を抱えるこの銀河は、

もはや聖国に管理される存在ではなく、

自らの手でその歩みを選び取る、

一つの成熟した意志として、

静かにその歴史を刻み始めていた。


そして、その成功の記録は、

聖国の記録庫を通じて、

他の遠い銀河へも

静かに伝えられていくことになる。


次に自治の芽吹きを迎える銀河が、

どのような道を選び取るのか――

それは、また別の物語として、

静かに幕を開けようとしていた。

本日 19:30 に投稿します。


【 宇宙小話 4 】


空間の細かな網目を越えた先で、

物理学はいま「時間の存在そのもの」を

疑いはじめている。


現代物理学の最前線に立つ

量子重力理論の多くにおいて、

基本方程式の中から

「時間(t)」の変数が

姿を消してしまうのだ。


私たちの感覚では、

時間は過去から未来へと

一方通行で流れているように思える。


しかし、量子のミクロな世界に

時間の流れというものは存在しない。


最新理論が描き出すのは、

時間は

宇宙の根本的な構成要素ではなく、

膨大な量の量子が

複雑に絡み合う(量子もつれ)ことで、

巨視的な現象として

「生み出された錯覚」に過ぎない

という刺激的な仮説である。


もし

宇宙の根本に時間が存在しないとすれば、

ビッグバンという

「宇宙の始まり」の捉え方も一変する。


始まりの瞬間があったのではなく、

時間が立ち現れる前の静寂な状態が、

ただそこに

「存在」しているだけなのかもしれない。


夜空に輝く

数千年前の星の光を見上げるとき、

私たちが感じている

時間の流れそのものが、

宇宙が織りなす壮大な奇術なのだ。


時空間という幻想の幕を払ったとき、

その向こう側には

どんな

宇宙の素顔が広がっているのだろうか。

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