第5部 第1話【 MoM-z14 (上)】
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聖国の版図は、いまや
観測しうる宇宙の際まで及んでいた。
その最果て、現在判明している中でも
最も遠い銀河――「MoM-z14」
と呼ばれるその一角にも、
かつてレグナの覇道が及び、そして今、
自治の芽が根付こうとしていた。
この銀河までの隔たりは、
聖都からの光すら、途方もない歳月を
かけてようやく届くほどのものだった。
それほどまでに遠い場所であればこそ、
力による統治には、自ずと限界があった。
MoM-z14は、宇宙の黎明期に
ごく近い時代に生まれた、
若く巨大な銀河だった。
数千億に及ぶ星系がひしめき合い、
それぞれが
独自の文明と価値観を築いている。
統合の際、レグナはこの銀河に、
一様な統治体制を敷くことをしなかった。
あまりに規模が大きく、
あまりに文明の色合いが
多様すぎたためである。
無理に一つの型へ押し込めれば、
いずれこの銀河そのものが
軋みを上げると、彼は見抜いていた。
自治が認められて以降、
MoM-z14の星系群は、
「銀河評議会」という
緩やかな連合体を自らの手で組み上げた。
数千億の星系すべてを
直接代表するのではなく、
幾つかの大きな星系群ごとに
代議員を選出し、その代議員たちが
銀河全体の意思決定を担うという、
壮大な仕組みだった。
だが、その滑り出しは、
決して平坦なものではなかった。
銀河の中心部に近い星系群と、
外縁部に位置する星系群との間で、
資源と航路の配分を巡る対立が、
日に日に先鋭化していたのである。
中心部は
密集した星々の重力を利用した
効率的な航路網を
古くから築き上げており、
対する外縁部は、疎らな星々の間を、
長大な時間をかけて渡らねばならない
構造的な不利を抱えていた。
「中心部は、古くから栄えてきた分、
既得の航路網を独占している。
我ら外縁の民にも、
公平な道を開くべきだ」
外縁星系の代表が、
評議会の場でそう訴えると、
中心部の代表が即座に反論する。
「独占ではない。
長年かけて築き上げた交易網を、
無償で明け渡せというのか。
……それこそ、公平とは呼べまい」
議論は幾度も平行線を辿り、
一部の外縁星系からは、
評議会からの離脱を仄めかす声すら
上がり始めていた。
もし離脱が現実のものとなれば、
その星系群は
聖国の庇護と交易網の双方を
同時に失うことになる。
それでもなお、積年の不満は、
冷静な損得勘定を上回るほどに
膨れ上がっていた。
銀河という単位そのものが、
内側から分裂しかねない緊張が、
静かに高まっていた。
この銀河の監督を任されていたのは、
聖国きっての知将として名高い、
老練な監督官だった。
かつて幾つもの星域の
統治に携わってきた経験を買われ、
この最も遠く、最も規模の大きい銀河を
任された人物である。
彼は、
双方の星系群を個別に訪ねて回るような
真似はしなかった。
それでは、
この銀河の規模には到底追いつかない。
数千億の星系を一つ一つ回っていては、
対立が固定化するまでに、
幾世代もの時が流れてしまうだろう。
代わりに彼が着手したのは、
銀河全体の資源流通と航路網を俯瞰する、
壮大な観測網の構築だった。
「感情の対立を解く前に、まず、
この銀河の血脈そのものを、
正しく把握せねばならない」
監督官の言葉と共に、MoM-z14の全域に、
聖国の技術による観測衛星群が、
静かに展開され始めていた。
中心部の密な航路と、
外縁部の疎らな星間距離――その両方を、
感情論ではなく、
確かな数値として捉え直す試みだった。
「双方の言い分、どちらにも一理ある。
……ならば、
どちらが正しいかを裁くのではなく、
双方が納得できる
新たな設計図を描くしかあるまい」
監督官はそう独りごちながら、
集まり始めたデータの海を、
静かに見渡していた。
星系一つ一つの声を
丹念に聞いて回る余裕など、
この規模の銀河にはない。
だが、声にならない無数の実情は、
こうして数値という形を通して、
確かに彼の手元へと集まりつつあった。
この銀河の自治が、
真に自立したものとなるかどうかは、
これから彼が示す答えにかかっていた。
本日 19:30 に投稿します。




