第4部 第16話【 旅立ちの朝 】
吾郎とシルヴィア、
それぞれの赴任の日が近づいていた。
聖宮の広場では、二人の門出を祝う、
ささやかな宴が開かれている。
灯りに照らされた広場には、
聖国中から集った民の姿もあり、
二人への感謝と餞の気持ちが
静かに満ちていた。
「まさか、俺たちが別々の場所で
仕事をする日が来るとはな」
吾郎が苦笑しながら杯を傾けると、
シルヴィアも静かに微笑んだ。
二人が初めて出会った、
あの次元の狭間を
彷徨っていた頃のことを思うと、
ここまでの道のりは、
決して短いものではなかった。
「寂しくないと言えば、嘘になりますね。
……でも、レグナ様が示された道を、
それぞれの場所で歩めることは、
誇らしいことでもあります」
「ああ。……
不安がないと言えば嘘になるけど、
俺たちなら
きっとやれる。そう信じてる」
セレスティアが二人に歩み寄り、
それぞれの肩にそっと手を置いた。
「二人とも、
決して気負い過ぎないように。
……分からないことがあれば、
いつでも聖宮を頼りなさい」
「母上、いえ……セレスティア様。
ありがとうございます」
吾郎がぎこちなく言い直すと、
セレスティアはくすりと笑った。
かつて
次元の狭間から現れたばかりの少年が、
こうして
一人前に旅立とうとしている姿に、
感慨深いものを覚えているようだった。
宴の傍らでは、アーロンが
静かにその様子を見守っていた。
聖国ルネサンスの学芸院からは、
この日のために弟子たちが用意した、
餞の詩の朗読が始まっている。
かつて色を失っていた少女が
代表して壇に立ち、
震える声で言葉を紡いだ。
「見知らぬ星の下でも、
あなたたちの帰る場所は、
いつもここにあります」
その一節に、シルヴィアが目を潤ませる。
遠い宙域へと旅立つ二人を思って
紡がれたその言葉には、
まだ見ぬ土地への敬意と、
二人の無事を願う気持ちが込められていた。
「聖王様。……あの詩、
なかなかの出来栄えですね」
レグナが隣に歩み寄り、
静かに声をかけた。
アーロンは頷きながら、
遠くを見るような目をする。
「言葉は、剣よりも遠くまで届く。
……あの詩は、いずれ
吾郎たちが赴く宙域の民の心にも、
きっと届くはずだ」
聖国ルネサンスが積み重ねてきたものは、
もはや聖都の中だけに留まらず、
こうして
遠い宙域へと運ばれていく段階に
差し掛かっていた。
翌朝、ITSとアスガルド、
二隻の艦がそれぞれ異なる方角へと、
静かに舳先を向けた。
見送りに出た聖国の民たちの間から、
惜しみない声援が上がる。
「行ってきます、レグナ様。
……必ず、期待に応えてみせます」
吾郎が力強く一礼すると、
レグナは静かにその肩に手を置いた。
「無理に成果を急ぐな。
……そなたが、そなたのやり方で、
その地の民に向き合えばよい」
シルヴィアもまた、静かに、
しかし確かな決意を込めて頭を垂れた。
「行ってらっしゃいませ」
二隻の艦は、汽笛と共鳴音を残しながら、
次元の狭間へと
吸い込まれるように消えていった。
レグナは、その光の尾を見送りながら、
静かに拳を握った。
見送りの列の中には、
監督者として着実に実績を重ねている
ジュエダンの姿もあった。
彼女もまた、遠く旅立つ二人に、
深い感慨を抱いているようだった。
「私も、いつかああして、
もっと広い場所で
役目を果たす日が来るのでしょうか?」
ジュエダンの呟きに、
レグナは静かに頷いた。
「来るとも。
……そなたが今、
旧グラウで積み重ねているものは、
決して小さくはない。
焦らず、その足元を固めていくがいい」
ジュエダンは深く頭を下げると、
静かに己の役目の場所へと戻っていった。
「……俺も、うかうかしてはいられないな」
聖国という庭園は、
もはや彼一人の手だけでは
支えきれないほどの広がりを
見せ始めている。
だが、それは決して寂しいことではなく、
むしろこの理想郷が、
確かに育っている証なのだと、
レグナは静かに噛みしめていた。
朝日が聖宮の生命の樹を照らす頃、
広場に残された人々は、
まだ見ぬ宙域へと旅立った二人の無事を、
それぞれの胸の内で静かに祈り続けていた。
本日 19:30 に投稿します。




