第4部 第20話【 根絶ちて 】
暗礁宙域は、
光の届かぬ次元の狭間に浮かぶ、
名もなき瓦礫の群れだった。
ITSが降り立つと同時に、
レグナとジュエダンは
間を置かず飛び出し、
瓦礫の奥に潜む気配へと迫った。
悠長に構えている暇などない。
種は今この瞬間も、聖国のどこかで
誰かの悲しみに根を張り続けている。
一刻の逡巡が、
また新たな絶望を育てかねなかった。
「出てこい」
レグナの一声には、これ以上の問答を
許さぬ気迫が込められていた。
その声に応じるように、瓦礫の奥から、
あの時
嗤いを残して消えた者が姿を現した。
人の形を保ちながらも、
その輪郭は絶えず闇へと溶け崩れている。
「よく辿り着いたものだな、小僧」
その声音には、
追い詰められた者特有の余裕のなさと、
それでも尚崩れない嗤いが同居していた。
「問答は要らぬ」
レグナは即座に掌を掲げ、
【全属性変換】の光を解き放った。
ジュエダンもまた、
軽やかになった戦鎚を振りかぶり、
瓦礫ごと敵の周囲を薙ぎ払う。
力を出し惜しむ理由は、
もはやどこにもなかった。
敵は瓦礫の影に紛れて幾度も姿を変え、
光を避けようとしたが、二人の連携が、
その逃げ場を着実に塞いでいく。
「無駄だ。……我はそなたたちの言う
『悪意』ではない。
数多の絶望が寄り集まり、
形を成しただけの澱に過ぎぬ」
その言葉に、レグナの手が一瞬止まる。
だが、止まったのは驚きのためではなく、
見極めのためだった。
単なる悪意ならば、
断ち切って終わりでいい。
だが、澱と名乗ったこの存在は、
聖国が生み出した
理不尽の副産物である可能性も、
レグナの脳裏をよぎっていた。
「澱なら、澱として鎮めるまでだ」
レグナは光の密度をさらに引き上げ、
敵の輪郭そのものを包み込んだ。
単なる消滅ではない。
絶望の澱を、
意味ある何かへと作り替える――
それこそが、
この一撃に込めた狙いだった。
「悲しみを利用する術は許さぬ。
だが、悲しみそのものは、
俺が肩代わりしよう」
その言葉と共に放たれた一撃は、
これまでの覇道の戦いとは、
明らかに質を異にしていた。
ただ滅するのではなく、
澱に染み込んだ無数の絶望一つ一つを、
静かに解きほぐしながら包み込んでいく。
閃光と共に、敵の輪郭が砕け散る。
瓦礫の隙間から、
これまで聖国各地に蒔かれた種の気配が、
一斉に光の粒子となって
空へと立ち昇っていった。
その光景は、どこか、
あの霊宙に灯る蛍の光にも似ていた。
「レグナ様、地脈の乱れが
……全域で、急速に収まっています!」
ジュエダンの報告に、
レグナは静かに息をついた。
だが、その表情に安堵はあっても、
慢心はない。
瓦礫の群れに満ちていた
重苦しい気配は消え、暗礁宙域には、
ただ静かな虚空だけが広がっていた。
「澱は消えた。
だが、澱を生んだ絶望そのものは、
まだこの宇宙のどこかに残っている。
……根絶やしにできたのは、種だけだ」
「では、
この戦いは、これで終わりではないと」
ジュエダンの問いには、緊張と、
それでも進み続ける覚悟の
両方が滲んでいた。
レグナは静かに頷いた。
「終わりではない。
……だが、少なくとも、
聖国という庭園を内側から蝕む根は、
今、確かに絶たれた。
次に来るものがあるとすれば、
また新しい形で、
俺たちの前に現れるだろう」
ITSは静かに、聖都への帰路についた。
汽笛の音は、
行きの重々しさとは打って変わって、
どこか穏やかな響きを帯びていた。
聖宮では、アーロンがこの報せを受け、
静かに目を閉じていた。
「聖国ルネサンスが人の心を癒す一方で、
こうして
根そのものを絶つ力もまた要る。……
二つの流れが揃って、
初めてこの庭園は守られるのだな」
セレスティアが静かに頷き、
遠い暗礁宙域の方角へと、
祈るように手を合わせた。
学芸院では、この日の稽古の最後に、
弟子たちが自然と、
遠く戦う者たちの無事を願う
即興の詩を口ずさみ始めていた。
力による守りと、言葉による癒し――
その両輪が、
確かにこの庭園を支えていることを、
その場にいた誰もが、静かに実感していた。
戦いは、
こうして一つの区切りを迎えたのだった。
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第5部を構想中です。
9月24日 7:30 に第5部 第1話を投稿します。




