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第4部 第17話【 風の監督官 】

吾郎が赴任した宙域は、

聖国内でも屈指の広大な農耕星群だった。


かつて征伐によって併合されたこの地は、

表向きは平穏だったが、

実際に足を踏み入れてみると、

星々の間には

見えない隔(へだ)たりが横たわっていた。


それぞれの星が、

それぞれの誇りと事情を抱えたまま、

聖国という

一つの傘の下に押し込められている――

吾郎が最初に肌で感じたのは、

そうした違和感だった。


「監督官殿。……我々の収穫の分配、

 正直、納得できておりません」


星群の代表格を務める老農夫が、

開口一番、そう切り出した。


深く刻まれた皺(しわ)の奥に、

長年の不満が滲んでいるのが見て取れた。


聖都から定められた分配の比率が、

実情に合っていないという不満だった。


他の代表たちも、次々と不満を口にする。


裁定を下すだけなら簡単だ。


だが、吾郎はまず、実際の畑を、

自分の目で見て回ることに決めた。


「話を聞くより先に、

 この目で確かめさせてください。

 ……それからでなければ、

 俺には正しい判断ができません」


その言葉に、

代表たちは半信半疑ながらも、

彼を各星へと案内することを承諾した。


数日をかけて、

彼は星から星へと渡り歩き、

それぞれの土壌や日照、水源の違いを、

丹念に確かめていった。


ある星では、

痩せた土地に苦労しながらも

懸命に工夫を重ねる農夫たちの姿があり、

また別の星では、

豊かな水源に恵まれながらも、その分、

虫害への備えに追われている実情があった。


「なるほど……。

 同じ農耕星群といっても、

 条件はこんなに違うのか」


吾郎は、聖宮で学んだ

稽古の言葉を思い出していた。


対立の裏には、大抵、恐れが隠れている

――聖王(アーロン)の教えだった。


ここでの恐れは、

公平さを装った不公平が、

静かに固定化されていくことへの

不安なのだと、吾郎は理解し始めていた。


「一律の比率ではなく、

 それぞれの星の実情に応じた分配案を、

 皆さんと一緒に考えたいと思います」


吾郎の提案に、

代表たちは驚いたように顔を見合わせた。

これまで聖国からの裁定を、

一方的に受け取るだけだった彼らにとって、

共に案を練るという発想自体が、

新鮮なものだった。


「監督官殿が、

 我らと同じ目線に立って

 考えてくださるとは……。

 正直、驚きました」


老農夫がそう漏らすと、

周囲の代表たちも、

次第に硬かった表情を緩めていった。


その夜、吾郎はレグナへと報告を送った。


星群を見て回った日々のこと、

代表たちとの対話の様子、

そして

自分なりに見出した分配案の骨子を、

丁寧に言葉にしていく。


「レグナ様。……力で均すより、

 時間をかけて事情を汲む方が、

 結局は近道な気がします」


「そなたらしいやり方だ。

 ……焦らず続けよ」


短い返信に、吾郎は小さく笑った。


飾らないその言葉が、かえって

彼の背を押してくれるようだった。


ふと、

聖宮で学芸院の弟子たちと過ごした

日々を思い出す。


あの頃学んだ

「相手の言い分を、

 まず自分の言葉で言い直してみる」

という稽古が、

思いがけずこの遠い星群で、

確かな力を発揮していた。


同じ頃、聖宮の学芸院では、

吾郎から届いた報告を題材に、

新たな寸劇が作られようとしていた。


裁定を急がず、

まず現場を見て回るという彼の姿勢は、

弟子たちにとっても新鮮な発見だった。


「遠く離れた場所からも、

 こうして学びが返ってくるのですね」


セレスティアが

その原稿に目を通しながら、

静かに微笑んだ。


傍らのアーロンも、静かに頷く。


「聖国ルネサンスは、もはや

 聖都だけで完結するものではない。

 ……辺境から届く声もまた、

 この学び舎を育てる糧になる」


レグナも、

その報告書に静かに目を通しながら、

小さく頷いていた。


かつて

力任せに理不尽を刈り取っていた頃とは、

また違う手応えが、

吾郎の一つ一つの報告からは感じられた。


聖国ルネサンスは、

もはや聖都だけで完結するものではなく、

辺境との間を行き来する、

生きた循環となりつつあった。


吾郎が示した

「まず見て、それから決める」

という姿勢は、

やがて聖宮の合議のあり方にも、

静かに影響を及ぼしていくことになる。

明朝 7:20 に投稿します。

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