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第5部 第2話【 MoM-z14 (中)】

【 宇宙小話 1 】


広大な宇宙の暗闇には、

私たちが

「目で見ることのできる世界」が

ほんのわずかしか存在しない。


恒星や惑星、広大なガス雲に至るまで、

夜空に輝くあらゆる物質をかき集めても、

それは宇宙全体の質量・エネルギーの

約5%に過ぎないのだ。


残りの95%を占めるのは、

光を放出せず観測もできない

正体不明の存在——

「ダークマター(暗黒物質)」と

「ダークエネルギー(暗黒エネルギー)」

である。


とりわけダークマターは、

目に見えないものの

強大な重力によって銀河をつなぎ止め、

宇宙の骨組みを形成してきた。


これがなければ、

私たちの天の川銀河も太陽系も

誕生していなかっただろう。


科学者たちは長年、

未知の素粒子を探す実験を続け、

最新の観測技術や量子理論を動員して

その正体を暴こうとしている。


見えないものが世界を支えている

という事実は、

現代物理学における最大の謎であり、

同時に

最もロマンに満ちた発見でもある。


宇宙という

果てしないキャンバスの中で、

私たちが知っている世界は

ほんの一握りの泡に過ぎない。


未知の「暗闇」を解き明かす探究の旅は、

私たちが自分たちの存在のルーツを

知るための旅そのものなのだ。

観測衛星群が

MoM-z14全域に展開されてから、

幾星霜が過ぎた。


銀河規模の距離を思えば、

それは瞬く間の出来事だったが、

集積されたデータの量は、

聖国の記録庫すら圧迫するほどの

膨大さに達していた。


恒星の分布、航路の利用状況、

各星系の産出資源――あらゆる数値が、

感情の対立を超えた、この銀河の

「実相」を浮かび上がらせつつあった。


監督官は、その膨大な情報から、

一つの構造的な歪みを見出した。


膨大なデータを解析する日々の中、

彼は幾度も、

感情ではなく数値の語る声に、

静かに耳を澄ませ続けていた。


中心部の航路網は、

確かに古くから緻密に発達していたが、

その効率の大半は、

密集した恒星の重力を利用した

「重力航路」に依存している。


一方、外縁部が抱える疎らな星間距離は、

重力航路の恩恵をほとんど受けられない

構造だった。


誰か一人の

悪意や怠慢が生んだ格差ではなく、

銀河の成り立ちそのものに根差した、

避けがたい非対称だったのである。


「これは、悪意による独占ではない。

 ……そもそもの地形が生んだ、

 必然の格差だ」


監督官はそう結論づけると、

この事実そのものを、まず

評議会全体で共有することから始めた。


感情的な非難の応酬では

決して見えてこなかった構造が、

数値という形で示された瞬間、

双方の代表の表情に、

かすかな変化が生まれた。


監督官は、銀河評議会に

一つの提案を持ち込んだ。


中心部の重力航路網を

明け渡させるのではなく、

外縁部に新たな航路網――

恒星風と磁場を利用した、

これまで誰も実用化していなかった

「疎星航路」を、

聖国の技術協力によって新設する

という案だった。


この着想は、

外縁部の観測データに残されていた、

微弱ながら安定した恒星風の流れに、

監督官自身が着目したことから

生まれたものだった。


「中心部の既得権を守りながら、

 外縁部にも独自の強みを持たせる。

 ……奪い合うのではなく、

 それぞれの土地に見合った道を、

 それぞれに築くのです」


評議会の場に、

これまでにない静けさが広がった。


中心部の代表は、

自らの築いた航路網を

脅かされずに済むことに安堵し、

外縁部の代表もまた、施しではなく、

自分たちの手で切り拓く道を得られる

ことに、確かな手応えを感じていた。


長らく張り詰めていた評議会の空気が、

初めて、対立ではなく

検討の色を帯び始めた瞬間だった。


「……悪くない案だ。

 だが、疎星航路とやらが、

 本当に実用に足るのか?」


外縁部の代表が慎重に問うと、

周囲の代議員たちも一斉に

監督官へと視線を向けた。


前例のない技術への期待と不安が、

その場に入り混じっていた。


監督官は静かに頷いた。


「保証はできません。……ですが、

 机上の空論のまま対立を続けるより、

 共に試す方が、よほど建設的でしょう」


監督官の落ち着いた物言いには、

確信よりも、むしろ謙虚さが滲んでいた。


それが逆に、評議員たちの心を

静かに動かしたのかもしれなかった。


その言葉に、評議会は初めて、

賛成多数で一つの決議をまとめ上げた。


中心部と外縁部、双方の技術者が合同で、

疎星航路の試験建設に着手することが

決まったのである。


これまで互いに

背を向けていた双方の技術者たちが、

同じ設計図を囲んで議論を交わす光景は、

評議会の誰もが

予想していなかったものだった。


聖宮でこの報告を受けた覇王・レグナは、

静かに目を細めた。


「力で均(なら)すのではなく、

 それぞれの強みを活かす道を示したか。

 ……あの監督官、見事な仕事をする」


セレスティアも、

その報告書に目を通しながら、

静かに頷いた。


「銀河という規模になれば、

 一つ一つの声を拾うより、

 まず全体の姿を正しく描くことの方が、

 よほど誠実なのでしょうね」


聖王・アーロンもまた、

傍らでその言葉に頷いていた。


MoM-z14の自治は、

こうして最初の危機を乗り越え、

次なる段階へと進み始めていた。


だが、

疎星航路が実際に機能するかどうかは、

まだ誰にも分からない。


銀河という巨大な生き物が、

自らの手で

新しい血脈を育てられるかどうか――

その真価が問われるのは、

これからだった。

明朝 7:30 に投稿します。


【 宇宙小話 2 】


第1話で触れた「暗闇」の広がり。


その中で、

宇宙はただ静かに存在するだけでなく、

加速しながら膨張を続けている。


1990年代末、

遠方の超新星爆発の観測から判明した

この事実は、

当時の天文学界を激震させた。


重力によって縮むはずの

宇宙を引き引き伸ばしている正体こそが、

宇宙の約68%を占める

「ダークエネルギー」である。


だが、この加速膨張を推し進める

「力」の源泉とは何なのだろうか。


量子力学の世界では、

完全な「無」とされる真空の空間にも、

目に見えない巨大なエネルギーが

満ち引きしていると考えられている。


これを「真空エネルギー」と呼ぶ。


最新理論では、

この量子レベルのゆらぎが

巨大な宇宙全体を押し広げる原動力、

すなわちダークエネルギーの

正体ではないかと推測されているのだ。


ミクロの極限である「量子の世界」と、

マクロの極限である「大宇宙の構造」が、

ひとつの巨大な謎を介して

つながっている。


私たちが

息をひそめて夜空を見上げるとき、

その隙間に広がる空虚な空間こそが、

宇宙の

未来の運命を握る最大の力場なのである。

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