第4部 第18話【 月影の監督官 】
シルヴィアが赴任したのは、
かつて激しい抵抗の末に征伐された、
信仰深い民の暮らす星域だった。
彼らは長らく、
自分たちの守護神と信じる存在を
篤く崇めてきたが、
聖国による統合の折、
その神殿の多くが、
力によって沈黙させられていた。
かつての戦の傷跡は、建物だけでなく、
民の心にも深く刻み込まれたままだった。
降り立ったITSの艦影を見上げる
民の目には、期待よりも先に、
深い警戒の色が浮かんでいた。
「監督官殿は、我らの神殿を、
また封じにいらしたのですか?」
初めて対面した神官の言葉には、
隠しきれない警戒が滲んでいた。
周囲に控える信徒たちの目にも、
同じ色の不信が浮かんでいる。
彼らにとって聖国とは、
いまだに
祈りを奪った征服者に他ならなかった。
シルヴィアは静かに首を振る。
「いいえ。……私は、
あなた方の祈りそのものを、
封じるつもりはありません」
月影の巫女としての力を持つ
シルヴィアには、この星域に漂う、
深い喪失の気配が痛いほど分かった。
信じるものを奪われた民の心に残るのは、
単なる不満ではなく、
拠り所そのものを失った空虚さだった。
かつて自分自身も
次元の狭間で長い眠りについていた
シルヴィアにとって、その虚しさは、
決して他人事として
片付けられるものではなかった。
彼女はまず、荒れたままになっていた
神殿の一つを訪れ、静かに祈りを捧げた。
誰に命じられたわけでもない、
彼女自身の意志だった。
埃をかぶった祭壇に、
そっと手を合わせるその姿は、
監督官というより、
一人の巡礼者のようだった。
「あなた方の神を、
私が肩代わりすることはできません。
……ですが、この場所が、
再び祈りの場として息づくことを、
私も願っています」
その声は、
祈りにも似た静けさを湛えていた。
その様子を遠巻きに見ていた民の間に、
戸惑いと、
微かな安堵が入り混じって広がっていく。
神殿を封じた者の一味だと思っていた
聖国の使者が、自分たちと同じように、
祈りに手を合わせている――その光景は、
彼らの警戒を、
少しずつ解きほぐしていった。
翌日には、一人の老婆が、
そっとシルヴィアの隣に並び、
同じ祭壇に手を合わせるようになった。
数日後、神官の一人が、
恐る恐るシルヴィアに尋ねた。
「監督官殿は、なぜそこまで、
我らの信仰に
寄り添おうとされるのですか?」
「……かつて私も、
長く眠りについていました。
目覚めた時、自分の居場所も、
信じるものも、
何一つ残っていなかった。
だからこそ、
信じるものを奪われる痛みは、
他人事とは思えないのです」
その言葉に、神官は深く頭を垂れた。
長年、聖国への不信を
隠しきれずにいた彼の表情に、
初めて
わずかな柔らかさが宿った瞬間だった。
「監督官殿さえよろしければ、
荒れた神殿の修復を、
共に進めていただけませんか。
……力ずくで元に戻すのではなく、
私たちの手で、少しずつ」
「もちろんです。……急がず、
あなた方の時間で進めましょう」
その申し出に、
シルヴィアは静かに頷いた。
修復は決して急がれることなく、
民自身の手で、一つ一つの石を
積み直すように進められていった。
聖宮では、
この報告を受けたアーロンが、
静かに目を細めていた。
「力で沈黙させた信仰を、
力によらず再び灯す者か。……
シルヴィアには、
シルヴィアにしかできない
監督の形があるようだな」
セレスティアもまた、
その報告書を手に、静かに微笑んだ。
「吾郎様は現場を見て回ることで、
シルヴィア様は共に祈ることで。……
お二人とも、それぞれのやり方で、
この庭園の育て方を
見つけていらっしゃるのですね」
本日 19:30 に投稿します。




