第4部 第15話【 遠い声、届く決意 】
旧グラウでの自治が、
危うさを孕みながらも
少しずつ形を成し始めた頃、
レグナの元に、
これまでとは比べ物にならないほど
遠方からの陳情が届いた。
差出人は、数十億光年彼方、
レグナがかつて征伐した
銀河系の一角を治める者たちだった。
『我らの銀河は、聖国の庇護のもと、
確かに安寧を得た。
だが、あまりに隔たったこの地では、
聖都の裁定を待つだけでも、
途方もない時が過ぎてしまう。
……願わくば、この地に根差した自治を、
認めていただきたい』
丁寧な言葉の端々には、
決して聖国への不満ではなく、
むしろ深い信頼に裏打ちされた、
切実な願いが滲んでいた。
レグナは、その陳情書を手に、
しばし考え込んだ。
旧グラウのような小規模な自治とは、
規模も距離も、まるで違う話だった。
数十億光年という隔たりは、
たとえITSをもってしても、
行き来に相応の時を要する。
聖都に意向一つを伝えるだけでも、
その地の民が
幾多の困難を強いられてきたで
あろうことは、想像に難くなかった。
「シルヴィア、吾郎。
……この銀河の種の濃度は、どうだ?」
「幸い、こちらは薄いです。
……純粋に、距離ゆえの
必要に迫られた願いのようですね」
シルヴィアの報告に、
レグナは僅かに安堵した。
だが、安堵は同時に、
新たな課題を突きつけてもいた。
距離が離れれば離れるほど、
自治を見守る目もまた、届きにくくなる。
悪意なき自治であっても、
見守る仕組みそのものがなければ、
いずれ小さな綻びが、
取り返しのつかない亀裂へと育ちかねない。
レグナはITSの通信を通じ、
聖都のアーロンへと相談を持ちかけた。
「父上。……旧グラウのような、
目の届く距離の自治とは、
わけが違います。
この銀河には、
常に目を配れる監督者が要る」
アーロンは静かに頷く気配を見せた。
「ならば、そろそろ潮時かもしれぬな。
……ジュエダンのような、
その場限りの人選ではなく、
確かな仕組みとして、
監督官を据える時が」
「仕組み、ですか?」
「ああ。……力で治めるだけの時代は、
もう終わりにせねばならぬ。
だが、
すべてを民の自主性に委ねきるにも、
まだこの庭園は若すぎる。
……ならば、その間を繋ぐ者が要る」
アーロンの声には、これまでにない、
静かな決意が滲んでいた。
「吾郎、シルヴィア。
そなたたちに、それぞれ違う宙域を
任せたいと考えている。
裁く者としてではなく、
見守り、報告する者として」
通信越しに、
二人が息を呑む気配が伝わった。
これまで、
レグナの傍らで
支え続けてきた二人にとって、
それぞれ違う場所を任されるというのは、
大きな転機だった。
「俺たちが、それぞれ別の場所で……」
吾郎が呟くと、その声には、
頼もしさと共に、
微かな寂しさも滲んでいた。
これまで二隻の艦は、
常に呼応するように動いてきた。
それが、これからは別々の宙域で、
それぞれの目を光らせることになる。
「離れていても、
俺たちがやることは変わらないさ。
……レグナ様の庭園を、
それぞれの場所で守るだけだ」
吾郎が
自分に言い聞かせるように呟くと、
シルヴィアも
静かに、しかし確かな声で応じた。
「畏まりました。……その役目、
謹んでお受けいたします」
レグナは、二人の返答に静かに頷いた。
「無理はするな。
……何かあれば、いつでも呼べ。
俺は、常に
そなたたちの声に耳を澄ませている」
聖国の統治は、力による征伐から、
見守る者たちによる、
もっと広く、細やかな網へと、
静かに姿を変えようとしていた。
同じ頃、聖宮の学芸院では、
遠い宙域の民の声を題材にした
新たな詩が、
弟子たちの手によって紡がれ始めていた。
会ったこともない、遠い星の
民の暮らしを想像しながら
言葉を紡ぐという試みに、
弟子たちは戸惑いながらも、
確かな手応えを感じ始めていた。
「見たことのない場所を思うこともまた、
対話の始まりなのだな」
アーロンはそう呟きながら、
いずれ吾郎とシルヴィアが旅立つ、
それぞれの宙域に思いを馳せた。
聖国という庭園は、こうして少しずつ、
力だけでは支えきれないほどの広がりを
見せ始めていた。
明朝 7:30 に投稿します。




